プレスリリース 肝臓を再構築する肝前駆細胞のリプログラミングにラット、マウスで成功―再生医療やがん治療への応用に期待―
プレスリリース
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
本研究成果のポイント
- 成熟肝細胞から、肝臓を再構築する肝前駆細胞へのリプログラミングおよび安定培養に成功。
- 培養に成功した肝前駆細胞を、肝障害をもつ動物の肝臓に移植すると高い再生能力を示し、75~90%という極めて高い効率でホスト肝臓を再構築した。
国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)研究所分子細胞治療研究分野落谷孝広分野長、勝田毅研究員の研究チームは、低分子化合物を用いることで遺伝子組み換えを行うことなく、ラットおよびマウスの成熟肝細胞から、生体外で増殖可能で、かつ生体内で高い再生能を示し肝臓を再構築する肝前駆細胞(Chemically-induced Liver Progenitors:CLiPと命名)へのリプログラミングに成功しました。
これまで、重篤肝疾患に対する治療は肝移植しかありませんでしたが、再生能を有する移植可能な成熟肝細胞を生体外で安定かつ安全に供給する方法はこれまで開発されていません。今後、ヒトの肝細胞を利用したCLiPを開発することにより、患者自身の検体をソースとした新たな細胞治療や、肝がんの発生機序の解明への応用が期待されます。
研究成果は、国際科学雑誌「Cell Stem Cell」(11月10日付け:日本時間11月11日午前2時)に掲載されました。
背景
そのため近年、多能性幹細胞をソースとして、再生能を有する移植可能な肝前駆細胞や成熟肝細胞を生体外で安定かつ安全に供給する試みが行われています。しかし、多能性幹細胞からの肝前駆細胞や成熟肝細胞の誘導は極めて難しく、実際に肝障害動物への移植後の生着率・再生能は依然極めて低い状況です。また、多能性幹細胞の場合は、移植後のがん化などの懸念もあり、実現化には多くの課題を抱えています。
また、肝臓内には成熟肝細胞よりも高い増殖能をもつ肝前駆細胞が存在することも知られており、この細胞を利用した細胞治療の可能性も検討されていますが、採取が困難であり、培養方法が十分に確立されていないことなどの問題が残っています。
こうした背景から、肝細胞を生体外で安定かつ安全に増殖させる技術が強く求められています。
研究手法と成果
1.成熟肝細胞から高い分化能をもった幹前駆細胞(CLiP)へのリプログラミングに成功
当研究室で幹細胞維持に有用であることを確認していた4つの低分子化合物の全ての組み合わせを添加してラットの肝臓細胞を培養し、細胞が増殖するかどうかを検討しました。その結果、肝前駆細胞だけでなく、予想に反して成熟肝細胞までもが増殖能を獲得し、形態的に幹前駆様の細胞へと変化することが明らかとなりました。実際に遺伝子・タンパクの発現解析結果からも、複数の肝前駆細胞マーカーの発現が低分子化合物存在下で上昇していることが確認できました。さらに、肝分化誘導または胆管分化誘導への刺激を加えると、これらの肝前駆様細胞が実際に肝細胞または胆管上皮細胞へと分化することが確認でき、表現型としても確かな肝前駆細胞であることが明らかとなりました。
この細胞を、Chemically-induced Liver Progenitors: CLiPと命名しました。また、CLiPについて以下の特長も確認しました。
- 幹前駆様細胞(CLiP)の特長
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- 低分子化合物存在下で増殖能を失うことなく安定に培養可能
- 長期培養後も肝分化誘導刺激を加えれば容易に肝細胞へと再分化させることが可能
- 一方で、低分子化合物を除去すると即座に増殖能を失う。このことから、CLiPががん細胞特有の自律的な(増殖刺激に依存しない)増殖能を獲得した細胞ではないことが確認できた
- ラットだけでなくマウスの肝細胞を用いても、CLiPを誘導できることが確認できた
2.慢性肝炎マウスの肝臓の75~90%が正常なラット肝細胞へ再生
置換率が75~90%に達した移植後8週間で摘出したマウス肝臓は、大きさも正常で、かつ病理学的にも正常な構造であり、安全性の面でも問題ないことが示されました。
これまで様々な研究で多能性幹細胞由来の肝(前駆)細胞や成体肝臓から採取した肝前駆細胞を用いた移植実験が行われてきましたが、これらの細胞によって置換される肝細胞の割合は15%以下であり、十分な肝再生の実現には至っていませんでした。
今後の期待
また、本研究をがん研究へも応用することが可能だと考えています。肝がん細胞は慢性肝障害時に出現する肝前駆細胞に由来すると考えられています。CLiP技術を用いて、CLiP細胞にある変異が加わることで自律的な増殖能を獲得し、がん細胞へと形質転換されるかどうかを調べることでこの仮説に対して新たな知見が得られる可能性があります。これまで患者検体を用いたゲノム解析などの研究から、数多くの肝がん関連遺伝子が同定されていますが、発がん過程におけるそれぞれの遺伝子の役割についての理解は進んでいません。ヒトCLiPの開発できれば、肝細胞への遺伝子操作が容易になるため、ヒト正常肝臓から発がんに至るまでの過程を直接追跡することが可能となり、発がんメカニズムの解明につながることが期待されます。
論文情報
- 雑誌名:
- Cell Stem Cell
- タイトル:
- Conversion of terminally committed hepatocytes to culturable bipotent progenitor cells with regenerative capacity
- 著者名:
- Takeshi Katsuda, Masaki Kawamata, Keitaro Hagiwara, Ryou-u Takahashi, Yusuke Yamamoto, Fernando D. Camargo and Takahiro Ochiya
研究費
「HBVの感染初期過程を評価する系の開発とそれを用いた感染阻害低分子化合物およびレセプター探索」
お問い合わせ
発表者
国立研究開発法人国立がん研究センター
研究所 分子細胞治療研究分野
分野長 落谷 孝広
TEL:03-3542-2511
E-mail:tochiya“AT”ncc.go.jp
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戦略推進部 感染症研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
TEL:03-6870-2225
E-mail:hepatitis”AT”amed.go.jp
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掲載日 平成28年11月11日
最終更新日 平成28年11月11日