プレスリリース 震災後の宮城の健康状態―地域住民コホート調査の第三次報告―

プレスリリース

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

東北メディカル・メガバンク計画の地域住民コホート調査*1にて、平成25~26年度に宮城県内の特定健康診査会場等で参加した24,703人分について分析を行い、主に以下のような結果が得られた。

  • 太平洋沿岸部地域で抑うつ傾向などメンタルヘルスのリスクが高い傾向が引き続き見られたが、わずかながらも回復傾向がうかがえた。
  • 東日本大震災の被災状況と高血圧等の治療中断との間に、とくに太平洋沿岸部地域において関連がみられた。
  • 東日本大震災後の環境の変化やこころの状況と、睡眠薬の服用開始とに関連がみられた。

分析対象

24,703人の採血・採尿、調査票の結果を分析した

今回の報告の対象とした、地域住民コホート調査において各自治体が実施する特定健康診査の会場に赴く方式で行った調査では、調査日に採血・採尿を行うと共に、調査票をお渡ししてお持ち帰り頂き、2週間以内の郵送での回答をお願いしています。本報告は、平成25~26年度の調査地域(21市町)の対象者について分析した結果にもとづくものです。(そのため、この分析には平成27年度以降に調査を行った地域の結果は含まれていません。)分析の対象の総数は24,703人ですが、部分的なデータ欠損などから、調査項目ごとに対象人数が異なります。

調査実施自治体(市町村コード順):

(沿岸部):石巻市、塩竈市、気仙沼市、多賀城市、岩沼市、東松島市、亘理町、山元町、松島町、七ヶ浜町、利府町、女川町、南三陸町

(内陸部):白石市、角田市、登米市、大崎市、丸森町、加美町、涌谷町、美里町

分析対象:

男性:9,364人(37.9%)、平均年齢62.1歳
女性:15,339人(62.1%)、平均年齢58.8歳
合計:24,703人 平均年齢 60.1歳

調査時期:

平成25年5月20日~平成27年3月1日

主な結果

調査から、以下のことが明らかになりました。

  • ➀ 太平洋沿岸部地域で抑うつ傾向などメンタルヘルスのリスクが高い傾向が引き続き見られたが、わずかながらも回復傾向がうかがえた。
  • ➁ 東日本大震災の被災状況と高血圧等の治療中断との間に、とくに太平洋沿岸部地域において関連がみられた。
  • ➂ 東日本大震災後の環境の変化やこころの状況と、睡眠薬の服用開始とに関連がみられた。

➀ 平成25年度までの調査においては、心理的苦痛(K6*2)や抑うつ傾向(CES-D*3)などは、内陸部よりも沿岸部において有意に多いことを報告してきました(参照:平成27年6月東北大学東北メディカル・メガバンク機構プレスリリース「震災後2年目の太平洋沿岸部で継続して高い抑うつ傾向―地域住民コホート調査の第二次報告―」)。今回、平成26年度のデータを新たに加え、こころの健康と居住地の関連について引き続き検討を行いました。平成25年度と26年度とで、調査の実施地域が異なるため、単純な比較はできませんが、平成25年度と比較して、26年度においては全般的に、内陸部と沿岸部のリスク差が縮小する傾向がうかがえました。しかしながら、抑うつ傾向、不眠、および心的外傷後ストレス反応(PTSR)については、26年度も内陸部と比較して沿岸部で有意にリスクが高く、特に沿岸部において、引き続きメンタルヘルスに対するケアを進めていくことが重要であることが示唆されました。

➁ 大震災による心理的苦痛の増大や、居住環境の変化などが、定期的な通院・投薬などを必要とする慢性疾患について、治療が中断されている懸念が示唆されてきました。今回の解析では、沿岸部居住者において高血圧の治療中断と震災の影響が関連することが明らかになりました。一方で、甚大な震災被害を受けた地域では一部医療費の免除が受けられたことなどから、必ずしもその他多くの疾患では治療中断リスクが高まらなかったことも示唆されました。また、東日本大震災後の宮城県において、本研究に参加した住民の約14%が、歯科治療が必要と感じながら、過去1年間歯科未受診であることもわかり、震災と診療中断・未受診との関係については、個別のきめ細かな対応が望ましいことが浮かび上がってきています。

➂ 調査票から不眠と抑うつ傾向の両徴候を有する参加者の方のうち、震災後に睡眠薬を服用し始めた者と服用しない者について、心の健康、震災時の状況など睡眠薬服用と関連する要因の検討を行いました。睡眠薬の服用を開始したのは、震災による環境の変化がある者、心理的要因のある方に多い傾向が見られました。診療現場やそれを取り巻く保健体制の中で、不眠への対応と並行して、震災による環境の変化、心理的要因に焦点を当てた治療、支援が適切に行われることの重要性が改めて示唆されました。

対応について

個別の調査協力者に対しては結果の回付を行うと共に、これまでに25市町村の結果について説明会を開催して参加を促すなどし、住民の方一人ひとりへの啓発などに努めています。また、個々の協力者の検査数値において、特に異常値ありの場合には、地域の医療機関への受診勧奨を行うと共に、大きな問題があると考えられる数値については集計を待たずに直接ご本人に連絡して早期の受診勧奨を強く行っています。地域ごとの結果については統計データを当該自治体に提供するなどして、対策に活かしています。

