プレスリリース 日本人多層オミックス参照パネル(jMorp)を拡張―メタボロームの解析人数が1,008人に。項目間相関情報・ペプチド情報を追加―

プレスリリース

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

成果のポイント

  • 日本人多層オミックス参照パネル(jMorp)のメタボローム解析人数を2015年7月に発表時の501人から1,008人に拡張した。
  • 解析人数が増えたことにより、さらに代謝物の分布が高精度に明らかとなり、参照パネルとしての信頼性が向上した。
  • 世界で初めて、各代謝物の計測値間の相関情報を新たに公開した。代謝の変化と体調・体質との間の関係がより詳細に分析可能となる。
  • 観測されたペプチドの詳細情報を新たに公開した。特定のタンパク質を効率よく測定するための参考資料となり、多くの研究者からの利用が想定される。

本日(2016年8月29日)東北大学東北メディカル・メガバンク機構(機構長:山本雅之、以下ToMMo)は、日本人多層オミックス参照パネル*1(Japanese Multi Omics Reference Panel、以下jMorp)のメタボローム解析人数を約2倍の1,008人に拡張しました。jMorpは、ToMMoが世界で初めて500人以上の血漿の網羅的メタボローム*2及びプロテオーム*3統合解析を完了し、2015年7月2日に解析結果を公開したデータベースです。jMorpは一般成人を対象としており今後、疾患関連マーカー候補の探索・評価等において対照としての活用が見込まれます。

このたびのメタボロームの情報の拡張により参照パネルとしての信頼性が大幅に向上しました。またデータ規模の拡大に加えて、

  • 各代謝物の計測値間の相関情報(世界初)
  • タンパク質の断片(ペプチド)の詳細情報

を新たに公開することにより、代謝の変化と体調・体質との間の関係をより詳細に調べるための情報を提供することができます。

今後、ToMMoは、解析例の数や同定物質の種類を増やしてパネルの精度を上げるとともにゲノム情報や健康情報等との関連解析を行い、幅広い医科学研究の基盤として活用されるよう、jMorpを随時更新していきます。

背景

がんや生活習慣病など現在わが国で罹患率の高い疾患の多くは、複数の環境要因や遺伝要因が複雑に相互作用して発症します。血液中の代謝物やタンパク質の種類や濃度は、遺伝子や生活習慣の影響を受けて各個人で異なり、また同一人でも加齢や疾患の有無で変化します。このため血液中の化合物は疾患バイオマーカーとして注目されています。現在世界中の健康調査において、様々な生体分子を網羅的・包括的に解析する方法としてオミックス解析が導入され始めており、生活習慣や人種による代謝物などの違いと疾患との関連が注目されています。このような状況の中、昨年ToMMoは日本人多層オミックス参照パネル(jMorp)を発表しました。jMorpは血漿中の代謝物を調べるメタボローム解析とタンパク質を調べるプロテオーム解析の両方を同じ対象者で大規模に行いデータベースとして公開した、世界初の成果です。

なお本研究は文部科学省・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)による東北メディカル・メガバンク計画によって行われました。

今回の成果

1,008人分の血漿オミックス解析が完了

昨年7月に公開したjMorpは約501名の日本人のオミックスデータを分布も含めて公開した類のないデータベースで、世界中から多くのアクセスと反響がありました。オミックス情報は様々な遺伝要因と環境要因の双方の影響を深く受けており、年齢や性別によっても変化します。このため各年齢層や男女の比率を考慮した、より高精度な日本人多層オミックス参照パネルを構築することが、今後の研究において不可欠です。今回のオミックス情報の拡張では、従来の501名の際に相対的に数が少なかった若年齢層や男性を重点的に解析することで、より標準的な参照パネルを構築することに成功しました。また今回メタボローム解析したjMorp対象者1,008人は全て、ToMMoが今年6月に公開した2,049人の全ゲノム解読*4情報(2KJPN)の対象者であり、2KJPNの半数を網羅したことになります。これにより、今後の症例対照研究における正常対照としての活用範囲が大きく広がると共に、遺伝要因や環境要因による影響を高い精度で検出できるようになります。

