プレスリリース 青年期自閉スペクトラム症への継続オキシトシンスプレーの効果は点鼻用量と遺伝的個人差の影響を受ける

プレスリリース

国立大学法人福井大学
国立大学法人金沢大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

経鼻オキシトシンスプレー(注1)は、自閉スペクトラム症(注2)の社会性障害などの症状を軽減する効果があるとして近年注目されていますが、どのぐらいの量を点鼻すれば効果が得られるのか、個人差があるのかなどはよくわかっていません。

今回、福井大学では、この2つの疑問点を明らかにするために、自閉スペクトラム症がある青年期の方60名に参加いただき、ランダム化二重盲検試験(注3)を行いました。参加者には、①高用量のオキシトシンスプレー、②低用量のオキシトシンスプレー、③プラセボ(偽薬)スプレーのいずれかを12週間にわたって点鼻していただきました。その結果、男性参加者では、オキシトシン点鼻の実際使用量が多い方が効果を認めやすいことが明らかになりました。さらに、点鼻用量が少ないときは個人の遺伝的背景であるオキシトシン受容体遺伝子多型(注4)によって効果の程度が異なることがわかりました。これらの成果は、今後オキシトシン療法を確立する上で重要な知見です。

本臨床試験は、福井大学子どものこころの発達研究センター 小坂浩隆教授、岡本悠子特命助教、医学部精神医学領域 和田有司教授、金沢大学 棟居俊夫特任教授、東京大学 山末英典准教授(現、浜松医科大学教授)を中心に、日本医療研究開発機構「脳科学研究戦略推進プログラム」(平成27年度に文部科学省より移管)の事業の一環で行われました。本臨床試験の成果は、米国科学誌「Translational Psychiatry」(8月23日付)電子版に掲載されます。

本臨床試験の成果のポイント

  • 経鼻オキシトシンスプレーが、社会性の障害などの自閉スペクトラム症の主症状を軽減する効果があることが報告されています。
  • 本臨床試験は、青年期自閉スペクトラム症者への12週間にわたる経鼻オキシトシンスプレーによる臨床症状の軽減の程度には、「1日あたりのオキシトシン点鼻用量」と「個人のオキシトシン受容体遺伝子多型」が影響する可能性を示しました。
  • この臨床試験の成果は、患者さん自身の遺伝的特徴に合わせたオキシトシン療法(テーラーメイド医療)の確立につながる重要な知見です。

臨床試験の背景と内容

自閉スペクトラム症(注2)の方は、「視線が合いづらい」、「他者の気持ちがわかりにくい」などの症状のため社会生活に困難を感じることが多いのが特徴ですが、これらの症状を軽減するための薬剤は現在のところありません。そのような中、脳内で分泌されるオキシトシン(注1)というホルモンが、他者とのコミュニケーションに重要な役割を果たすことで注目されています。すでにいくつかの臨床試験で、自閉スペクトラム症者の社会性障害の軽減に効果があることが示されています。しかし、点鼻用量の違いが症状軽減の程度に違いをもたらすのか、その効果に個人差があるのかなど不明な点が多いのが現状です。

今回、用量効果と個人差を解明するため、知的障害を伴わない青年期(15才から39才)の自閉スペクトラム症60名を無作為に、①1日32単位(スプレー1噴霧=国際単位オキシトシン4単位相当)のオキシトシンを経鼻スプレーする高用量群、②1日16単位のオキシトシンをスプレーする低用量群、③プラセボ(偽薬)をスプレーするプラセボ群、各々20名に分け、ランダム化二重盲検試験(注3)を12週間行いました(図1)。各参加者のスプレー残量から実際に使用した点鼻用量を測定し、オキシトシンによる臨床症状の軽減度に点鼻用量が関係しているかどうかを調べました。また同時に、各参加者のオキシトシン受容体遺伝子多型も検査しました。その結果、男性では、1日21単位より多く点鼻した参加者9名は、21単位以下の参加者19名よりも症状軽減が大きい(例:視線が合う、共感が強まる、自発語が増加)ことがわかりました。さらに、1日21単位以下の参加者19名では、オキシトシンが作用する受容体のタイプを決定する遺伝子の1つ(rs6791619)の塩基(注4、注5)がT/TまたはT/Cである参加者11名はC/Cである参加者8名と比べ臨床症状がより軽減していました(図2)。

