プレスリリース 心筋再生細胞製剤を製造するベンチャー企業設立(JST研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)の研究開発成果を事業展開)

プレスリリース

科学技術振興機構
医薬基盤・健康・栄養研究所
日本医療研究開発機構

ポイント

  • 重症心不全の治療を目的とするReady‐made型再生医療等製品の開発に成功。
  • 安価で患者の身体的負担が少ない安全な治療法になることが期待できる。
  • 薬事承認をすみやかに取得するため企業治験を選択し、自ら治験主体となるために起業。

概要

JST(理事長 中村 道治)は産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。

平成24年度より医薬基盤研究所に委託していた研究開発課題「同種脂肪組織由来多系統前駆細胞の重症心不全治療細胞医薬品としての開発」[プロジェクトリーダー:松山 晃文 医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬資源部 部長、起業家:妹尾八郎、起業支援機関:株式会社産学連携研究所]において、重症心不全の治療を目的とする再生医療等製品注1)の開発に成功しました。また、この成果をもとに平成27年4月1日、メンバーらが出資して「Adipo Medical Technology株式会社」を設立しました。

何度も心筋梗塞を発症した重篤な慢性心不全では、心筋細胞のもととなる心筋幹細胞が減少・消失しているため、現在の治療法では、限定的な効果しか期待できませんでした。

プロジェクトリーダーの松山晃文らは、自ら見いだした脂肪組織由来多系統前駆細胞注2)を原料とし、心臓カテーテル注3)で投与後に心臓の筋肉の中で心筋細胞へと変化して心臓にとどまる細胞を、再生医療等製品として医薬品と同等で、かつ患者に投与しても問題ない水準で製造することに成功しました。

本治療法は心筋梗塞を起こした部分にだけ細胞製剤を投与できるため、副作用や患者への身体的負担が少なく、繰り返して治療を受けることが可能です。また、Ready-made型の再生医療等製品注4)としての開発が成功したことから、患者の状態に合わせて治療計画を立てることが容易となり、現状での標準的治療法である風船療法注5)と同時にこの再生医療等製品を投与することが可能となります。その結果、安価で患者の身体的負担が少ない安全な治療法になることが期待できます。

今後は、設立したAdipo Medical Technology株式会社で企業治験を開始し、3年後には製造販売承認申請を行い、5年後には年間売り上げ5億円を目指します。今後メンバーらは、安全で安価な再生医療を受けられるという社会を目指します。

なお、平成27年4月1日に日本医療研究開発機構(AMED)が設立されました。これにともないAMEDは、本課題を承継し、引き続き製品化に向けた支援を実施いたします。


今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。

研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)本格研究開発ステージ 起業挑戦タイプ
研究開発課題:
「同種脂肪組織由来多系統前駆細胞の重症心不全治療細胞医薬品としての開発」
プロジェクトリーダー:
松山 晃文(医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬資源部 部長)
起業家:
妹尾 八郎
起業支援機関:
株式会社産学連携研究所
研究開発期間:
平成24~28年度

A-STEPは大学・公的研究機関などで生まれた研究成果をもとに、実用化を目指すための幅広い研究開発フェーズを対象とした技術移転支援制度です。

今回の「Adipo Medical Technology株式会社」設立により、JSTの「プレベンチャー事業」、「大学発ベンチャー創出推進」、「若手研究者ベンチャー創出推進事業」およびA-STEPによって設立したベンチャー企業数は、129社となりました。

開発の背景

何度も心筋梗塞を起こしたことにより残存心筋幹細胞が減少・消失する慢性心筋梗塞などの重症心不全においては、内科的治療のみでは十分な効果を上げられず、PCI(冠動脈形成術)あるいはCABG(冠動脈バイパス術)による血流改善も限定的な効果しかありませんでした。これら治療抵抗性の心不全の患者は1年死亡率が75%とされ、新規治療法の開発が待たれていました。

研究開発の内容

松山部長らは、同種皮下脂肪を細胞源として培養して得られた、脂肪組織由来多系統前駆細胞(ADMPC)を用いる再生医療等製品であって、慢性心筋梗塞(重症心不全)を適応症として冠動脈から投与する細胞浮遊製剤の開発に成功しました。

