プレスリリース ゲノム不安定性を示す原因不明の難治性遺伝性疾患の新しい責任遺伝子を特定―XRCC4遺伝子の異常により進行性の神経症状を発症する新しい疾患を報告―

プレスリリース

国立大学法人 名古屋大学
国立大学法人 長崎大学
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

概要

日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業において、名古屋大学環境医学研究所/長崎大学がん・ゲノム不安定性研究拠点/長崎大学原爆後障害医療研究所の郭 朝万(日本学術振興会外国人研究員)、中沢 由華(長崎大学助教)、荻 朋男(名古屋大学教授・長崎大学客員研究員)らの研究グループは、サセックス大学(英国)と共同で遺伝性難病の新規の原因遺伝子を特定しました。

遺伝性難病であるコケイン症候群は、日光中の紫外線や食物中のアミノ酸代謝産物によって生じるDNAの傷を除去するメカニズムが、生まれながら機能しないために発症する疾患です。本研究では、コケイン症候群と非常に類似した症状で、原因が特定されていなかった患者の遺伝子を解析したところ、予想外にも、放射線によって切断されたDNAを再度結合して修復する、「DNA非相同末端結合(non-homologous end-joining: NHEJ)」という生体反応に必要な、XRCC4遺伝子に病気の原因となる異常を同定しました。

この患者の細胞は、放射線によって発生したDNAの切断を修復できないため、放射線照射に対して非常に強い感受性を示しました。NHEJ反応は、放射線によるDNA損傷の修復だけでなく、感染症などを防ぐ免疫グロブリンの産生にも必要です。このため本来であれば、免疫不全を発症することが予想されましたが、本患者の免疫機能は正常でした。このことから、XRCC4遺伝子が免疫機能と放射線DNA損傷の修復の双方に必要であるという、これまでの科学的コンセンサスが見直されることになりました。

今回の報告は、XRCC4遺伝子の異常によって発症する疾患をXRCC4異常症(本症例はコケイン症候群ではないことが明らかになりました)と定義し、初めて詳細な病態解析を実施しました。また臨床面では、コケイン症を含む小頭症や神経症状を示す類似した疾患の症例では、今回のように確定診断が得られていないケースについては、顕著な免疫機能の異常を示さない場合であっても、CT検査や治療に先立って遺伝子診断を受けることで、放射線感受性を考慮した被ばく防護策を十分にとることが重要であることが明らかにされました。

本研究成果は、米国東部時間2015年8月5日7時に米科学誌「The Journal of Allergy and Clinical Immunology」誌のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業によって得られました。

厚生労働省難治性疾患実用化研究事業「ゲノム不安定性を示す難治性遺伝性疾患群の症例収集とゲノム・分子機能解析による病態解明研究」
研究代表者:荻 朋男(名古屋大学環境医学研究所 教授)
研究期間:平成26年4月~平成29年3月

※平成27年度より、日本医療研究開発機構(AMED)が本事業の研究支援担当機関の役割を果たしています。

ゲノムを維持する生体システムの機能不全により発症する、様々な難病の症例収集と病態解析を通して、難病医療への貢献と、がんや老化の分子メカニズムの解明を目指します。

ポイント

  • ゲノム不安定性を示す遺伝性難病(小頭症・進行性の神経症状)の原因としてXRCC4遺伝子の異常を同定した。
  • XRCC4遺伝子の異常により、放射線感受性を示すことを明らかにした。
  • 原因不明の小頭症の患者がCT検査等を受ける際には、被ばくリスク低減のために事前に遺伝子検査を受けることが望ましい。

背景

生物の遺伝情報を格納したゲノム(DNA)は、さまざまな代謝産物・放射線や化学物質などの要因により常に傷ついています。ゲノムを安定に維持するには、「DNA修復反応」による速やかな損傷の修復が必要です。DNA修復機能の異常によってゲノムの不安定化を生じ、これが引き金となり、発がん、小頭症・低身長・奇形などの各種発育異常、神経症状や早期老化、その他多様な症状を示す遺伝性疾患を「ゲノム不安定性疾患群」と総称します。ゲノム不安定性疾患の症例解析により、DNA修復に関与する様々な遺伝子が同定され、分子機能が明らかにされてきました。しかしながら、いまだに発症メカニズムが不明な疾患や、原因不明で診断不能な症例が数多く存在し、患者・家族を苦しめています。

