プレスリリース 日本初の難治性小児神経疾病に対する遺伝子治療を実施し効果発現―AADC欠損症患者 治療後2か月で寝たきりから寝返り、歩行練習開始―

プレスリリース

自治医科大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント

  • 自治医科大学 山形崇倫らは、小児神経難病の一つである芳香族Lアミノ酸脱炭酸酵素(以下AADC)欠損症患者2名に対し、2015年6月と7月に国内初の遺伝子治療を行いました。
  • 治療による副作用はなく、2名とも、全身が強直してしまうジストニア発作が消失、運動機能の改善がみられています。
  • そのうち1名は、寝たきりの状態から、治療2か月後に寝返り、支えられてのおすわり、手を伸ばしてつかむことなどができるようになり、歩行練習を開始しています。
  • 本治療の成果は、AADC欠損症のみならず、多くの難治性小児神経疾患の治療法開発に道を開くものです。

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED、理事長 末松 誠)の成育疾患克服等総合事業において、自治医科大学 小児科学教授 山形崇倫らは、難治性小児神経疾病であるAADC欠損症患者2名にアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療を実施しました。治療後、遺伝子治療による副作用はなく、治療後2か月で全身が強直するジストニア発作が消え、運動機能が改善されつつあります。

これは、AADC欠損症の治療が可能になっただけではなく、多くの難治性小児神経疾患に対するAAVベクターを用いた遺伝子治療法開発への第一歩を踏み出す成果であると言えます。

発表内容

AADCは重要な神経伝達物質であるドパミンやセロトニンの合成に必須な酵素です。ドパミンは、おもに線条体というところで運動機能を調節します。ドパミンの欠乏により、体をうまく動かすことが出来なくなり、また、ジストニアなどの不随意運動が起こります。セロトニンは、睡眠、食欲、体温などの体のリズムや感情などの調節に関わっています。

AADC欠損症は、生まれつきAADC遺伝子の変異により、AADCが働かなくなる常染色体劣性遺伝性の疾患であり、現在、世界中で100例程度、日本では6例が診断されている希少疾病です。典型例は生後1か月以内に発症し、眼球が上転する発作や全身を硬直させる発作がみられます。自発的な運動は少なく、首もすわらず、ほとんどの患者が生涯寝たきりの生活を送ります。治療法はありませんでしたが、2012年に台湾からAADC欠損症に対する遺伝子治療を実施し、運動機能の改善がみられたという結果が報告されました。

なお、小児神経難病にはAADC欠損症のように単一遺伝子変異により発症する疾患は多く存在します。

治療が行われた2名は、兄妹(15歳男子と12歳女子)で発症したAADC欠損症患者です。治療前は手指をわずかに動かせる程度でした。また、ほぼ毎日、眼球を上転させる発作からはじまる全身の強直発作が数時間みられていました。

1例目(15歳男子)は2015年6月29日に、2例目(12歳女子)は2015年7月27日に、定位脳手術により両側線条体(被殻)へAAVベクターにヒトAADC遺伝子を組み込んだAAV-hAADC−2ベクターを注入する遺伝子治療が、自治医科大学附属病院/自治医科大学とちぎ子ども医療センターで行われました。
定位脳手術のイメージング画像定位脳手術のイメージング画像
両側被殻(各2か所、計4か所)へ定位脳手術により、AAV-hAADC-2ベクターを注入しました。

経過は良好で、特に副作用もみられていません。AADCの働きを検出するPET検査で、治療前は被殻に信号がみられませんでしたが、治療2か月後の検査で、2名ともベクターを注入した被殻に高信号がみられ、治療の効果が示されています。

治療後、2名ともに苦痛であった全身のジストニア発作がなくなりました。さらに治療1か月後に、兄は腕を挙げ、足の曲げ伸ばしができるようになりました。妹は首が座り、寝返りや支えられてのおすわりが出来るようになり、現在は手を伸ばして握手したり物をつかもうとするようになりました。歩行器を用いながら、足を使って前に進もうとする動きもみられています。

長期の寝たきり生活から、筋肉の萎縮と関節の拘縮がみられるため、今後、運動機能を回復するにはさらに時間を要すると考えられ、リハビリテーションを行いながら今後の経過を注意深く観察する必要があります。

なにより2名とも治療前よりも表情が穏やかで、笑顔も多くみられるようになりました。

ご家族の言葉(抜粋)

「我々親が生後から寝たきりの子供達の病状でもっとも辛くかわいそうな症状が、週に数回起こる全身を硬直させ意識が無くなる程に苦しがる頻発する発作でした。術後、発作時の硬直がなくなり子供達にかかる痛み苦しみがかなり緩和されました。

子供達はそれ以上に治療の効果が起こり驚いております。兄はまったく動かす事が出来なかった腕を動かすようになりました。妹は自分の意思で周りに有る物を触れたり掴めるようになりました。」

今後の予定

AADC欠損症と診断されている日本人患者は他に4名おり、今後、遺伝子治療を実施する予定です。

また、この6名以外にも脳性麻痺と考えられ、AADC欠損症であると診断されていない患者がいると考えられます。そのため、自治医科大ではAADC欠損症の酵素活性および遺伝子検査を可能にしました。さらに現在、患者を早期に診断する体制を整備中です。

AADC欠損症に対するAAVベクターを用いた遺伝子治療の有効性が示唆されました。本治療は、いまだ治療法が無い多くの難治性小児神経疾病の治療法開発に光明をもたらす成果であると期待されるものです。

研究協力者

治療用AAVベクターは、共同研究者 自治医科大学 神経内科学特命教授 村松慎一らが開発し、日本のタカラバイオ社に委託しGood Manufacturing Practice(GMP)グレードで製造されています。定位脳手術は自治医科大学 脳神経外科学助教 中嶋剛、術前術後の患者管理は自治医科大学 小児科学助教 小島華林、宮内彰彦らと、麻酔科学准教授 多賀直行らが中心になり実施されました。酵素活性測定、遺伝子診断は、自治医科大学 小児科学教授 小坂仁が実施しました。他に、自治医科大学 遺伝子治療研究部教授 水上浩明、昭和大学医学部 小児科学講師 加藤光広、自治医科大学子ども医療センタースタッフ一同の協力の下に実施されました。

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掲載日 平成27年11月10日

最終更新日 平成27年11月10日