プレスリリース ストレスフルライフイベントとうつ状態と関連するストレスと遺伝子多型の相互作用の同定

平成28年1月28日プレスリリース

学校法人藤田学園 藤田保健衛生大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

藤田保健衛生大学医学部精神神経科学の岩田仲生教授の研究グループは、理化学研究所統合生命医科学研究センターの久保充明副センター長、高橋篤客員研究員らとの共同研究で、うつ状態の遺伝環境相互作用の解析を行いました。

その結果、うつ状態に対し、ストレスを感じるような出来事(ストレスフルライフイベント)とBMP2遺伝子近傍の遺伝子多型の相互作用が有意に関連することを同定しました。今後さらに活用することで、うつ病の早期発見や治療法の創出につながることが期待されます。

この研究は脳科学研究戦略推進プログラム課題F健康脳(うつ病等に関する研究)の一環として行われたもので、その研究成果は国際科学誌 Journal of Clinical Psychiatryに、2016年1月27日(米国東部時間)にオンライン版で発表されます。

論文名

“Genome-wide environment interaction between depressive state and stressful life events”
(日本語タイトル:うつ状態とストレスフルライフイベントのゲノムワイド遺伝環境相互作用)

研究成果のポイント

  • うつ病の病態メカニズムは環境要因と遺伝要因の複雑な関与が想定されています。遺伝要因より環境要因の影響が大きいことが分かっており、単に遺伝要因の解析のみではその解明は困難となっています。
  • 本研究は、環境要因、特にストレスを感じる出来事(ストレスフルライフイベント)に着目し、労働者を長期間経過観察して様々な環境要因の情報を集積することで、うつ状態に対して、遺伝要因と環境要因の相互作用を解析することを目的としていました。
  • うつ状態に対して、ストレスフルライフイベントの有無と遺伝子多型との相互作用を検討したところ、新規のうつ関連遺伝子BMP2が同定されました。
  • 本研究で用いた方法論や長期間観察を続けている職域におけるコホート研究は、世界でも類をみない貴重なリソースであると同時に、さらに活用することでうつ状態の早期発見や治療法の創出にも役立つことが期待されます。

研究の背景

ストレス社会の現代において、うつ病・うつ状態は克服すべき大きな課題です。しかし、現時点ではっきりとしたうつ病の病態メカニズムは判明していません。このことは、現状では病態に対する根本的な治療が、うつ病には行えていないことを意味し、その結果、不十分な治療効果しか得られないこともしばしば認められます。従って病態メカニズムと関連する分子・遺伝子・システムを同定することは、早期発見や新たな根本的な治療法を創出するために必要不可欠です。

他の疾患と同様に、うつ病に関しても過去に多くの疫学的研究が行われてきています。その中で、確定的なこととして分かっている数少ない事実の一つは、「ストレスを感じるような出来事(ストレスフルライフイベント:例えば、病気や怪我、親しい人の死別など)はうつ病のリスクとなりうる」ということです。しかし、同じようなストレスフルライフイベントを経験しても、うつ病にかかりやすかったり、そうでなかったりする場合があり、「体質」言い換えれば遺伝要因も関係すると想定されています。事実、過去の研究で、うつ病のリスクが低い家系と高い家系を比較すると、ストレスフルライフイベントがない状態ではうつ病の発症率に大きな違いが認められなかったのに対し、うつ病のリスクが高い家系ほど、ストレスフルライフイベントを経験するとうつ病を発症しやすいことが報告されています。つまり、ストレスフルライフイベントのような環境要因を考慮しなければ、うつ病に対する脆弱性を説明しうる遺伝要因、ひいては関連分子を同定することが困難であると言えます。事実、うつ病では、非常に多くのサンプル数を用いても、環境要因が加味されていないこれまでの全ゲノム関連解析注1では、統合失調症や双極性障害では成功しているような疾患感受性遺伝子の同定は、未だ成功には至っていません。

そのため、環境要因の情報を具備した対象者における遺伝子解析技法を用いた観察研究(ゲノムコホート研究)が重要と考えられますが、現在までのところ、十分なサンプル数を用いたうつ病のゲノムコホート研究は報告されていませんでした。

研究の手法と成果の概要

本研究では、藤田保健衛生大学病院の看護師を対象にした観察研究(ゲノムコホート研究)を実施しました。倫理委員会の承認を得た後、対象者である1559名の看護師に文書と口頭で説明し、1112名から文書による同意を得ました。脳科学研究戦略推進プログラムの生命倫理グループの助言を得ながら、プライバシー保護に留意して研究を進めました。

対象者には、登録時より2年間は4回/年、その後は2回/年のアンケートに答えて頂きました。その内容は、うつ状態の指標、ストレスフルライフイベントの有無に加え、昨年12月より施行されたストレスチェック制度注2で使用される「職業性ストレス簡易調査票」などです。この間にうつ状態を呈していると思われる対象者には、上司などに連絡することなく、直接本人に連絡を取り、任意での心理相談を行うことで早期発見へとつながるプロトコールを用いました(図1)。

説明図・1枚目図1 うつ状態評価の手順

①うつ状態を呈している人がいるとします
②定期的なアンケートに答えてもらいます(うつ状態の人のみではなく、同意を得た人全員)
③うつ状態であることを本人に極秘に伝え、希望があれば相談室に来てもらいます
④専門の心理士による面接・カウンセリングを行います
⑤-1うまく回復出来ました
⑤-2症状が思わしくなく、早期に専門的治療を開始しなければならないと心理士が判断した場合は、専門機関への受診をすすめます