ゲノム不安定性疾患であるコケイン症候群(Cockayne syndrome:CS)は、小頭症や低身長、進行性の各種神経症状(難聴、視力障害、歩行障害)、腎不全などを発症する病気です。発症頻度は出生100万人に1名程度のまれな劣性遺伝性疾患です。疾患の原因となる異常は、ERCC8(CSA)、ERCC6(CSB)遺伝子に多く見つかり、これ以外にもERCC1、ERCC3(XPB)、ERCC2(XPD)、ERCC4(XPF)、ERCC5(XPG)遺伝子の異常により、コケイン症とあわせて色素性乾皮症やファンコーニ貧血症など、他のゲノム不安定性疾患を併発する症例が報告されています。

研究成果

研究グループでは、幼少時より進行性の神経変性や遅発性の運動失調症などを示し、当初コケイン症と診断された症例の解析をおこないました。本患者は、胎児期より発育不全が見られ、出産時には小頭症が確認されました。身体及び運動機能の発達遅延、特徴的な顔貌、低身長、目の落ち窪みなどがコケイン症の特徴と非常に類似していましたが、コケイン症に見られるような日光過敏は無く、症状は比較的ゆっくりと進行していきました。コケイン症では、紫外線やアミノ酸代謝産物によって生じるDNA損傷を修復する、ヌクレオチド除去修復機構に異常がみられますが、本患者では、ヌクレオチド除去修復の機能は正常でした。このため、本患者はコケイン症様ではあるが、病気の原因は不明とされていました。

患者のゲノムDNA配列を次世代シークエンサーにより解析したところ、XRCC4遺伝子に病気の原因となる変異を同定しました。そこで、XRCC4遺伝子の異常によって発症する疾患をXRCC4異常症と定義して、初めて詳細な病態解析を実施しました。XRCC4は、放射線によって生じたDNAの二重鎖の切断を修復する際に、切断されたDNAを再結合する非相同末端結合(non-homologous end-joining:NHEJ)反応に必要なことが知られていました。そこで、患者細胞のDNA切断を修復する活性を調査したところ、健常人と比べて、DNA修復活性が低く、放射線に対して強い感受性を示す事が分かりました。患者細胞中のXRCC4蛋白質の発現も低下しており、これによってXRCC4蛋白質と複合体を形成するLIG4蛋白質も不安定化して発現量が低下していました。つまりこの患者では、XRCC4蛋白質とLIG4蛋白質の機能異常によりDNA二重鎖切断修復活性が低くなっていると考えられました。

NHEJ反応は、細胞内で発生した様々なDNA切断を修復する際に必要です。このため、放射線によって生じたDNA切断以外にも、免疫グロブリン遺伝子再編成のV(D)J組換え反応時に切断されたDNAを再結合する過程でも必要になります。これまでに知られている、NHEJ欠損モデルマウスやXRCC4以外のNHEJ関連遺伝子の異常によって発症するヒト疾患では、V(D)J組換え反応が行われないため、重篤な免疫不全を発症しています。ところが、本患者では免疫機能が正常であったことから、NHEJの異常で発症する疾患の可能性は考慮されていませんでした。本患者は小頭症を発症しており、診断の過程で多数回のCTスキャン等の医療被ばくを受けていました。また、19歳時には脳腫瘍を発症しており、コケイン症には見られない好発がん性の可能性が示唆されます。NHEJ関連遺伝子の異常は、放射線をはじめ、各種抗がん剤などDNA切断を誘発する処理に対して強い感受性を示すことから、本患者もXRCC4遺伝子の異常によって放射線誘発がんを発症した可能性が危惧されました。