日本人集団1,008人分の血液中の各代謝物やタンパク質の分布情報を公開

今回新たに、jMorpに登録されている各項目の間の相関解析の結果を分布情報と共に公開しました。これにより、例えばある代謝物の濃度が高い場合、連動して濃度が変化する代謝物は他にどんなものがあるか、といった詳細な情報を得ることができ、複雑な生体内の代謝環境をより詳細に解析することが可能となります。このような公共データベースは世界初です(図1)。

 

説明図・1枚目図1.各項目間の相関解析画面
またプロテオーム解析ではタンパク質名だけでなく、実際に観測されたタンパク質の断片(ペプチド)の詳細情報を新たに公開しました。これにより、あるタンパク質を精密に測定したい場合、どのペプチド断片を検出すれば最も効率よく測定できるか、jMorpを検索することで容易に予想できるようになり、世界中のプロテオーム解析研究者に広く活用が期待できます(図2)。
説明図・2枚目図2.ペプチド情報画面

jMorpバナーサイト名:Japanese Multi Omics Reference Panel (jMorp)
言語:英語
URL:https://jmorp.megabank.tohoku.ac.jp/

【参考1】日本人多層オミックス参照パネルにおける公開内容
項目 公開内容
基本情報 性別・年齢・BMIの分布
NMRメタボローム解析 37代謝物の定量値と分布
MSメタボローム解析 同定された250種類以上の代謝物の名称と頻度分布
MSプロテオーム解析 同定された256種類のタンパク質の名称と検出された人の割合。および、同定されたペプチドの種類と分子量。
相関情報 各代謝物と相関のある代謝物のリストとその強度
【参考2】jMorp利用実績

2015年7月2日のサイト公開以来、今年8月2日までに、84カ国から延べ4,929のセッション、27,110のページビューがありました。

今後の展開

個別化医療・予防を目指したゲノム情報等との統合解析

今回オミックス解析を行った1,008名は全ゲノム情報解析が既に終了しています。今後はゲノム情報等との統合解析により、各代謝物やタンパク質の個人差(体質)に影響を与えている環境・遺伝要因の解析を行います。そして様々な疾患関連(予防)マーカーの確立を目指し、個別化医療・予防の実現に貢献します。

幅広い研究機関との共同研究の推進(詳細情報の開示を含む)

一般成人の多層オミックス参照パネルは、疾患関連マーカー候補の探索・評価において、正常対照として非常に有用です。このため幅広い研究機関と共同研究を行うことで国内の疾患研究を連携して進めます。その際は今回公開対象になっていない詳細情報も限定的に共同研究先に提供する予定です。

また、メタボローム解析で得られた膨大なピークの迅速な同定法の開発や、プロテオーム解析に対するゲノム多型情報の活用など、新たな解析方法を共同研究先と行うことで、オミックス参照パネルの高精度化を目指します。

時系列観察を伴うオミックス解析

血液中の代謝物・タンパク質の分布や組成は、加齢(成長)や生活習慣に応じて時々刻々と変化します。このため、変化する代謝物・タンパク質を同定し、データベース化することでオミックス参照パネルを高精度化し、より幅広い研究対象において利用出来るように拡張していきます。

また、オミックス解析により血液中の薬物も解析可能であるため、血液中の薬物を検出することにより、どのような病気にかかっているかといった、罹患率の推定が可能です。また、長期の服薬による人体への影響や効果の調査を行うことも可能ですので、今後のコホート研究においてオミックス解析を時系列で行うことにより、服薬状況とその影響や効果を調べることも可能になります。

【参考3】オミックス解析の試料について

本研究は、宮城県と岩手県で実施中のコホート調査(地域住民コホート調査と三世代コホート調査)の協力者からご提供頂いた生体試料をもとに行われました。2013年5月に開始した『地域住民コホート調査』は宮城県と岩手県にお住まいの20歳以上の方を対象とする8万人の方々がご参加された長期健康調査事業です。また同年7月より開始した『三世代コホート調査』(妊婦とその家族が対象)は7万人の方のご参加を目指しています。両調査では、住民の方々に対して本事業・調査のご説明を行い、同意を頂いた方々から、血液・尿及び各種健康調査結果ならびに調査票情報等をご提供頂いています。『地域住民コホート調査』と『三世代コホート調査』を合わせて、すでに約14万人の住民の方々よりご協力を頂いています。