また、対象者から提供していただいた唾液からDNAを抽出し、全ゲノム上を網羅する一塩基多型(SNP)注3を約90万個決定しました。

遺伝環境相互作用解析にあたり、最も重いうつ状態を示した時点のうつ状態スコアから、「うつ状態群」と「非うつ状態群」の2群に分割しました。この質的な変数(いわば症例・対照群)に対し、ストレスフルライフイベント、SNPおよびそれらの相互作用との関連を検討しました。

SNPの品質管理などから、最終的に1088名について解析を行いました。その結果、BMP2遺伝子近傍のSNPとストレスフルライフイベントの相互作用が、統計学的に有意にうつ状態と関連することを見出しました(図2、図3)。そして、抗うつ薬の作用点であるセロトニントランスポーターなど、古くから知られる候補遺伝子には、有意な関連は認められませんでした。

他方、環境要因を加味せず、遺伝要因(SNP)のみで解析した場合、有意となるSNPは同定できませんでした。従って、遺伝と環境の両者(すなわちそれらの相互作用)を鑑みることで、初めてうつ状態に関連する遺伝子を同定できたのではないかと考えられます。

説明図・2枚目図2 うつ状態に対するストレスフルライフイベントと全ゲノムの遺伝子多型との相互作用の関連性の結果
マンハッタンプロットと呼びます。横軸に遺伝子多型を染色体順に、縦軸に関連性の指標を示す P値の-log10をプロットしています。関連性が高い相互作用は摩天楼のように高い場所にプロットされます。多くのSNPを解析する本研究のような解析では、全体を俯瞰するために有用であり、よく用いられる表示法です。有意といえるP値の閾値は、5x10-8以下を設定しており、赤い線より上になれば有意であると言えます。唯一、21番染色体のSNP(BMP2近傍の領域:図3)が有意となっています。
説明図・3枚目図3 うつ状態に対するストレスフルライフイベントとBMP2近傍のSNPとの相互作用の関連性の詳細
有意となった相互作用の詳細を示しています。プロットは、図2と同様の形式で示しています。赤い線(有意水準である5x10-8)より高い位置に最も有意なSNPがあることがわかります。

研究成果の意義

本研究では、既報の「環境要因を加味していない」大規模サンプルで同定できなかったうつ状態の関連遺伝子(多型)を同定するために、様々な情報を具備するゲノムコホートを立ち上げ、遺伝環境相互作用を解析しました。その結果、大規模とは言えないサンプル数(おおよそ1000名)ではあるにもかかわらず、「うつ状態」と有意に関連する「SNPおよびストレスフルライフイベントとの相互作用」をBMP2近傍の領域に世界で初めて同定しました(図2、図3)。本研究で用いたような「環境要因を加味する」プロトコールは、今後のうつ病研究に必須であると考えられます。従って、本研究を含め、サンプル数を拡大することで、より多くのうつ病関連遺伝子が同定されることが期待できます。

有意となったSNP近傍のBMP2は、もともと骨を形成する際に作用する成長因子として知られています。しかし、脳内にも多く発現していることも報告されています。現在までの所、うつ病を始めとする精神疾患や脳機能と BMP2遺伝子の関連性ははっきりしてはいませんが、今後新たなうつ病に対する候補遺伝子として詳細な研究が推進されることが望まれます。

また、本研究で行った観察研究のプロトコールは、うつ病の早期発見のためのモデルとなりうる可能性があります。昨年12月に施行されたストレスチェック制度に応用可能であり、うつ病予防の職域精神衛生的にも活用されることが望まれます。

解説

注1:DNAマイクロアレイ(小さい基盤の上に、多くの DNA を配置したもの。ゲノム中の多くの遺伝子の発現量や多型などを効率よく調べることを目的に開発された)を用い、50~100万個の一塩基多型を検出し、症例と対照を比較することで、関連する一塩基多型(およびその近傍の遺伝子)を同定する方法。

注2:平成26年6月25日に公布された労働安全衛生法の一部を改正する法律により義務付けられた制度。面接指導の実施も合わせて行う必要がある。労働者のストレスを定期的に(年1回を予定)チェックし、心理的負荷を計測することで、うつ病などの一次予防(気づきを即す)を目的とする。また、メンタル不調の高リスク労働者を早期に発見し、医師による面接指導につなげることで、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止する取り組み

注3:遺伝情報は塩基と呼ばれる4種類の化学物質の配列で記録されているが、突然変異が生じた結果、集団の1%以上の頻度で見られる塩基の置換。多くのSNPは機能的意義を持たないが、アミノ酸をコードする領域や、発現などに影響する領域のSNPは、機能に変化を起こすことがある。

お問い合わせ先

研究に関すること

近藤健治(コンドウケンジ)
藤田保健衛生大学医学部精神医学講座 助教
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98
Tel:0562-93-9250 Fax:0562-93-1831
E-mail:kkondo“AT”fujita-hu.ac.jp

岩田仲生(イワタナカオ)
藤田保健衛生大学医学部精神医学講座 教授
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98
Tel:0562-93-9250 Fax:0562-93-1831
E-mail:nakao“AT”fujita-hu.ac.jp

事業に関すること

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Tel:03-6870-2222
E-mail:brain-pm“AT”amed.go.jp

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最終更新日 平成28年1月28日