今後の展開

本研究成果から、小頭症を示す症例については免疫不全の有無に関わらず、CT検査や治療方針の決定に先立って遺伝子検査とDNA修復機能検査などを行うことにより、放射線DNA損傷修復機能が正常であるかを評価し、適切な医療被ばく防護策をとることが可能であることが明らかにされました。これまでにも、悪性リンパ腫の放射線治療に際して重篤な放射線障害を発症した症例で、事後にNHEJ関連因子の一つであるLIG4遺伝子の異常が判明したケースも報告されています。

原因不明の小頭症は、遺伝子確定診断が行われずに脳性まひなどとされることも多く、これらのケースについても医療の質とQOL向上のためには積極的に遺伝子検査を活用することが有意義であると考えられます。頭囲や身長が平均より標準偏差の3倍以下(-3SD:人口の0.14%に相当し、日本では20万人が該当)の場合には、検査や治療で医療被ばくや抗がん剤投与を受ける際に、遺伝子検査を受けることにより被ばくリスクの評価と適切な抗がん剤選択をすることが可能になります。

我々の研究グループでは、ゲノム不安定性疾患の症例収集と臨床診断・病態解析研究を実施し、患者QOLの向上と、将来的な疾患緩和薬/治療薬開発に貢献することを目指しています。平成26年度より、厚生労働省難治性疾患克服研究事業として「ゲノム不安定性を示す難治性遺伝性疾患群の症例収集とゲノム・分子機能解析による病態解明研究」班を組織し、国内外の臨床・基礎の研究室とネットワークを構築し、網羅的な症例収集と遺伝子診断を行っています。

発表雑誌

Chaowan Guo, Yuka Nakazawa, Lisa Woodbine, Andrea Björkman, Mayuko Shimada, Heather Fawcett, Nan Jia, Kaname Ohyama, Tao-Sheng Li, Yuji Nagayama, Norisato Mitsutake, Qiang Pan-Hammarstrom, Andrew R. Gennery, Alan R. Lehmann, Penny A. Jeggo, Tomoo Ogi.XRCC4 deficiency in human subjects causes a marked neurological phenotype but no overt immunodeficiency.

The Journal of Allergy and Clinical Immunology

問い合わせ先

研究に関すること

名古屋大学環境医学研究所 発生遺伝分野 教授
荻 朋男
Tel:052-789-3875 Fax:FAX:052-789-3876
E-mail:togi"at"riem.nagoya-u.ac.jp

事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 戦略推進部難病研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町一丁目7番1号
Tel:03-6870-2223
E-mail:nambyo-info"at"amed.go.jp

広報担当

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長崎大学 広報戦略本部
〒852-8521 長崎県長崎市文教町1-14
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E-mail:kouhou"at"ml.nagasaki-u.ac.jp

※E-mailはアドレス"at"の部分を@に変えてください。

用語説明

  1. ゲノム不安定性:
    遺伝情報(ゲノム)が傷つきやすく、書き換えられやすいこと、また、その変化が蓄積しやすいこと
  2. 放射線感受性:
    放射線が原因のDNA損傷を修復する機能が低下しており、放射線の影響が大きく、長く残りやすいこと
  3. 小頭症:
    頭囲が小さい症状
  4. 遺伝子診断:
    ヒトの遺伝子はATCGの4つの文字で形成されており、この文字列(遺伝子配列)を読むことで、病気の原因や体質を調べる方法
  5. V(D)J組み換え反応:
    免疫グロブリン(抗体)は、種々の病原体に対抗するため様々な形のものが必要であり、その抗体の多様性を生むための反応
  6. DNA二重鎖切断修復:
    DNAは2本の鎖が対を成しているが、この2本の鎖が極近傍でともに断裂するようなDNAの傷(DNA二重鎖切断)を、元の連続した鎖の状態に戻す機能
  7. 患者QOL:
    疾患患者の生活の質(Quality of Life)
  8. 患責任遺伝子:
    病気の原因となる異常を持つ遺伝子

資料

最終更新日 平成27年7月24日