プレスリリース 世界最大規模の全ゲノム解析で双極性障害の新規リスク遺伝子の同定に成功―脂質代謝異常症の遺伝子は双極性障害(躁うつ病)と関連―

平成29年1月24日プレスリリース

藤田保健衛生大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

  • 双極性障害(躁うつ病)の有病率は1%程度と推測され、ありふれた疾患ですが、その病態生理は完全に解明できていません。
  • 本研究では、双極性障害のリスク遺伝子同定を目的に、日本人サンプルでは過去最大規模となる約3千人の双極性障害サンプルと、約6万人の対照者を用いた全ゲノム関連解析を行いました。
  • 日本人サンプルを用いた解析では、コレステロールや不飽和脂肪酸の血中濃度と関連するFADS遺伝子領域に新規リスクを同定しました。
  • 脂質代謝に影響する遺伝子が双極性障害のリスクとなりうることが独立した研究で確認されれば、脂質代謝異常などを介入するなどすることで予防介入法・治療法、あるいは診断分類の開発に繋がる可能性があります。また、その他のリスクとなっている遺伝子でも機能解析をすすめることで、新規薬剤の開発などへの足がかりとなります。

研究成果から得られた上記以外の2つの新事実

  • 既に報告されている白人を中心とした結果と、本研究の日本人サンプル結果を結合させた解析では、新たに1個の新規領域(NFIX遺伝子)を同定しました。
  • さらに、日本人と白人双極性障害の遺伝的共通性を検討する解析において、白人のリスク効果は、日本人のリスク効果と有意に共通することが確認されました。

本研究は、藤田保健衛生大学医学部精神神経科学の池田匡志准教授、岩田仲生教授、理化学研究所統合生命医科学研究センターの久保充明副センター長、高橋篤客員研究員、鎌谷洋一郎チームリーダーらを含め、32の大学・施設・研究チームと共同で行われた研究の成果です。

この研究は脳科学研究戦略推進プログラム課題F健康脳(うつ病等に関する研究)、臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)の一環として行われたもので、その研究成果は国際科学誌 Molecular Psychiatryに、2017年1月24日(グリニッジ標準時間:午前8時00分、米国東部時間:午前3時00分)にオンライン版で発表されます。

【論文名】
“A genome-wide association study identifies two novel susceptibility loci and trans population polygenicity associated with bipolar disorder”
(日本語タイトル:全ゲノム関連研究による2個の双極性障害新規感受性および、民族を超えて共通する多因子遺伝性の同定)

研究の背景

双極性障害は、躁うつ病という名前でも知られていますが、「気分の波[うつ状態を呈する時期(うつ病エピソード)と、躁状態を呈する時期(躁病エピソード)]」を繰り返すことが最大の特徴の疾患です。その有病率は、民族によって少し異なりますが、おおよそ100人に1~2人程度と報告されています。つまり、決して稀ではなく、「ありふれた疾患」であるといえます。双極性障害に罹患すると、個人の生活の質(QOL)が低下するのみならず、経済的損失も多大であり、通常は治療を要します。現在行われている治療法は、炭酸リチウムや新規抗精神病薬などの気分安定薬を用いる薬物療法が主体ですが、再発率が高いなどまだまだ根本的治療とは言えない状況が続いています。

他方、疫学的研究(双生児・家系研究など)の結果から、発症には、遺伝的要因がかなりの割合で関与することがわかっていますが、詳細な原因は未だ不明です。従って、早急な原因・リスクの解明を行い、それに基づく根本的治療の開発が望まれています。

現在までに、遺伝的リスクを検討するべく、多くの研究がなされてきました。最近では、各個人に存在する全ゲノム上の多数の遺伝子多型(例えば50~100万個の一塩基多型(SNP)[注1]を用いて、個々の遺伝子多型がどの程度疾患に寄与するかを検討する全ゲノム関連解析(GWASと言います。Genome-Wide Association Study)[注2]が主流となっています。双極性障害では、2007年より小規模ながら全ゲノム関連解析が報告され始め、2011年には、GWASコンソーシアムであるPsychiatric Genomics Consortium (PGC) Bipolar Disorder Working Groupが、1万6千近くのサンプル数を用いた論文をNature Genetics誌に掲載しています(Sklar 2011, Nat Genet)。これら既報の結果を合わせると、現在18領域が有意と報告されています(2016/12/17現在:GWAS Catalogデータベースで、P<5x10-8、Bipolar disorder/Bipolar I disorderでfilterと、Hou et al, 2016, Hum Mol Genet)。ただし、日本人を対象とした解析では、他の報告よりも極めて小規模のサンプルのため、一つもリスクは同定されていません(Hattori et al. 2009, Am J Med Genet)。