また、二重盲検期12週間終了後、全参加者に1日32単位のオキシトシンを12週間スプレーする非盲検期も行いました。計24週間の安全性を確認したところ、重大な有害事象は認められませんでした。

今後の展開と波及効果

本臨床試験から、オキシトシンスプレーの男性青年自閉スペクトラム症者への症状軽減の程度は、点鼻用量と遺伝的特徴によって異なることがわかりました。今後さまざまな用量での効果の違いを調べることで、症状を軽減するための最適な点鼻用量を見つけられることが期待できます。また、遺伝的背景がオキシトシンの効果に与える影響については、テーラーメイド医療につながる知見です。将来的に、オキシトシンスプレーを用いる前に患者さんの遺伝子多型から治療効果を予測することで、個々の患者さんに合った治療選択が出来るようになることも期待できます。

今回の臨床試験は 60名という比較的少ない参加者で行ったため、多人数でも同じ効果が得られるか、頻度の少ない副作用が大規模臨床試験実施時に見つからないか、効果と安全性の再確認をすることが重要です。現在、福井大学は、東京大学、金沢大学、名古屋大学とともに実施している「自閉スペクトラム症を対象としたオキシトシン経鼻剤の多施設・並行群間比較・プラセボ対照・二重盲検・検証的試験(JOIN-Trial)」に参加しています。この大規模調査の結果はオキシトシンスプレーの自閉スペクトラム症の症状軽減効果や安全性にさらなる知見を与えることになると見込まれます。

注意点

欧州などでは授乳促進の適応で承認されている経鼻オキシトシンスプレーですが、我が国においては授乳促進のための医療目的でも使用を認められていない未承認薬です。自閉スペクトラム症に対して、対人コミュニケーションや社会生活の困難さを軽減するような目的で経鼻オキシトシンスプレーを使うことについては、その有効性や安全性が検証されている途中の段階にあり、効果があるか、安全に使用できるかどうかについての確かな証拠が得られたわけではありません。また、本臨床試験はそれらに結論を与えるものではありません。有効性や安全性の確証が得られていない状況での未承認薬の使用は容認されるものではありませんので、ご注意ください。

説明図・1枚目図1 本臨床試験の方法
60名の自閉スペクトラム症参加者を20名ずつ3群に無作為(ランダム)に分けました。
1日に2回、オキシトシンまたはプラセボのスプレー2本を2噴霧ずつ点鼻していただきました。オキシトシン高用量群にはオキシトシンスプレー4噴霧(1噴霧=国際単位4単位)を1日2回(合計32単位)、オキシトシン低用量群はオキシトシンスプレー2噴霧とプラセボスプレー2噴霧を1日2回点鼻していただきました(合計16単位)。プラセボ群はプラセボスプレー4噴霧を1日2回点鼻していただきました(オキシトシンは全くない状態)。二重盲検期として12週間継続しました。
説明図・1枚目図2 本臨床試験の主な結果
各参加者のスプレー残量から各参加者の使用した点鼻用量を推定した結果、男性の参加者では、1日21単位より多いオキシトシンを点鼻したとき臨床症状軽減が大きい(例:視線が合う、共感が強まる、自発語が増加)ことがわかりました。さらに、1日21単位以下の場合では、オキシトシン受容体のタイプを決定するある遺伝子(rs6791619)の塩基がT/TまたはT/Cの参加者は、C/Cの塩基を持つ参加者と比べ、症状軽減の効果がより強いことがわかりました。この結果は、点鼻用量と遺伝的特徴によってオキシトシン効果が異なることを意味しています。

