プレスリリース 細胞外マトリックスを用いてヒト多能性幹細胞から高効率に血管内皮細胞の誘導に成功

プレスリリース

京都大学iPS細胞研究所
大阪大学蛋白質研究所
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

ポイント

  • 細胞外マトリックス(注1)のひとつラミニン411(LM411)(注2)の組換えタンパク質断片(LM411-E8)を用い、ヒトiPS細胞から血管内皮細胞への高効率な分化誘導法を開発した。
  • iPS細胞が中胚葉前駆細胞を経て血管内皮へと分化する際、LM411-E8との接着を介したシグナルが細胞の運命決定と増殖に重要な役割を果たすことを明らかにした。
  • LM411-E8と低分子化合物を組み合わせることにより、フィーダー細胞フリーで動物由来成分を含まない条件で、iPS細胞から血管内皮細胞を高効率に分化誘導する方法を確立した。
  • この方法で分化誘導した血管内皮細胞は、試験管内のみならず生体内でも血管様構造の形成が可能であり、マウス由来の血液が環流していた。

1.要旨

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の齋藤潤准教授グループ(太田諒大学院生、丹羽明特定拠点助教、中畑龍俊教授ら)と、大阪大学蛋白質研究所の関口清俊寄附研究部門教授グループらの共同研究チームは、細胞外マトリックスのひとつラミニン411(LM411)の組換えタンパク質断片(LM411-E8)を用いることにより、ヒト多能性幹細胞(注3)から正常機能を有する血管内皮細胞を高効率に分化誘導する手法の開発に成功しました。

この研究は、京都大学CiRAと大阪大学蛋白質研究所の共同研究として、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療実現拠点ネットワークプログラムによる支援を受け行われました。成果は10月31日午前10時(英国時間)に英国科学誌Scientific Reportsに掲載されます。

2.研究成果

ヒトの身体はおよそ200種類、37兆個以上もの細胞から構成され、個々の細胞は寄り集まって組織や器官を形成しています。多くの細胞は、タンパク質や糖からなる細胞外マトリックスとよばれる巨大分子のベッドに、あるときは密に整然と、あるときはまばらに埋もれるようにして存在しています。これら細胞外マトリックスにも多くの種類が知られており、筋肉や肝臓、血管など各臓器・組織の多様性は、細胞だけでなく細胞外マトリックスの多様性によっても支えられています。

コラーゲンを始めとする一部の細胞外マトリックスは、細胞培養において細胞の生存率や増殖率を上げる細胞の足場として利用され、細胞の種類により適した細胞外マトリックスの種類があることが知られていました。しかし、細胞外マトリックスを単なる足場としてだけでなく、細胞分化における運命決定の制御因子として着目した研究はほとんどありませんでした。

血管の内側は血管内皮細胞の層で覆われており、血液の凝固を防いだり、血中のコレステロールを取り込んだりして、血液がスムーズに流れるための役割を担っています。血管内皮細胞は常に新陳代謝されており、その管腔構造を保つため、細胞外マトリックスが重要な役割を果たすと考えられています。研究チームによる基礎検討で、細胞外マトリックスのひとつLM411が血管に沿って管腔状に存在する知見を得ていました。そこで、ヒト多能性幹細胞から血管内皮細胞への分化過程において、LM411が与える影響を詳細に解析しました。

3.研究結果

1. LM411、およびLM411-E8断片はiPS細胞から血管内皮細胞への分化を支持する

マトリゲル(注4)上でヒト多能性幹細胞から誘導した中胚葉系前駆細胞を、種々の細胞外マトリックス上に蒔き直し、血管内皮細胞への分化能を比較しました(図1)。すると、他の細胞外マトリックスに比べLM411は有意に血管内皮細胞への分化を支持できることがわかりました(図2)。
説明図・1枚目図1:ヒト多能性幹細胞から誘導した血管内皮細胞。
赤色は内皮細胞に取り込まれたコレステロール。
説明図・2枚目図2:様々なマトリックスによる、内皮細胞誘導効率の比較。
LM411はα、β、γの3つのペプチド鎖が会合してできる巨大な複合タンパク質であり(図3)、そのC末端部分(E8領域)が細胞接着分子インテグリンとの結合部位として同定されています(Ido et.al. JBC 2007)。そこで、遺伝子工学によりLM411のE8領域のみに短縮した組換えタンパク質(LM411-E8)を作製しました。LM411-E8断片は全長型LM411よりさらに血管内皮細胞への分化を促進することが分かりました(図4)。
  • 説明図・3枚目図3:LM411とLM411-E8断片の模式図
  • 説明図・4枚目図4:LM411-E8断片は血管内皮細胞への分化を促進する

2. LM411-E8は、血管内皮細胞への分化増殖を修飾・賦活する因子としての作用を持つ

iPS細胞から血管内皮細胞へ至る分化誘導の過程で「どの段階でどのように」LM411-E8が作用するのかをより詳細に検討するため、研究チームは分化過程の細胞を1細胞単位で次世代シークエンス技術によって遺伝子発現プロファイルを解析し、個々の細胞がどのような運命を辿るのか調べました。その結果、LM411-E8がないと中胚葉前駆細胞が種々のプロファイルを持つ細胞へ無秩序に分化するのに対し、LM411-E8を使うと血管内皮細胞の方向へ強く偏った分化をしながら増殖していることがわかりました。さらに、LM411-E8のこの作用は血管内皮増殖因子(VEGF)からのシグナルと協調して起こっており、細胞骨格に関連した細胞内シグナルであるRhoシグナルが増殖と分化の2つの現象を橋渡ししていることも明らかになりました。