メンタルヘルス面のハイリスク者に関しては、K6が15点以上、且つ、CES-Dが16点以上を呈する抑うつ状態のハイリスク者、または、心的外傷後ストレス反応(PTSR)のため日常に支障を呈すると回答した対象者を対象に、機構専属の心理士が電話でその後の経過を尋ね、必要に応じて、カウンセリングや相談に応じ、医療機関を紹介する等の支援活動を行っています。平成26年度末までに、地域住民コホート参加者のうち、1,074名のハイリスク者に対して、1,410回の電話かけを行い、553名の対象者に支援を行いました。

また、問題の大きい方々の特性について、どのような方にどのような問題があるのかを検討し、ご協力いただいた方にとどまらず広く地域全体に貢献できるような情報を急ぎ発信してく予定です。

地域住民コホート調査の実施

ToMMoでは、平成25年5月20日から地域住民コホート調査を開始しました。同調査では、宮城県内自治体が実施する特定健康診査等の会場に大学のスタッフが出向く(平成28年1月までに34市町村)方式、及び、県内7カ所に設けた地域支援センターに地域住民の方々に来所頂く方式の、2種類の方式で地域住民の方々の協力を募っています。

平成28年1月8日現在宮城県で、特定健康診査会場等における調査の実施で38,067名の登録を得ると共に、地域支援センターにおいて12,932名の登録を得て、合計50,999名の地域住民コホートへの登録を頂いています。

岩手医科大学は、宮城県と同様に自治体が実施する特定健康診査の会場での協力者募集を行うと共に、岩手県各地にサテライトと呼ばれる施設を設けて、東北大学と同様の方式で調査を実施しています。平成28年1月8日現在岩手県で、特定健康診査会場における調査の実施で25,582名の登録を得ると共に、サテライトにおいて5,228名の登録を得て、合計30,810名の地域住民コホートへの登録を頂いています。

これまでに調査の目標としておりました両県合計8万人以上の方に、登録いただいております。

今後の展開

調査について

平成27年度以降に調査に参加した方々についても集計を進め、岩手医科大学によって行われている岩手県内での調査ともあわせて傾向の分析などに努めていきます。またゲノム解析やオミックス解析等、各種関連解析を進め、一部の情報は公開のデータベースとして広く多くの研究者の利用に供すると共に、試料・情報分譲の制度を通じて日本全国の研究機関での研究推進に役立てていきます。また参加した方々に対して追跡調査を実施して、健康状態の推移を把握していきます。

研究について

本調査は、国の東日本大震災からの復興事業として、「東北メディカル・メガバンク計画」の一環として行われました。平成27年度より、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。

参考

東北メディカル・メガバンク計画について

本計画は、東日本大震災を受け、被災地住民の健康不安の解消に貢献するとともに、個別化予防等の東北発の次世代医療を実現するため、ゲノム情報を含むゲノムコホート研究等を実施し、被災地域の復興を推進するものです。

被災地に医療関係人材を派遣して地域医療の復興に貢献するとともに、15万人規模の地域住民コホートと三世代コホートを形成し、そこで得られる生体試料、健康情報、診療情報等を収集してバイオバンク*4を構築します。さらに、ゲノム情報、診療情報等を解析することで、個別化予防等の次世代医療に結びつく成果を創出することを目指しています。また、得られた生体試料や解析成果を同意の内容等に十分留意し、個人情報保護のための匿名化等の適切な措置を施した上で、外部に提供することや、コホート調査や解析研究を行うための多様な人材の育成も行っています。

本計画の事業の実施は、東北大学東北メディカル・メガバンク機構と岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構とが連携して行っています。

用語解説

*1 コホート調査:
ある特定の人々の集団を一定期間にわたって追跡し、生活習慣などの環境要因・遺伝的要因などと疾病発症の関係を解明するための調査のこと。
*2 K6:
心理ストレスを含む精神的な問題の程度を簡便に測る尺度として、国際的に広く用いられているもの。米国のKesslerらにより開発され、6問の質問紙調査からなる。うつ病・不安障害などの精神疾患をスクリーニングすることなどを目的に、一般住民を対象とした調査で広く利用されている。
*3 CES-D:
CES-D(The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)は、うつ病の発見を目的として、米国国立精神保健研究所(NIMH)により開発された20問の質問。汎用性が高く、世界中で普及している。
*4 バイオバンク:
生体試料を収集・保管し、研究利用のために提供を行う。東北メディカル・メガバンク計画のバイオバンクは、コホート調査の参加者から血液・尿などの生体試料を集める。

お問い合わせ先

調査について

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
予防医学・疫学部門 個別化予防・疫学分野
教授 寳澤 篤  (ほうざわ あつし)
電話番号:022-718-5161

報道担当

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
長神 風二(ながみ ふうじ)
影山 麻衣子(かげやま まいこ)
電話番号:022-717-7908
ファックス:022-717-7923
Eメール:f-nagami“AT”med.tohoku.ac.jp

AMED事業について

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
バイオバンク事業部
電話番号:03-6870-2228
Eメール:kiban-kenkyu“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成28年1月23日

最終更新日 平成28年1月23日