従って、今後も双極性障害のリスク同定のためには、サンプル数を拡張していく必要があり、かつ遺伝的に均一な日本人サンプルを用いることは極めて重要であるといえます。

研究の手法と成果の概要

本研究では、藤田保健衛生大学を中心に、全国の大学・施設が参画するコンソーシアムであるadvanced COSMO(Collaborative Study of Mood Disorders)と共同で双極性障害のサンプルが収集されました。また、対照となるサンプルは、理化学研究所が参画するBioBank Japanの結果を用いています。最終的に対象となったサンプル数は、2,964名の双極性障害と、61,887名の対照者です。これらのサンプルを用い、全ゲノム上を網羅する一塩基多型(SNP)を約90万個決定し、全ゲノム関連解析を行いました。

1)日本人サンプルのみを用いた結果

本サンプルを用いた解析では、唯一11番染色体のFADS遺伝子領域に有意な関連を同定しました(図1、2)。本領域との関連は、既報にないものであり、世界で初めての双極性障害のリスク遺伝子として同定されました。このFADS遺伝子群の多型は、他の報告によると、コレステロールや中性脂肪、魚などに含まれるω3不飽和脂肪酸(PUFA)、べにばな油などに含まれるω6 PUFAなど、脂質に関連する物質の血中濃度と強く関連することが分かっています。

本結果を解釈するにあたり、以前より、双極性障害と脂質代謝異常との関連は、疫学的研究から指摘されていることを強調して置かなければなりません。例えば、脂質代謝異常の有病率は、双極性障害患者の方が一般集団よりも高いことが知られています。本結果と合わせて考えると、双極性障害と脂質代謝(異常)は、少なくとも関連があり、遺伝的なリスクとして共通していることも考えられます。
説明図・1枚目(説明は図の下に記載)図1.双極性障害GWASの結果(日本人サンプルのみ)
マンハッタンプロットと呼びます。横軸に遺伝子多型を染色体順に、縦軸に関連性の指標を示すP値の-log10をプロットしています。関連性が高い相互作用は摩天楼のように高い場所にプロットされます。多くのSNPを解析する本研究のような解析では、全体を俯瞰するために有用であり、よく用いられる表示法です。有意といえるP値の閾値は、5x10-8以下を設定しており、赤い線より上になれば有意であると言えます。唯一、11番染色体のSNP(FADS遺伝子近傍の領域:図2)が有意となっています。
説明図・2枚目(説明は本文中に記載)図2.FADS遺伝子近傍のSNPとの関連性の詳細

有意となった相互作用の詳細を示しています。プロットは、図1と同様の形式で示しています。

研究成果の意義

今回の研究成果により、新規遺伝子領域を含む双極性障害リスク遺伝子が同定されました。しかし、個々の遺伝子が双極性障害に及ぼす効果の大きさは極めて小さいものであり、すぐに診断に実用できたりするものではありません。しかし、これらの関連遺伝子を丹念に調べることで、双極性障害が発症する一因を解明することが期待できます。

1)脂質代謝異常と双極性障害について

本研究を進め、仮に因果関係(脂質代謝異常が双極性障害の原因となっていることなど)が解明できれば、脂質代謝に関して、食事など介入することなどで、双極性障害発症に対して予防的介入を行うことが出来る可能性があります。また、現在行われている治療においても、脂質代謝に介入することが有用であるかもしれないなど、新規の治療法として役立つ可能性もあります。また、脂質代謝異常を基盤とする双極性障害(例えば前述の脂質「介入」有効群など)が抽出可能となれば、新たな診断分類が開発される可能性があります。

研究成果から得られた2つの新事実

2)白人を中心とした結果を結合させた結果

前述のPGC Bipolar Disorder Working Groupは、結果の一部を公表しており、このデータと、本研究の日本人サンプルを結合させた解析を行いました(メタ解析といいます)。その結果、FADS遺伝子領域に加え、NFIX遺伝子近傍にも新規なリスク領域を同定しました。さらに、3個の既報の領域(TRANK1、 MAD1L1、ODZ4)の関連を支持する結果が得られました(図3)

説明図・3枚目(説明は本文中に記載)
図3.双極性障害GWASの結果(日本人サンプル+白人サンプル)

