プレスリリース 皮膚が新陳代謝しつつバリアを維持する仕組みを解明―細胞の形が解き明かす瑞々しい皮膚が保たれる秘密―
プレスリリース
慶應義塾大学医学部
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
このたび、慶應義塾大学医学部皮膚科学教室(天谷雅行教授)の久保亮治准教授、横内麻里子非常勤講師らの研究グループは、英国インペリアルカレッジロンドンの田中玲子博士らとの共同研究にて、皮膚の表面を覆う細胞が、ケルビン14面体(注1)と呼ばれる特殊な多面体を応用した形をとっていること、さらに、その多面体の形をした細胞がお互いに重なりあって配列し、規則的に順序立って新しい細胞と入れ替わっていくことで、皮膚が新陳代謝している間もバリア機能を保つことを発見しました。
人の皮膚の細胞は1時間あたり2億個、1日にはおよそ50億個が、皮膚から剥がれ垢となって失われます。次々と細胞が新しく入れ替わることで、皮膚の瑞々しさが保たれています。一方で、皮膚は、毒素やアレルゲンが私たちの体に侵入するのを防ぐ、バリアとして働いています。皮膚のバリアがうまく働かないと、アトピー性皮膚炎や喘息、食物アレルギーを発症しやすくなることがわかっています。では、皮膚のバリアをうまく保ちながら、バリアを作っている細胞自身はどうやって入れ替わっているのでしょうか?今回の発見により、この謎を解く鍵が、ひとつひとつの細胞の形にあることが初めてわかりました。皮膚の細胞は、ケルビン14面体と呼ばれる、空間を効率良く埋めるために最適な多面体が平たくなった形をしていました。この形をうまく利用して、規則的な順序で細胞が入れ替わることにより、丈夫な皮膚バリアを保ったまま、次々と古い細胞を垢として捨て、常に瑞々しい皮膚を保つことができることが、詳細な顕微鏡観察とコンピュータシミュレーションにより初めて明らかになりました。本研究が発展し、皮膚の細胞の入れ替わりを制御するメカニズムが判明すれば、皮膚炎によって分厚くなった皮膚や、老化によって薄くなった皮膚を元の厚さに戻せるようになることが期待されます。本研究成果は、2016年11月29日(米国東部時間)に国際総合学術誌であるeLIFEに掲載されます。
1.研究の背景と概要
表皮の一番外側にある角層は、死んで角化した細胞(角質細胞)が、何層にも重なり強固に結合することによって作られた頑丈なバリアです。角層の内側にはもう一つ、バリアの働きをする構造があります。細胞と細胞の間をぴったりと隙間なくくっつける、密着結合(タイトジャンクション)と呼ばれる構造です。タイトジャンクションは、角層を通り抜けた抗原が、細胞と細胞の隙間を通り抜けて体内に侵入してくるのを防いでいます。これらの皮膚のバリアがうまく働かないと、細菌が体内に侵入して感染症を引き起こしたり、アレルゲンが体内に侵入しやすくなって、アトピー性皮膚炎や喘息、食物アレルギーを引き起こすことが知られています。
表皮の細胞は常に新陳代謝しており、日々新しい細胞が生まれ、古い細胞はどんどん垢となって、はがれ落ちていきます。どうやってバリアを保ったまま、バリア本体を作っている細胞を入れ換えることができるのか?その仕組みは長い間ずっと不明でした。
2.研究の成果と意義
研究グループは今回、マウスの耳の皮膚とその細胞をコンフォーカル顕微鏡で観察することで、タイトジャンクションバリアを作っている細胞が、“ケルビンの14面体”と呼ばれる特殊な多面体を平たくした形をしており、(図1)に示すように、お互いに組み合わさるように頑丈で規則正しい構造をしていることを発見しました。さらに、皮膚のタイトジャンクションが光るマウスをツーフォトン顕微鏡で観察することにより、細胞が決まった順番通りに、規則正しく入れ替わって行くことを明らかにしました。
1つ1つの細胞が入れ替わる時、その細胞の周りでだけタイトジャンクションは一時的に2重になり、新しいバリアができてから古いバリアが消えることで、細胞が入れ替わってもバリアは破れない仕組みになっていました。さらに、規則正しく立体的に配列した細胞たちの間で、お互いの位置とタイミングを合わせながら順序立って細胞が入れ替わることで、皮膚全体のバリアが保たれていることをコンピュータシミュレーションを用いて示しました。皮膚のバリアを保ちながら細胞を新陳代謝させることを可能にする鍵は、ひとつひとつの細胞の形にあることが初めてわかったのです。
自然界には物理法則に従って秩序あるパターンが多く現れます。ザクロの実やせっけんの泡にみられる、空間がほぼ同じ大きさの立体(多面体)によって分けられる空間分割は、生物と無生物を問わず、自然界にみられる秩序立った美しいパターンのひとつです。今回発見された、ケルビン14面体を応用した細胞の形とその規則正しい配列は、デザインにおける古典的な格言“Form follows function(形態は機能に従う)”の通りに、皮膚が私たちの体を守るバリアとしての役割を果たすために、数理的に最も効率の良いデザインを選択したことを示唆しています。
3.今後の展開
4.特記事項
5.論文
- タイトル:
- Epidermal cell turnover across tight junctions based on Kelvin’s tetrakaidecahedron cell shape(日本語訳:表皮は、ケルビン14面体の細胞形状を利用して、タイトジャンクションバリアを保ったまま細胞をターンオーバーさせる)
- 著者:
- 横内麻里子、厚木徹、Mark van Logtestijn, Reiko J. Tanaka、梶村真弓、末松誠、古瀬幹夫、天谷雅行、久保亮治
- 掲載紙:
- eLIFE (DOI: http://dx.doi.org/10.7554/eLife.19593)
用語解説
- (注1)ケルビン14面体:
- 19世紀末,英国の物理学者ケルビン卿が提唱した、6角形8面、正方形6面からなる14面体。空間を同じ体積を持った細胞で埋める時に、それぞれの細胞の表面積を最小にし、最も効率よく空間を充填できる多面体とはどのようなものか?という問い(ケルビン問題と呼ばれる)の解答として提唱された。
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E-mail:akiharu“AT”keio.jp
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掲載日 平成28年11月29日
最終更新日 平成28年11月29日