用語解説

(注1)オキシトシン、経鼻オキシトシンスプレー
オキシトシンは、視床下部の室傍核と視索上核の神経分泌細胞で合成され、下垂体後葉から血中に分泌されるペプチドホルモンです。妊娠末期に子宮収縮を促し分娩を誘発し、出産後には子宮復古や乳汁分泌を促進します。そのため、女性独特のホルモンと考えられていた時代もありました。しかし、オキシトシンは男性にも存在し、中枢作用として社会行動(信頼・愛情の形成、表情の認知)に関与し社会性の獲得形成に重要な役割を果たすことがわかってきました。
欧州などでは授乳促進剤として経鼻オキシトシンスプレーの医療保険が認可されていますが、日本では未承認です(陣痛誘発・分娩促進剤としての注射剤のみ日本では保険適応が認められています)。どの国においても、経鼻オキシトシンスプレーは自閉スペクトラム症の治療薬として認可されていません。
(注2)自閉スペクトラム症
「精神障害の診断と統計マニュアル」(DSM)(注6)の第5版において、自閉スペクトラム症は、下記の2つの特徴で定義されます。DSMの第4版では「自閉性障害(自閉症)」、「アスペルガー障害」、「特定不能の広汎性発達障害」と呼ばれていたものが、若干の診断基準変更とともに「自閉スペクトラム症」に統合されました。なお、自閉スペクトラム症は、注意欠如多動症(ADHD)などとともに「発達障害」として分類されます。

「社会的コミュニケーションおよび社会的相互作用の障害」視線が合いづらい、独り遊びが多い、友人関係を作り維持するのが苦手、他者の表情や気持ちを理解するのが苦手、他者への共感が乏しい、会話を続けるのが苦手、冗談や嫌味が通じにくい、など。

「限定した興味と反復行動ならびに感覚異常」興味範囲が狭い、意味のない習慣に執着する、環境変化に順応するのが苦手、常同的で反復的な言語の使用、常同的で反復的な衒奇的運動、 感覚刺激への過敏または鈍麻、限定された感覚への探究心、など。

(注3)ランダム化二重盲検試験
臨床試験の手法のひとつです。参加者が実薬群と偽薬群といったグループに無作為に割付けられ、最後まで当事者のほか家族や検査者、医療者もわからないまま行う試験です。実薬か偽薬かわからないため、参加者が薬を期待することで現れる効果や、検査者が効果を高くもしくは低く見積もることを防ぐことができ、質の高い臨床試験とされます。
(注4)オキシトシン受容体
オキシトシンは、オキシトシン受容体と結合して機能が発揮すると考えられています。脳内では特に扁桃体などの社会性の活動に関与する部位に発現して、社会性の行動を促すと考えられています。オキシトシン受容体が欠損したマウスは社会的行動が乏しくなる報告もあります。
(注5)遺伝子多型、塩基
遺伝情報は、主に2本のDNA(デオキシリボ核酸)を構成する塩基配列によって決まります。その塩基には4つ(A:アデニン、T:チミン、G:グアニン、C:シトシン)があり、それらの組み合わせなどで DNAが構成されます。前述のオキシトシン受容体をコードするDNAには、何十か所で塩基配列のパターンが個人で異なっており(=遺伝子多型)、この遺伝子多型によって、社会的協調行動や脳活動のパターンに個人差が生じていることが先行研究より報告されています。本臨床試験では、オキシトシン受容体をコードする1か所(rs6791619と呼ばれる部位)の塩基の違いが、オキシトシン継続投与による社会性向上効果に影響を与える結果が得られました。今回の遺伝子多型の塩基配列には、2本のDNAとも「T:チミン」のパターン(T/T)、1本は「T:チミン」でもう 1本は「C:シトシン」のパターン(T/C)、2本とも「C:シトシン」のパターン(C/C)の3種類があります。
(注6)「精神障害の診断と統計マニュアル」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM)
アメリカ精神医学会によって出版され、精神障害の分類のための共通言語と標準的な基準を提示するものです。2013年に第5版が出版され、診断名やその基準に変更が見られました。

