プレスリリース ヒトiPS細胞のエピジェネティクス状態が血液細胞への分化能の指標となる

プレスリリース

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)

ポイント

  • ヒトiPS細胞やES細胞のIGF2注1の発現量が多いほど、造血前駆細胞注2への初期分化能が高い。
  • IGF2の発現は、IGF2領域の染色体構造がゆるむと高くなる。

  • 血液細胞への成熟能は、初期化の際のDNAのメチル化注3に影響を受ける。

要旨

西澤正俊 研究員(京都大学CiRA)、高折晃史教授(京都大学血液・腫瘍内科)、吉田善紀 准教授(京都大学CiRA)らの研究グループは、35のヒトiPS細胞株、4つの胚性幹細胞(ES細胞)株を用いて、それぞれの株の血液細胞へのなりやすさについて、細胞内の遺伝子発現、DNAのメチル化状態、染色体の状態を指標に解析しました。その結果、iPS細胞やES細胞のような多能性幹細胞から造血前駆細胞への初期分化には、IGF2遺伝子の発現量が影響することが明らかになりました。一方、造血前駆細胞から血液細胞への成熟能に関しては、体細胞のiPS細胞への初期化の際に起こるDNAメチル化量が影響することが明らかになりました。本研究は、細胞のもつ分化能の分子的な機構を明らかにしただけではなく、医療応用に向けて、最適なiPS細胞を選ぶための方法の開発につながる成果です。

この研究成果は2016年7月28日(米国東海岸時間)に米科学誌「Cell Stem Cell」で公開されます。

研究の背景

iPS細胞は、様々な細胞へと分化することのできる多能性を持っているため、再生医療や創薬、病態解明への応用が期待されています。しかし、iPS細胞株ごとの分化能を詳細に調べてみると、特定の細胞へのなりやすさに差がみられます。その原因はいくつか考えられますが、ひとつ目は、体細胞の時のDNAメチル化状態が初期化後も残っていることにあります。また、ふたつ目の原因として、体細胞からiPS細胞への初期化の際に生じるDNAメチル化の異常が知られています。3つ目の原因としては、iPS細胞を作製するための体細胞を提供したドナーの遺伝的な差にあると考えられています。原因はいくつも考えられるものの、これまでの研究は、ヒトiPS細胞の株数が少なく、結論を出すには難しい状況でした。

研究結果

本研究では、15人のドナーから得られたヒト線維芽細胞、血液細胞(臍帯血、末梢血)、歯髄細胞、角化細胞から作製した35株のiPS細胞と4株のES細胞を用いて、多能性幹細胞から造血前駆細胞への初期分化能と、造血前駆細胞から血液細胞への成熟能を解析しました(図1)。
説明図・1枚目図1.本研究のデザイン
まず、多能性幹細胞から造血前駆細胞への初期分化能について調べたところ、ばらつきがあるものの、株の由来による差が大きくないことが分かりました(図2)。次に造血前駆細胞になりやすい多能性幹細胞株の中で、共通して発現の高い遺伝子を探索したところ、IGF2という遺伝子が見つかりました。このIGF遺伝子に関して、遺伝子間のネットワーク解析を行い、IGF2遺伝子が多く発現している多能性幹細胞は、中胚葉系の細胞に近い遺伝子ネットワークを形成していることが示されました。一方、IGF2遺伝子領域の染色体の構造を確認したところ、IGF2遺伝子の発現量が高い多能性幹細胞株では、IGF2遺伝子の領域の染色体がゆるんでいることが分かりました。
説明図・2枚目図2.多能性幹細胞から造血前駆細胞への初期分化のしやすさ
培養15日後の多能性幹細胞について、造血系の細胞がもつCD43を指標に計測した。
次に、造血前駆細胞から赤血球や血小板やリンパ球などの血液細胞への成熟能について解析しました。すると、血液由来のiPS細胞株で、成熟能が高いという傾向がみられましたが、血液由来でないiPS細胞株で成熟能の高い株も認められました(図3)。さらに、特異的メチル化領域について調べると、成熟能が高い多能性幹細胞では、ES細胞に近いメチル化のプロファイルを示しました。成熟能が低い多能性幹細胞株では、体細胞の時は、特異的なメチル化量が低いにも関わらず、iPS細胞の状態では高くなりました。このことから、体細胞からiPS細胞への初期化過程で過剰にメチル化された場合に、血液細胞への成熟能が低くなると考えられます。
説明図・3枚目図3.造血前駆細胞から生じた混合コロニー
(様々な血液細胞に分化する能力を持つ造血前駆細胞がつくる細胞塊)の数

