プレスリリース 報酬への反応に関わる神経回路で神経細胞間の特殊なつながりのシナプスを発見―正しい相手とつながるために「ミスマッチ」を積極的に利用―

プレスリリース

国立大学法人北海道大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

  • 線条体のドパミン放出性シナプス(以下「ドパミンシナプス」)では、そのシナプス後部にGABA受容体が発現する伝達物資と受容体がミスマッチした異種結合であることを発見した。
  • 異種結合の標的細胞は線条体の中型有棘ニューロンで、ドパミン受容体はこのニューロンのドパミンシナプス以外の細胞表面に選択的に発現していた。
  • ドパミンシナプスは、GABAシナプス選択的な接着分子ニューロリギン2が存在し、この分子を培養細胞で発現させると黒質ドパミンニューロンとの接触部位がドパミンシナプスへと分化した。反対に、中型有棘ニューロンでこの分子発現を抑制すると、ドパミンシナプスは減少した。
  • 以上の結果は、中型有棘ニューロンはGABAシナプスの接着分子であるニューロリギン2を利用してドパミンシナプス形成を促進し、このニューロンに対するドパミンによる調節の選択性や効率性を賦与していることを示唆する

これまでのシナプスの概念は、神経伝達物質と受容体を介する「情報伝達の接点」でした。ドパミンは認知・運動・意欲・報酬行動の調節に関わる神経伝達物質で、線条体に形成されるドパミン放出性シナプスもこのようなドパミン伝達の接点と考えられてきました。今回、中脳から線条体 1 に投射し形成するドパミンシナプスが、ドパミン 2 を放出するシナプス前部と抑制性伝達物質GABA 3 の受容体を発現するシナプス後部とが向かい合う異種結合であり、その形成にGABAシナプスの接着分子が関与していることを発見しました。本研究成果は,神経投射を特定の標的細胞に繋ぎとめるための「係留性の接着」という新たなシナプスの概念を提示し、このような係留性のシナプス接着がドパミンを含む神経調節物質に標的選択性や効率性を与える新たな神経機構であることを示しています。

本研究成果は、米国東部時間2016年3月25日(金)に米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」で公開されました。

なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金及び日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(平成27年度に文部科学省より移管)の一環として行われました。

論文発表の概要

研究論文名:Dopamine synapse is a neuroligin-2-mediated contact between dopaminergic presynaptic and GABAergic postsynaptic structures
(ドパミンシナプスはニューロリギン2を介して形成されるドパミン作動性終末とGABA作動性シナプス後部との間の異種間シナプス結合である)

著者:内ケ島基政1、大塚稔久2、小林和人3、渡辺雅彦1

所属:北海道大学大学院医学研究科、山梨大学医学域基礎医学系、福島県立医科大学医学部

公表雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)

公表日:米国東部時間 2016年3月25日(金) (オンライン公開)

研究成果の概要

背景

シナプスでは、その前部となる神経終末に神経伝達物質が貯蔵され、そこから放出された神経伝達物質がシナプス後部に発現する受容体と結合することで次のニューロンへと情報が伝わります。この分子機構がよく解明されているのが、グルタミン酸やGABAを神経伝達物質に使った速いシナプス伝達です。例えば、グルタミン酸を伝達物質とするシナプスでは、シナプス前部となる神経終末にはグルタミン酸が貯蔵され、神経活動としての電気信号(インパルス)が到来すると神経終末からのグルタミン酸が放出されます。シナプス前部と向かい合うシナプス後部の細胞膜にはグルタミン酸受容体が存在し、これにグルタミン酸が結合すると瞬時に陽イオンが細胞内に流入して膜電位が変化し、神経情報が伝達されます。グルタミン酸受容体をシナプス後部膜に密集させるための特殊な足場タンパク 4 や、シナプスの前部と後部をブリッジするためのシナプス接着分子 5 が存在することもわかっています。このようなシナプスを介したグルタミン酸やGABAによる伝達様式は、特定の標的細胞にピンポイントで情報を伝えるので「配線伝達 6 」とも呼ばれ、これがシナプスは「情報伝達の接点」という100年以上も前から知られている古典的概念の神経学的基盤です(図1上段左)。一方、内臓機能を調節する自律神経などはシナプスを形成せずに、周囲の空間に神経伝達物質を撒き散らして情報を伝える「ボリューム伝達 7 」という伝達様式であることが知られています(図1上段右)。

状況に応じて複雑な情報処理や行動制御を行う脳では、グルタミン酸やGABAによる配線伝達に加え、その伝達機能をゆっくりと調節するためにアセチルコリン・ドパミン・ノルアドレナリン・セロトニン・神経ペプチドなど多彩な神経伝達物質も使われています。この中で、中脳から大脳基底核 8 への神経投射で使われているドパミンは、認知や随意運動の制御、報酬に伴う快情動の生成や行動の動機づけなど、いわゆる「ヤル気にさせる」伝達物質として知られています。大脳基底核の線条体には中脳黒質に由来するドパミン線維が大量に投射され、多数のドパミンシナプスを形成することは知られていましたが、このシナプスの伝達様式は何なのか、ドパミンシナプスの標的は何なのか、ドパミンシナプスはどのように形成されるのかなど、このシナプスに関する基本的な問題の多くは未解決のままでした。