論文タイトル

Oxytocin efficacy is modulated by dosage and oxytocin receptor genotype in young adults with high-functioning autism: A 24-week randomized clinical trial.
(日本語タイトル:「青年期自閉スペクトラム症への継続オキシトシンスプレーの効果は点鼻用量と遺伝的個人差の影響を受ける」

著者

Kosaka H, Okamoto Y, Munesue T, Yamasue H, Inohara K, Fujioka T, Anme T, Orisaka M, Ishitobi M, Jung M, Fujisawa TX, Tanaka S, Arai S, Asano M, Saito DN, Sadato N, Tomoda A, Omori M, Sato M, Okazawa H, Higashida H, Wada Y.

小坂 浩隆(福井大学 子どものこころの発達研究センター 教授)
岡本 悠子(福井大学 子どものこころの発達研究センター 特命助教)
棟居 俊夫(金沢大学 子どものこころの発達研究センター 特任教授、現:医療法人社団長久会 加賀こころの病院)
山末 英典(東京大学 医学部附属病院精神神経科 准教授、現:浜松医科大学 医学部精神医学 教授)
猪原 敬介(福井大学 医学部精神医学領域、現:電気通信大学 大学院情報理工学研究科UEC ポスドク研究員)
藤岡 徹(福井大学 子どものこころの発達研究センター 特命助教)
安梅 勅江(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授)
折坂 誠(福井大学 医学部産科婦人科学 講師)
石飛 信(福井大学 医学部精神医学領域、現:国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 室長)
ジョン ミンヨン(福井大学 子どものこころの発達研究センター 学術研究員、現:Harvard Medical School Department of Radiology research fellow)
藤澤 隆史(福井大学 子どものこころの発達研究センター 特命講師)
田仲 志保(福井大学 子どものこころの発達研究センター 技術補佐員)
新井 清義(連合小児発達学研究科 福井校、現:翔和学園)
浅野 みずき(福井大学 子どものこころの発達研究センター)
齋藤 大輔(福井大学 子どものこころの発達研究センター、現:金沢大学 子どものこころの発達研究センター 特命准教授)
定藤 規弘(自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学研究部門 教授)
友田 明美(福井大学 子どものこころの発達研究センター 教授)
大森 晶夫(福井県立大学 看護福祉学研究科 教授)
佐藤 真(福井大学 子どものこころの発達研究センター、大阪大学大学院 医学系研究科解剖学講座神経機能形態学 教授)
岡沢 秀彦(福井大学 高エネルギー医学研究センター 教授)
東田 陽博(金沢大学 子どものこころの発達研究センター 特任教授)
和田 有司(福井大学 医学部精神医学領域 教授)

発表雑誌

「Translational Psychiatry」(電子版:2016年8月23日に掲載予定)

お問い合わせ先

臨床試験に関すること

小坂 浩隆 (こさか ひろたか)
国立大学法人 福井大学 子どものこころの発達研究センター
〒910-1193 吉田郡永平寺町松岡下合月 23-3
TEL:0776-61-8804(子どものこころの発達研究センター)
E-mail:hirotaka“AT”u-fukui.ac.jp

事業に関すること

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 脳と心の研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町 1-7-1
TEL:03-6870-2222
E-mail:brain-pm“AT”amed.go.jp

報道担当

前川 奈々江 (まえがわ ななえ)
国立大学法人 福井大学 総合戦略部門 広報室
〒910-8507 福井市文京 3-9-1
TEL:0776-27-9733
E-mail:sskoho-k“AT”ad.u-fukui.ac.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成28年8月23日

最終更新日 平成28年8月23日