脂肪組織由来多系統前駆細胞とは、皮下脂肪などにほんのわずかに含まれ、さまざまな細胞へと分化することができる幹細胞です。美容整形の手術などで、健康な方から採取され、本来なら廃棄されてしまう脂肪組織を、本人の承諾を得て入手します。脂肪組織由来多系統前駆細胞は、脂肪組織の細胞のなかに0.01%以下しか含まれていません(図1)。

脂肪組織や骨髄、筋肉などには、間葉系組織である骨、軟骨、脂肪へと分化する間葉系幹細胞があることが知られていました。間葉系組織は、発生分化で中胚葉から分化します。脂肪組織由来多系統前駆細胞は、外胚葉由来の神経系細胞や、内胚葉由来の肝細胞へも分化することができ、未分化性が高いと言えます。

松山部長らは脂肪組織の中にわずかにしか含まれない多系統前駆細胞を、未分化性を維持しつつ10回以上継代して、増やす技術を構築しました。

一方、脂肪組織由来多系統前駆細胞は未分化性が高い細胞ですが、そのまま心臓に投与しても心筋細胞にはなりません。そこで、4,000種類を超える薬剤のなかから、心筋細胞へ分化するように方向付けする薬剤をスクリーニングして見いだしました。その薬剤は、粉ミルクにも添加されている安全なものです。

脂肪組織由来多系統前駆細胞は、その薬剤を加えて培養したのちに、心臓へと投与すると、心臓のなかの環境に適応して心筋へと分化し、心臓にとどまります。言い換えれば、薬剤で処理したことで、心筋細胞のもとに分化しているといえます。この細胞を、心臓の動脈(冠動脈)から投与すると、細胞は心臓のなかにとどまり、図2のように、筋肉に特有の横紋構造を示します。

Adipo Medical Technology株式会社が治験を実施するものは、健康な方から提供を受けたおなか周りの皮下脂肪から、さまざまな細胞へと変化する能力を持つ多系統前駆細胞を分離して分化培養して製造した再生医療等製品です(図3)。対象は、何回も心筋梗塞を起こしてしまったために、風船療法や心臓血管外科手術では治療が十分でない患者です。血管から心臓に直接投与するため、循環器専門医であれば誰でもできるカテーテル検査の技術があれば、簡便に投与することができます。

これには、心筋梗塞で心臓の筋肉がなくなってしまった部分にのみ細胞を投与できるということに加え、細胞シートの移植が難しい心臓の裏側にも使用できるという利点があります。また、凍結長期保存を可能とする技術も開発したため、必要に応じて何回も投与することが可能となり、急に投与が必要と判断されても、すでに準備されていることから迅速な対応が可能です。

今後の事業展開

脂肪組織由来多系統前駆細胞(ADMPC)を用いる重症心不全適応細胞製剤の臨床開発事業、企業主導治験を実施して製造販売承認取得に加え、ADMPCを活用する他の再生医療等製品の製造業許可取得に向けた他企業などの支援事業を実施することを予定しています。

まずは重症心不全適応細胞製剤について、平成27年度中に医薬品医療機器総合機構(PMDA)との対面助言を終了し、平成28年度には企業治験を開始します(図4)。

競合技術となる細胞シートでは、心臓血管外科医が移植手術をするため、移植可能な病院は多くはありません。一方、カテーテル検査を実施できる病院は日本では約1,200施設あり、自宅から近距離にある病院で治療を受けることが可能となります(図5)。

治験での最初の対象は、心臓の血管が完全に詰まってから1ヵ月以上経過したと診断された(完全閉塞)患者です。完全閉塞では、詰まった血管を風船療法で広げて血流が回復しても、梗塞部位に心臓の筋肉のもととなる細胞(心筋幹細胞)がなければ、治療効果はないのではないかと言われています。開発した心筋再生細胞製剤は、心筋幹細胞が十分数ない完全閉塞の患者でも、血管を拡張し血流が回復すると、完全閉塞で梗塞となった部位への心筋のもととなる細胞の供給が可能となり、治療効果が得られると考えられます。さらに将来的には、小児の患者への適応拡大も念頭に入れています。