3. 正常な血管機能のある血管内皮前駆細胞への高効率な無血清分化誘導

再生医療や疾患解析に多能性幹細胞を活用する際、正常な機能のある目的細胞を高効率で高純度に得ることが求められます。研究チームは、動物(マウス)成分を含むマトリゲルの代わりにLM411-E8と別種のラミニン組換えタンパク質LM511-E8上に播種した多能性幹細胞を、サイトカインとGSK3阻害剤の併用によって中胚葉前駆細胞へ高効率に誘導し、LM411-E8に蒔き直して血管内皮細胞を誘導する変法を開発しました。この方法は動物成分を含まず、内皮細胞の収率を飛躍的に向上させました(図5)。また、得られた内皮細胞を免疫不全マウス(注5)に移植して、生体内での作用を調べたところ、血管構造が形成され、内部にマウス由来の赤血球を観察したことから、血管内にマウスの血液が環流していることがわかりました(図6)。

説明図・5枚目
図5:改良された分化方法による内皮細胞の誘導効率。
赤枠内が内皮細胞

説明図・6枚目(説明は図の下に記載)
図6:マウス皮下に移植した血管内皮細胞由来の血管様構造。

緑:内皮細胞、赤:マウス赤血球、紫:ヒト由来細胞核。ヒト由来内皮細胞でできた構造の中にマウス赤血球が確認される。

4.研究の意義

ヒト多能性幹細胞の応用という実用的観点から、本研究成果による高純度で簡便な血管内皮誘導は今後の再生医療や様々な疾患解析研究への展開に直結するものと考えます。

同時に、ともすればこれまで「細胞の足場」としての側面に偏って捉えられがちであった細胞外マトリックスの機能について、「作用因子」としての役割の一端を明らかにした点にも本研究の意味があります。細胞外マトリックスは発生初期から生涯にわたり体内に豊富に存在し、様々な組織で細胞運命決定に少なからず影響を与えています。本研究が血管内皮細胞分化をモデルに示したように、今後あらゆる組織における細胞外マトリックスの新たな作用機序解明にiPS細胞は役立つと考えられます。さらに、そうした研究の成果が再びiPS細胞を用いた再生医療の開発に還元できると期待されます。

5.論文名と著者

論文名
“Laminin-guided highly efficient endothelial commitment from human pluripotent stem cells.”
ジャーナル名
Scientific Reports
著者
Ryo Ohta1*, Akira Niwa1*, Yukimasa Taniguchi2, Naoya M. Suzuki1, Junko Toga2, Emiko Yagi2, Norikazu Saiki1, Yoko Nishinaka-Arai1, Chihiro Okada3,4, Akira Watanabe3, Tatsutoshi Nakahata1, Kiyotoshi Sekiguchi2** and Megumu K. Saito1**
*筆頭著者、**責任著者
著者の所属機関
  1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
  2. 大阪大学 蛋白質研究所
  3. 京都大学 iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門
  4. 三菱スペース・ソフトウエア

6.本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  • 日本学術振興会・文部科学省 科学研究費補助金
  • 内閣府 最先端研究開発支援プログラム
  • AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞研究中核拠点」
  • AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」
  • AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「技術開発個別課題」

7.用語説明

(注1)細胞外マトリックス
細胞間の隙間を埋める生体高分子(コラーゲンやプロテオグリカンなど)の集合体。骨・軟骨、歯、皮膚などに多く含まれ、組織を支えてメカニカル(クッション・伸び縮みなど)な機能を果たしている。
(注2)ラミニン
細胞を接着させるために重要なタンパク質。上皮細胞や筋細胞、血管内皮細胞など様々な細胞で分泌合成されている。様々なタイプのラミニンがあり、細胞の種類によって作られているラミニンは異なる。
(注3)ヒト多能性幹細胞
自分を増やす能力(自己増殖能)と様々な細胞に変化する能力(多分化能)を持つ特殊な細胞。胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)が含まれる。
(注4)マトリゲル
マウスの肉腫細胞から抽出したマトリックス。動物由来の様々な成分を含む。
(注5)免疫不全マウス
ヒトの細胞が生着しやすいように免疫能を低下させたマウスのこと。

お問い合わせ先

本件担当

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
研究支援部門 国際広報室
和田濵
TEL:075-366-7005 FAX:075-366-7152
E-mail:media“AT”cira.kyoto-u.ac.jp

大阪大学蛋白質研究所
庶務係
吉村 則子
TEL:06-6879-4317 FAX:06-6879-8590
E-mail: tanpakuken-syomu“AT”office.osaka-u.ac.jp

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 再生医療研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町一丁目7番1号
TEL:03-6870-2220 FAX:03-6870-2242
E-mail:saisei“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成28年11月2日

最終更新日 平成28年11月2日