まとめ

本研究によって、多能性幹細胞株から造血細胞への分化能のばらつきに、2つの要因が関係していることが明らかになりました(図4)。ひとつ目は多能性幹細胞の時のIGF2遺伝子の発現量で、発現量が高いと、造血前駆細胞への分化が進みやすくなります。2つ目は、体細胞がiPS細胞へと初期化される際に特異的なDNAメチル化量の差で、過剰にメチル化が起こった場合、造血前駆細胞から血液細胞への成熟が進みにくくなります。また適切に初期化されたiPS細胞は元の体細胞の種類にかかわらず良好な分化成熟能を持っていることがわかりました。本研究の成果は、体細胞からiPS細胞への初期化のメカニズムの解明に役立つと同時に、医療応用に向けて、適したiPS細胞株を得るための指標になることが期待されます。
説明図・4枚目図4.本研究から明らかになった、細胞株間の分化能のばらつきにおける要因

論文名と著者

論文名
“Epigenetic variation between human induced pluripotent stem cell lines is an indicator of differentiation capacity”
(ヒトiPS細胞間のエピジェネチックな多様性が分化能力の指標となる)
ジャーナル名
Cell Stem Cell
著者
Masatoshi Nishizawa1,2, Kazuhisa Chonabayashi1,2, Masaki Nomura1, Azusa Tanaka1, Masahiro, Nakamura1, Azusa Inagaki1, Misato Nishikawa1, Ikue Takei1, Akiko Oishi1, Koji Tanabe1, Mari Ohnuki1, Hidaka Yokota1, Michiyo Koyanagi-Aoi1, Keisuke Okita1, Akira Watanabe1,3, Akifumi Takaori-Kondo2, Shinya Yamanaka1,3,4, and Yoshinori Yoshida1
著者の所属機関
  1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
  2. 京都大学大学院 医学研究科 血液・腫瘍内科学
  3. 京都大学 物質-細胞統合システム拠点
  4. グラッドストーン研究所

本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  • 日本学術振興会・文部科学省 科学研究費補助金
  • 内閣府 最先端研究開発支援プログラム
  • 厚生労働省 科学研究費補助金
  • AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞研究中核拠点」
  • AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」

用語説明

注1:IGF2
Insulin-like growth factor 2(インスリン様成長因子2)の略。発生の初期に働く遺伝子。
注2:造血前駆細胞
赤血球、リンパ球などの、血液の細胞に分化する前の段階の細胞のこと。
注3:DNAのメチル化
DNA中のシトシン、もしくはアデニンにメチル基が付加されることを言う。DNAのメチル化により、遺伝子発現が制御される。エピジェネティクス注4制御に関わる。
注4:エピジェネティクス
DNAの配列を変えることなく、細胞分裂後の細胞へと伝わる遺伝情報のこと。DNAのメチル化やDNAが巻き付くヒストンたんぱく質への化学修飾などにより、遺伝子発現や細胞の表現型が制御される。

お問い合わせ先

研究内容およびCiRAに関すること

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
国際広報室 遠山
TEL:075-366-7005
FAX:075-366-7152
E-mail:media“AT”cira.kyoto-u.ac.jp

AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラムに関すること

日本医療研究開発機構
再生医療研究課
TEL:03-6870-2220
FAX:03-6870-2242
E-mail:saisei“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成28年7月29日

最終更新日 平成28年7月29日