プレスリリース 肺がんに対する新たな分子標的治療を発見!

プレスリリース

国立大学法人金沢大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

  • 肺がんのうち5%程度を占めるKRAS(※1)遺伝子変異肺がんは,上皮間葉移行(※2)状態により上皮系と間葉系の2種類に分類される。
  • KRAS遺伝子変異を有する肺がんに対し現在臨床試験中のMEK阻害薬は,投与後に細胞表面受容体を活性化することにより効果が減弱され,活性化される細胞表面受容体は上皮間葉移行状態により異なる。
  • KRAS変異肺がん細胞を上皮間葉移行により分類し,それぞれに対する細胞表面受容体阻害薬とMEK阻害薬を併用することにより,抗腫瘍効果が著明に増強された。

金沢大学がん進展制御研究所 腫瘍内科研究分野の衣斐寛倫准教授と矢野聖二教授らのグループは,KRAS変異を有する肺がんに対し,上皮間葉移行と呼ばれる細胞の状態に基づいた個別化治療の可能性を世界で初めて報告しました。

肺がんは本邦におけるがん死亡原因の第一位ですが,そのうちKRAS遺伝子の異常が5%程度に認められます。KRAS変異肺がんに対してはMEK阻害薬の臨床試験が行われていますが,その効果は十分ではありませんでした。本研究グループは,MEK阻害薬がフィードバック機構と呼ばれる本来は生体内のシグナルを一定に保つための機構を誘導することで,細胞表面受容体を活性化させることを示しました。この活性化される受容体は上皮間葉移行と呼ばれる細胞の性質により異なっており,上皮系・間葉系それぞれの細胞状態に対応した細胞表面受容体阻害薬を同時投与することで腫瘍の縮小を示しました。

この研究成果により,現在有効な治療法のないKRAS変異肺がんに対し,腫瘍細胞の性質に基づき個別化した治療が可能になることが期待されます。 

本研究成果は米国がん学会が発行する科学誌「Cancer Discovery」のオンライン版に5月6日掲載されました。

研究の背景と経緯

肺がんは,本邦におけるがん死亡の第一位です。このうちKRAS遺伝子の異常は5%程度に認められますが,KRAS遺伝子異常を有する肺がんに対する有効な標的治療法はこれまで明らかではありませんでした。異常KRASタンパクは多数の下流タンパクを活性化し細胞の増殖に関わるシグナルを伝達しますが,このうちMAPKシグナルと呼ばれるシグナル伝達系(図1)が,がん細胞の生存・増殖に大きな役割を果たしていると考えられています。しかし,MAPKシグナルを抑制するMEK阻害薬を用いた臨床試験では十分な効果が認められませんでした。

研究の内容

本研究では,まずMEK阻害薬投与後の細胞内のシグナル伝達系について解析を行った結果,MEK阻害薬は一時的にMAPKシグナルを抑制する一方,フィードバック機構(図1)と呼ばれる本来は生体内のシグナルを一定に保つための機構を誘導することで,MAPKシグナルの再活性化をもたらすことを示しました。さらに,フィードバック機構は細胞表面の受容体の活性化により引き起こされていましたが,関与する受容体は上皮間葉移行と呼ばれる細胞の状態により異なり,上皮系マーカー陽性の腫瘍ではERBB3,間葉系マーカー陽性の腫瘍ではFGFR1によりMAPKシグナルの再活性化が行われることを見出しました。それぞれの細胞表面受容体阻害薬とMEK阻害薬の併用療法は,細胞株を用いたスクリーニングで有効性が示され,マウスモデルでも腫瘍の縮小をもたらすことを初めて明らかにしました(図2)。

今後の展開

本研究により,現在有効な治療法のないKRAS変異肺がんに対し,腫瘍の上皮間葉移行状態に基づき個別化しMEK阻害薬を用いた併用療法を行うことにより,新たな治療につながる可能性を示しました(図3)。腫瘍の上皮間葉移行状態については,細胞に発現するタンパクであるビメンチンおよびE-カドヘリンの免疫染色により判別が可能であり,これらは日常臨床でも使用されています。また,MEK阻害薬,ERBB3阻害薬,FGFR阻害薬については,複数の製薬企業により開発が行われており,各薬剤の効果・安全性が評価されています。将来的には,本研究をもとに,KRAS変異肺がんを上皮系・間葉系に分類し,それぞれに対する併用療法を行うことが期待されます。

 

※1 KRAS
KRASタンパクは,正常細胞において細胞表面の受容体からもたらされる様々な細胞増殖シグナルを核に伝達している。KRAS遺伝子の変異により,常に活性化されたKRASタンパクが細胞内に産生され細胞増殖シグナルを伝達することで,がんの発生・進展に重要な役割を果たす。
※2 上皮間葉移行
多くのがんは上皮系細胞より発生するが,上皮細胞が間葉細胞の性質を得て細胞移動する現象。周囲の組織との境を越えて広がったり(浸潤),転移したりする時に起こる。
説明図・1枚目
説明図・2枚目
説明図・3枚目

発表雑誌

雑誌名:
Cancer Discovery
論文タイトル:
Epithelial-to-mesenchymal transition defines feedback activation of receptor tyrosine kinase signaling induced by MEK inhibition in KRAS mutant lung cancer
(KRAS変異肺がんにおいて,MEK阻害薬投与後の受容体型チロシンキナーゼの活性化は,上皮間葉移行状態により規定される)
著者名:
Hidenori Kitai, Hiromichi Ebi, Shuta Tomida, Konstantinos V. Floros, Hiroshi Kotani, Yuta Adachi, Satoshi Oizumi, Masaharu Nishimura, Anthony C. Faber, Seiji Yano
(北井秀典,衣斐寛倫,冨田秀太,Konstantinos V. Floros,小谷浩,足立雄太,大泉聡史,西村正治,Anthony C. Faber,矢野聖二)
URL:
http://cancerdiscovery.aacrjournals.org/content/early/2016/05/06/2159-8290.CD-15-1377.abstract

本研究への支援

文部科学省および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム」

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掲載日 平成28年5月26日

最終更新日 平成28年5月26日