【参考4】東北メディカル・メガバンク計画について

本計画は、東日本大震災を受け、被災地住民の健康不安の解消に貢献するとともに、個別化予防等の東北発の次世代医療を実現するため、ゲノム情報やオミックス情報を含むコホート研究等を実施し、被災地域の復興を推進する、国の復興事業として行われているものです。平成27年度より、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。

被災地に医療関係人材を派遣して地域医療の復興に貢献するとともに、15万人規模の地域住民コホートと三世代コホートを形成し、そこで得られる生体試料、健康情報、診療情報等を収集してバイオバンクを構築します。さらに、ゲノム情報、オミックス情報、診療情報等を解析することで、個別化医療等の次世代医療に結びつく成果を創出することを目指しています。また、得られた生体試料や解析成果を同意の内容等に十分留意し、個人情報保護のための匿名化等の適切な措置を施した上で、外部に提供することや、コホート調査や解析研究を行うための多様な人材の育成も行っています。

本計画の事業の実施は、東北大学東北メディカル・メガバンク機構と岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構とが連携して行っています。

【参考5】関連論文

論文名:The structural origin of metabolic quantitative diversity
雑誌名:Scientific Reports
論文題目邦訳:代謝物の量的な多様性の構造的起源
DOI:http://doi.org/10.1038/srep31463
掲載日:2016年8月16日

用語解説

*1.日本人多層オミックス参照パネル:
大規模な人数のオミックス解析を行った結果を総合し、各代謝物やタンパク質の分布や頻度情報などをまとめることで、今後のオミックス研究の参照情報となるもの。将来的には、診療情報や生活習慣情報、ゲノム情報のデータなどと統合され、我が国における次世代医療を目指す研究に幅広く活用可能なデータベースとなることが期待される。なお、オミックス解析とは、生命を構成する様々な生体分子(ゲノム、RNA、タンパク質、代謝物等)を網羅的・包括的に解析する方法。
*2.メタボローム解析:
オミックス解析の一つ。生体中の代謝物を網羅的に解析する方法。ToMMoでは、核磁気共鳴(NMR)法と質量分析(MS)法を用いている。核磁気共鳴(NMR)法とは、生体分子を含む様々な分子を強力な磁場の中において、分子中の各原子が持つ核磁気モーメントを計測することにより、分子の構造や量を測定する方法。定量性に優れているのが特徴である。質量分析(MS)法とは、物質を荷電粒子に変え、質量電荷比(m/z)にて分離されたスペクトルとして検出する方法。生体内、食品及び環境に含有される様々な物質の存在量を測定することができる。 網羅性に優れているのが特徴である。
*3.プロテオーム解析:
オミックス解析の一つ。生体中のタンパク質を網羅的に解析する方法。ToMMoでは質量分析(MS)法を用いている。
*4.全ゲノム解読:
およそ30億塩基対からなるヒトのゲノムのDNA配列をすべて解読すること。一部のゲノム情報のみを解読して関連性を調べるアレイ解析とは異なり、全てのゲノム情報を対象に関連解析を行えるため、オミックス情報との関連解析による疾患原因因子の探索の際には非常に効果的な手法である。

お問い合わせ先

研究に関すること

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
オミックス解析室
室長 小柴 生造(こしば せいぞう)
電話番号:022-274-6016

報道に関すること

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
広報戦略室長
長神 風二(ながみ ふうじ)
影山 麻衣子(かげやま まいこ)
電話番号:022-717-7908
ファックス:022-717-7923
Eメール:f-nagami“AT”med.tohoku.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構(AMED)
バイオバンク事業部 基盤研究課
電話番号:03-6870-2228
Eメール:kiban-kenkyu“AT”amed.go.jp

※Eメールは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成28年8月29日

最終更新日 平成28年8月29日