プレスリリース 100℃以上の温度でのタンパク質の安定化機構を熱力学的に解明―超耐熱化タンパク質の設計が可能に―
プレスリリース
要旨
理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター生物試料基盤グループの油谷克英上級研究員、松浦祥悟リサーチアソシエイトらと、高輝度光科学研究センター(JASRI)、大阪大学蛋白質研究所の共同研究グループは、100℃以上の温度領域で生息する超好熱菌[1]などが産生する非常に高い熱安定性を示す超耐熱性タンパク質の熱安定性に寄与する疎水性相互作用[2](疎水性のアミノ酸残基間の相互作用)と静電的相互作用[3](荷電性のアミノ酸残基間の相互作用)の熱力学的な役割を実証的に解明しました。
タンパク質は20種類のアミノ酸が多数連なってできています。超好熱菌などが産出する超耐熱性タンパク質には、側鎖がイオン化する荷電性のアミノ酸残基(荷電性残基[4])が、好熱菌や常温生物などのタンパク質に比べ高い割合で存在しています。このため、荷電性残基間の相互作用(塩結合)が、100℃以上の温度領域でのタンパク質の熱安定性に寄与していると考えられてきました。しかし、100℃以上で生物機能を発揮できる超耐熱性タンパク質の設計は、未だに実現していません。これは100℃以上の温度領域でのタンパク質の熱安定性について熱力学に関する実験が技術的に困難なためです。また、タンパク質の安定化には疎水性相互作用が重要とされていますが、100℃以上の高い温度で熱力学的にどのような役割を担っているか実験的な検証がなされていませんでした。
共同研究グループは、高い熱安定性を持つ大腸菌由来のタンパク質「CutA1」を構成する複数のアミノ酸残基を、疎水性および荷電性のアミノ酸残基へ置換することで、変性温度を86℃から137℃まで改善することに成功しました。これにより、100℃以上の温度領域での疎水性相互作用と静電的相互作用の熱安定化に寄与する熱力学的役割を実証的に解明しました。
熱安定性の高いタンパク質は、医学・薬学などの分野で取り扱いやすいタンパク質試料として、あるいは工業分野における耐熱素材として必要とされています。今回の成果は、100℃以上の高い温度でのタンパク質の安定化を熱力学的に解明したもので、超耐熱性タンパク質の設計に理論的指針を与えると期待できます。
本研究は、日本医療研究開発機構所管の『創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業』の一環として行われました。また、本成果は、国際科学雑誌『Scientific Reports』に(10月26日付け)に掲載されます。
※共同研究グループ
- 理化学研究所 放射光科学総合研究センター
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利用システム開発研究部門 生物試料基盤グループ
グループディレクター 国島 直樹 (くにしま なおき)
上級研究員 油谷 克英 (ゆたに かつひで)
リサーチアソシエイト 松浦 祥悟 (まつうら よしのり)
パートタイマー 竹平 美千代(たけひら みちよ)
パートタイマー 小野 直子 (おの なおこ)利用技術開拓研究部門 SACLA利用技術開拓グループ
リサーチアソシエイト 田中 智之 (たなか ともゆき)
- 高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
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チームリーダー 城地 保昌 (じょうち やすまさ)
- 大阪大学 蛋白質研究所
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元研究員 小笠原 京子 (おがさはら きょうこ)
背景
タンパク質は私たちの体の主な構成成分の一つであります。タンパク質は20種類のアミノ酸が多数連なってできており、個々に特有の姿かたち、立体構造を持っています。この立体構造は、タンパク質が生理機能を発揮するために必須で、アミノ酸の配列によって規定され、熱力学的法則によって安定化しています。このことは、タンパク質の立体構造の壊れやすさや、構造を支えている疎水性相互作用(疎水性のアミノ酸残基間の相互作用)、静電的相互作用(荷電性のアミノ酸残基間の相互作用)などの特徴が、変性の熱力学的パラメータ[5]とその量によって説明できることを示します。したがって、タンパク質の安定化機構の理解には、熱力学的パラメータの温度関数を得ることが重要になります。熱力学的解析を行うには、タンパク質の熱による変性反応が可逆的であることが必要ですが、通常のタンパク質の熱変性は、80℃を超えるとタンパク質が凝集を起こして不可逆となるため、特に100℃を超える温度での熱力学的解析は技術的に困難でした。
タンパク質の安定化には、疎水性相互作用が重要とされています。しかし、100℃以上の高い温度では、「熱力学的視点から見たとき、疎水性相互作用が安定化因子として機能しているのかどうか」という論争があり、これまで実験的に検証されていませんでした。
また、超好熱菌などが産出する超耐熱性タンパク質には荷電性のアミノ酸残基(荷電性残基)が、好熱菌や常温生物などのタンパク質に比べ高い割合で存在することから、安定化に重要な働きをしていると考えられていました。しかし、静電的相互作用が100℃以上の高い温度で熱力学的にどのような役割を担っているか実験的な検討はなされていませんでした。そのため、100℃以上の温度で機能するタンパク質の安定化機構の熱力学的解明は、超好熱菌が発見されて以来待ち望まれていました。
研究手法と成果