研究手法

これらの諸問題を解決するため、マウスを用いて以下の実験を行いました。まず、ドパミンシナプスに発現するシナプス前部とシナプス後部の分子を同定するために、ドパミンの合成・貯蔵・放出に関わる分子や、シナプスの足場タンパクと接着分子、ドパミン受容体などの詳細で正確な発現部位を、レーザー顕微鏡や電子顕微鏡を用いた免疫組織化学法により解析しました。次に、ドパミンシナプスの標的を特定するため、緑色蛍光タンパク質を発現させるウイルスベクターで線条体ニューロンを可視化して、ドパミンシナプスが形成されるニューロン種と形成部位を特定しました。最後に、ドパミンシナプスの形成機構を明らかにするため、ドパミンシナプスに存在する分子を一つずつ培養細胞に発現させて、黒質ドパミンニューロンに対するシナプス形成誘導能を示す分子を探索し、その分子発現を抑制するウイルスベクターを線条体に投与してシナプス形成に対する生理作用を追求しました。

研究成果

【ドパミンシナプスはドパミン放出性前部とGABA感受性後部の異種シナプス結合】

線条体に分布するドパミン神経終末には、ドパミンの合成・貯蔵・放出に必要な酵素や輸送体を全て完備し、シナプス接着に関わる分子も発現していることから、従来の見解のとおりドパミン放出性のシナプス前部であることを確認しました(図2)。しかし、シナプス後部の細胞膜にはドパミン受容体の発現や集積はなく、そこには抑制性伝達物質GABAの受容体GABAAα1が集積し、GABAAα1と選択的に結合する足場タンパクのゲフィリンとシナプス接着分子のニューロリギン2が発現していました。これらの観察結果から、ドパミンシナプスはドパミン放出性のシナプス前部とGABA感受性のシナプス後部から構成され、このような伝達物質と受容体がミスマッチする異種結合の存在を世界で初めて明らかにしました。

【ドパミンシナプスの標的細胞はドパミン受容体を発現する中型有棘ニューロン】

ドパミンシナプスは、線条体の主要なニューロンである中型有棘ニューロンの樹状突起を標的として形成されていました。興味深いことに、ドパミン受容体はこのニューロンのドパミンシナプス自体には集積しないものの、そのシナプス領域以外の細胞表面に高いレベルで発現していました。つまり、ドパミンシナプスはドパミン受容体発現ニューロンに形成されていることが判明しました。

【ニューロリギン2によるドパミンシナプス形成制御】

ドパミンシナプスのシナプス後部に発現する分子がこの特異な接着に関わっているのではないかと考え、培養細胞にGABAAα1受容体、ゲフィリン、ニューロリギン2をそれぞれ発現させ、黒質ドパミンニューロンと共培養しました。すると、ニューロリギン2を発現させた細胞と接触したドパミンニューロンの接触部位がドパミンシナプスに分化しました。このニューロリギン2の役割を生体レベルで確認するため、ニューロリギン2の発現を抑制することができるウイルスベクターを出生直後のマウス線条体に注入し、2ヶ月後にシナプス形成状態を確認しました。すると、ウイルスが感染してニューロリギン2の発現が著明に減少もしくは消失した中型有棘ニューロンにおいて、その樹状突起上のドパミンシナプス数が有意に減少していました。これらの観察結果から、ニューロリギン2は中型有棘ニューロンにおけるドパミンシナプスの形成を促進していると結論しました。

以上の研究成果は、ドパミンシナプスが「情報伝達の接点」という従来の配線伝達としてのシナプス概念では説明がつかないことを意味します。むしろ、ドパミンシナプスは、ドパミン受容体を発現する標的ニューロンにドパミン放出性線維との結合を導く「係留性の接着」という様式で機能していることを物語ります。このような係留性接着を介する係留伝達は、ドパミンによる標的細胞の機能調節の効率や特異性を制御し、神経系における第3の伝達様式であると考えられます(図1下断中央)。

今後への期待

アセチルコリン、ドパミン、セロトニンなどの神経機能のモジュレーターは、グルタミン酸やGABAによる速いシナプス伝達を調節することで、脳の複雑で高度な統合機能を実現しています。今回の研究成果は、これらのモジュレーターが係留性接着を介して標的ニューロンの機能調節の効率や選択性を決めるための新たな作動原理となりうることを示唆します。今後、精神・神経疾患や心理状態に強い影響を及ぼす神経モジュレーターの作用機序の解明に向け、このような係留伝達の役割を検証することが重要です。

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ先

北海道大学大学院医学研究科 教授 渡辺 雅彦(わたなべ まさひこ)
TEL:011-706-5032 E-mail:watamasa“AT”med.hokudai.ac.jp