なお、本細胞製剤で得られた経験を生かし、脂肪組織由来多系統前駆細胞を用いる新たな再生医療製品の治験に向けて、研究開発を進めていきます。

参考図


図1 「ヒト脂肪組織由来多系統前駆細胞」のオリジナリティー、特徴、有用性
上段の写真は、脂肪組織から脂肪組織由来多系統前駆細胞を選択して増やす過程を示しています。下段の写真は、脂肪組織由来多系統前駆細胞が分化する細胞の種類を示しています。

図2 脂肪組織由来多系統前駆細胞の心筋への変化
脂肪組織由来多系統前駆細胞の心筋細胞へと変化する過程を示したものです。心筋アクチンの細いフィラメントができ(a)、細胞同士が接着している部分でアクトミオシンが形成され(b)、それが細胞の周辺に集合して(c)、心筋細胞へと変化します(d)。

図3 開発に成功し、設立ベンチャーによる治験に入る心筋再生細胞製剤
治験に入る心筋再生細胞製剤は、循環器内科医が再生医療を実施できる細胞製剤です。

図4 全体スケジュール
2年以内の治験開始、5年以内の上市をめざしています。

図5 本心筋再生細胞製剤のターゲットセグメントと市場規模
循環器内科医が使用できるということは、わが国のどこでも、再生医療を受けることができるようになるということを意味します。

用語解説

注1)再生医療等製品
平成26年11月25日に施行された「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)では以下の通り定義されています。
「人の細胞に培養等の加工を施したものであって、①身体の構造・機能の再建・修復・形成や、②疾病の治療・予防を目的として使用するもの、又は遺伝子治療を目的として、人の細胞に導入して使用するもの」
注2)脂肪組織由来多系統前駆細胞
脂肪組織から得られる、いろいろな細胞に変化する能力が高い細胞で、プロジェクトリーダーらが見いだした細胞です。心筋細胞のほかに、神経系の細胞、肝臓の細胞などへも分化することが確認されています。
注3)心臓カテーテル
太ももや腕などの動脈から直径2mm程度のカテーテルを入れ、先端を心臓の血管に運び、薬剤を注入したり風船で拡張したりして治療するものです。心臓カテーテルを用いる治療は数十分で終わるため、心臓血管外科的な手術と比較して心的不安、入院日数、経費も大幅に軽減され、大きな傷や痛みも残りません。
注4)Ready-made型の再生医療等製品
あらかじめ製造して貯蔵可能であるため、患者の状態が変化した場合の治療計画の変更や急に投与方針が示された場合にも対応が可能です。また、一度に大量の製品の製造ができるため、安定した品質の再生医療製品として安価に提供できるようになります。
注5)風船療法
風船治療は、心臓カテーテルの技術を応用した方法で、「経皮的冠動脈形成術」、「PTCA」、「冠動脈インターベンション」、「PCI」など、いろいろな呼び名があります。動脈硬化で細くなった心臓の血管を、風船を膨らませることで広げるという治療法です。

お問い合わせ先

開発内容に関すること

松山 晃文(マツヤマ アキフミ)
医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬資源部 部長
〒567-0085 大阪府茨木市彩都あさぎ7-6-8
Tel:072-641-9899 Fax:072-641-9019
E-mail:akifumi-matsuyama"AT"nibio.go.jp

JST事業に関すること

科学技術振興機構 産学連携展開部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-5214-0016 Fax:03-5214-8999
E-mail:a-step"AT"jst.go.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構 産学連携部
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
Tel:03-6870-2214
 E-mail:sangaku"AT"amed.go.jp

報道担当

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkoho"AT"jst.go.jp

日本医療研究開発機構 経営企画部 企画・広報グループ
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
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E-mail:contact"AT"amed.go.jp

医薬基盤・健康・栄養研究所 戦略企画部
〒567-0085 大阪府茨木市彩都あさぎ7-6-8
Tel:072-641-9832 Fax:072-641-9821

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掲載日 平成27年4月10日

最終更新日 平成27年4月10日