熱変性に伴う比熱変化(ΔCp)[7]は、熱力学的パラメータを得るための基礎となる値です。これまで80℃以下では、ΔCpの温度変化は小さいので一定値を仮定して取り扱われていました。しかし、それより高い温度では、温度依存性を加味しなければならず、現状では温度依存性を考慮した解析は行われていません。100℃以上の温度でタンパク質安定性の熱力学的解析が不可能だった原因は、不可逆変性と確定されないΔCp値にありました。本研究では、高い熱安定性を持つ変異型を用いて、天然(N)状態の比熱(CpN)の温度依存性を、熱変性が始まらない温度領域でのDSC測定によって求めました。Ec0VVでは、95℃、Ec0VV_6では110℃まで実測しました。しかし、変性(D)状態の比熱(CpD)は、可逆性が良いことが災いして、低温でのD状態の測定が困難だったため、アミノ酸組成から類推する方法により求め、熱変性の熱力学的パラメータの温度関数を算出しました。
その結果、100℃付近での疎水性相互作用による熱安定化は、低温領域を対象としたこれまでの報告とは異なり、エンタルピー[5]の寄与に由来していること、さらにエントロピー[5]的にはむしろ不利に働いていることが判明しました。また、113℃以上では、荷電性残基(塩結合形成)による熱安定化は、天然状態での静電的相互作用によるエンタルピー効果と塩結合形成に伴う荷電残基からの脱水和によるエントロピー効果の両方に依存していることが分かりました。図5にEc0VVとEc0VV_6の広い温度範囲での熱変性の熱力学的パラメータの温度依存性を示します。
今後の期待
論文情報
タイトル
Thermodynamics of protein denaturation at temperatures over 100℃: CutA1 mutant proteins substituted with hydrophobic and charged residues
著者名
Yoshinori Matsuura, Michiyo Takehira, Yasumasa Joti, Kyoko Ogasahara, Tomoyuki Tanaka, Naoko Ono, Naoki Kunishima, and Katsuhide Yutani
雑誌
Scientific Reports
DOI
10.1038/srep15545
補足説明
[1] 超好熱菌
80~90℃以上の温度を好んで生育する細菌を超好熱菌と呼ぶ。50~60℃の温度を好んで生育する好熱菌とは区別される。超好熱菌由来のタンパク質は、常温生物、好熱菌由来のタンパク質に比べ、熱安定性が特段に高い。
[2] 疎水性相互作用
水分子と親和性の少ない非極性基が水溶液中で互いに集まろうとする相互作用。バリン(Val)、ロイシン(Leu)などの疎水性アミノ酸は非極性基の側鎖を持ちその側鎖どうしがタンパク質分子内部で互いに凝集して疎水性相互作用を形成し、タンパク質安定化に重要な役割を果たしている。
[3] 静電的相互作用
静電的相互作用は、塩結合あるいはイオン結合とも呼ばれ、正と負の荷電性のアミノ酸(荷電性残基)間のイオン-イオン相互作用である。5~6オングストローム(Å)程度離れた距離まで相互作用が及ぶといわれている。超好熱菌が産出するタンパク質には荷電性残基が多く含まれ、安定化に重要な役割を果たしていると考えられているが、まだ不明なことが多い。
[4] 荷電性残基
側鎖がイオン化したアミノ酸残基を荷電性残基と呼ぶ。イオン化して負荷電をもつアミノ酸残基はアスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)、イオン化して正電荷をもつアミノ酸残基はアルギニン(Arg)、リシン(Lys)、ヒスチジン(His)。
[5] タンパク質変性の熱力学的パラメータ、エンタルピー変化(ΔH)、エントロピー変化(ΔS)及びギブスエネルギー変化(ΔG)。
タンパク質の変性が可逆的であれば、天然状態をN状態、変性状態をD状態とすると、タンパク質の変性は次式で表される。
ここで、Kは平衡定数、[D] と[N]はDとN状態の濃度を示す。そこで、タンパク質の安定性の量的尺度である変性のギブスエネルギー変化(ΔG、正の値が大きいほど安定性が高い)は平衡定数から次式によって求められる。
ここで、Rは気体定数、Tは絶対温度である。
他の熱力学的パラメータ、変性のエンタルピー変化(ΔH)と変性のエントロピー変化(ΔS)は次式で関係づけられる。
ΔGがΔHかΔSのどちらの寄与によって、安定化(正の値の増加)されているかが分かれば、安定化のメカニズムが、本文に示すように説明できる。
なお、ΔHはその反応が吸熱反応か発熱反応であるかを示す。ΔSはその系の秩序性を示し、例えば、結合していた水分子が解放されると、ΔSが増大する。
[6] 示差走査熱量計(DSC)
DSCはDifferential Scanning Calorimeterの略。試料セルと参照セルを同時に一定速度で昇温させ、試料の構造変化を熱量の出入りから観測する。タンパク質変性の熱量を直接的に測定できるので、仮定を含まない熱力学量が得られる。
[7] タンパク質変性の比熱変化(ΔCp)
タンパク質は天然(N)状態と変性(D)状態における比熱の差(ΔCp)が大きいことが特徴である。80℃以下ではΔCpの温度依存性は無視できるが、より高い温度ではΔCpの温度関数が他の熱力学的パラメータに大きな変化をもたらす。ΔCpの温度変化を考慮したΔH及びΔSの温度関数は次の式で表される。Tdは変性温度。
お問い合わせ先
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理化学研究所 放射光科学総合研究センター 生物試料基盤グループ
研究内容について:
上級研究員 油谷 克英(ゆたに かつひで)
TEL:0791-58-2937 FAX:0791-58-2917
E-mail:yutani“AT”spring8.or.jp
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掲載日 平成27年10月26日
最終更新日 平成27年10月26日