本事業に関するお問い合わせ先

日本医療研究開発機構 戦略推進部脳と心の研究課
TEL:03-6870-2222  E-mail:brain-pm“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

参考図

説明図・1枚目
図1 神経情報の伝達様式:第3の伝達様式としての係留伝達

神経情報伝達のこれまでの概念(上段)と新たな概念(下段)。これまで、シナプスを介する速い配線伝達とシナプスを形成しないボリューム伝達の2通りが行われていると考えられてきた。配線伝達は、イオンチャネル型受容体がシナプス後膜に密集して速いシナプス伝達を行い、グルタミン酸、GABA、グリシンがその伝達物質である。一方、ボリューム伝達では、Gタンパク質共役型受容体を介して遅い伝達や神経調節に関わり、これに関わる伝達物質(アセチルコリン、ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、神経ペプチドなど)はしばしば神経調節物質とも呼ばれる。今回の研究成果は、線条体のドパミンシナプス自体にはドパミン受容体を欠くため情報伝達の接点ではなく、ドパミン線維を構造的に係留性するための接着であり、係留伝達(下段、中央)を行っていることを示す。係留伝達では、標的ニューロンに係留されている部分でドパミンなどの神経調節物質が放出されることにより、効率的かつ標的選択的な機能的調節を可能にすると考えられる。

説明図・2枚目
図2 ドパミンシナプス

線条体におけるドパミンシナプスは、ドパミン放出性のシナプス前部とGABA感受性のシナプス後部とが向かい合う、伝達物資と受容体がミスマッチした異種シナプス結合で、その接着をシナプス後部側の接着分子ニューロリギン2(NL2)が媒介する。シナプス前部には伝達物質放出に関わるアクティブゾーンタンパクCASTやシナプス前部側の接着分子ニューレキシン(Nrxn)が発現している。一方、シナプス後膜にはイオンチャネル型GABA受容体(GABAAR)が集積するが、ドパミン受容体(D1R/D2R)はドパミンシナプスから排除されシナプス外の細胞表面に豊富に分布する。

用語解説

1.線条体
大脳基底核の主要な構成要素で、眼球や体の随意運動を制御する大脳核。線条体には大脳基底核からの出力に関わる中型有棘ニューロンと、このニューロンの活動性を制御する介在ニューロンからなる。ドパミン受容体は中型有棘ニューロンに発現し、中脳黒質から大量のドパミン作動性投射はD1Rを発現する中型有棘ニューロンに対しては正に、D2Rを発現する中型有棘ニューロンに対しては負に制御することで、随意運動のアクセルとブレーキとして機能する。なお、黒質ドパミンニューロンの細胞死はパーキンソン病の原因となる。
2.ドパミン
アミノ酸のチロシンから合成される神経調節物質の一つ。中脳黒質からのドパミン性投射は眼球や体の随意運動や認知機能を制御する。中脳腹側被蓋野からのドパミン性投射は報酬行動や薬物依存に関与する。快楽の伝達物質とも呼ばれる。
3.GABA
抑制性神経伝達物質。イオンチャネル型GABA受容体であるGABAA受容体を介して、ニューロンやシナプスを強力に抑制する。この受容体をポストシナプス膜に密集させる足場タンパクがゲフィリンで、ニューロリギン2はGABAA受容体やゲフィリンと結合し、抑制性シナプスの接着分子として機能する。
4.足場タンパク
ポストシナプス膜上の受容体を密集させるため、“受容体”の足場となる分子。GABAシナプスに選択的な足場タンパク質がゲフィリンで、グルタミン酸シナプスに選択的な足場タンパクの代表例がPSD-95である。
5.シナプス接着分子
ニューレキシンはシナプス前膜から突き出る主要な接着分子で、ニューロリギンはシナプス後膜から突き出る主要な接着分子である。シナプス間隙において両者が結合して架橋を形成する。
6.配線伝達
いわゆるシナプス伝達のことを指す。図1の左側に示すように、シナプス前部とシナプス後部が接着分子で架橋され、それぞれに神経伝達物質とそれと結合して活性化するイオンチャネル型受容体が発現している。グルタミン酸、GABA、グリシンを伝達物質とするシナプスがこの伝達様式をとり、ミリ秒オーダーの速い興奮性もしくは抑制性シナプス伝達を行う。
7.ボリューム伝達
シナプスを形成せずに、神経伝達物質を放出する神経線維と主にGタンパク質共役型受容体を発現する標的細胞とが、広い空間(ボリューム)を挟んで配置する。特に自律神経では、神経調節物質(アセチルコリン、ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、神経ペプチドなど)がこの伝達様式をとり、長いタイムスケールで全体的な調節に関わる。しかし、脳における神経調節物質の作用機序についてはほとんど不明であった。今回の研究成果は、ドパミンによる線条体中型有棘ニューロンの調節は係留伝達性であることを明らかにした。
8.大脳基底核
線条体、淡蒼球、視床下核、黒質・腹側被蓋野からなる神経核複合体で、認知、随意運動、情動や報酬行動に関与する。

掲載日 平成28年3月29日

最終更新日 平成28年3月29日