図1と同様の形式で示しています。赤は、今回新規に同定できた遺伝子(FADS遺伝子領域、NFIX)です。

3)日本人と白人を中心とした双極性障害のリスク効果の共通性の検討

上述で行っている解析は、遺伝子多型(SNP)単位の解析であり、個々のリスクについて検討する方法論です。それとは別に、数多くのSNPを用いて、相加的に遺伝子の疾患に対する寄与を検討する解析があります(Risk Profile Score解析・遺伝的相関解析といいます)。ここでのリスクSNPは、確定的リスクを示すもののみで解析せず、「SNPのすべて」、あるいは「SNPの一部(例えば、P<0.5という決して有意ではないSNPという意味です)」を含んで解析することで、全体として「日本人双極性障害と、白人を中心とした双極性障害(PGCのサンプル)」のリスク効果が共通しているかを検討することが出来ます。

本研究でも、Risk Profile Score解析と遺伝的相関解析と言われる解析を行いました。まず、Risk Profile Score解析の方法ですが、2個のデータセット(この場合、日本人と、PGCのサンプル)で、一方の関連解析から定義した「リスクとなりうる(この場合、確定的なリスクでないことは前述の通りです)」SNPの選出をまず行います。次に、その選出されたSNPを用い、もう一方サンプルセットの症例・対照全てのサンプルにおける遺伝的スコアを計算し、「症例のスコア」が「対照者のスコア」よりも高ければ、遺伝的に共通していることを推測できる、という論理です。本研究でも、PGCの「リスク」をもとに算出された遺伝的スコアは、日本人の双極性障害が対照者よりも有意に高いことが同定されました。

さらに、最近開発された方法により、遺伝的相関も検討しました。これは、すべてのSNPが示す効果量(例えばオッズ比)の相関を総和的に検討する方法です。すなわち、日本人、PGCの効果量を比較することによって、相関係数に類似する指標を算出します。その結果、相関係数が0.7とかなり高い値で日本人・PGCが相関していることが判明しました。この値は、既報のリウマチや2型糖尿病のアジア人—白人の相関がおおよそ0.5~0.6程度であったことから、双極性障害では、それらの疾患よりも遺伝的相関が高いことが判明しました。

研究成果の意義

2、3)白人を中心とする結果とのメタ解析・比較

白人のデータを結合することで、サンプル数が拡大され、新規のリスクであるNFIX遺伝子を同定することが出来ました。この遺伝子の機能は発現に重要な役割を果たすことが知られていますが、双極性障害発症における役割は不明です。今後も機能解析をすすめることで、リスク分子をターゲットとした独自の作用機序を持つ新規薬剤の開発などが期待されます。

また、遺伝的共通性を日本人—白人双極性障害で検出することができました。このことはすぐに診断などに役立つものではなりませんが、遺伝学的に民族を超えた共通性を検討することは診断の妥当性を間接的に証明したり、あるいは共通しない部分が民族独自のリスクになりうる可能性を提案したり極めて重要な解析です。また、このような総和的な解析は、新たな診断分類の基盤になる可能性もあります。ただし、そもそもの遺伝学的背景が異なるため、一筋縄では行きませんが、今後も推進していく必要があります。

用語説明

双極性障害:
「双極性障害」は、躁状態とうつ状態をくりかえす病気です。躁状態とうつ状態は両極端な状態です。その極端な状態をいったりきたりするのが双極性障害です。
「双極性障害」はかつて「躁うつ病」といわれていました。そのこともあってうつ病の一種と誤解されがちでしたが、この二つは異なる病気で、治療も異なります。
原因が完全には解明されていないことから、正確な検査方法はまだ開発されておらず、日本に数十万人の患者さんがいると見積もられますが、日本での本格的な調査が少なく、はっきりしたことはわかっていません。
双極性障害の治療においては、周りの環境や本人の人生に大きな影響を及ぼすことから、早い段階から予防療法に取り組むことが大切です。
[注1]
遺伝情報は塩基と呼ばれる4種類の化学物質の配列で記録されているが、突然変異が生じた結果、集団の1%以上の頻度で見られる塩基の置換。多くのSNPは機能的意義を持たないが、アミノ酸をコードする領域や、発現などに影響する領域のSNPは、機能に変化を起こすことがある。
[注2]
DNAマイクロアレイ(小さい基盤の上に、多くのDNAを配置したもの。ゲノム中の多くの遺伝子の発現量や多型などを効率よく調べることを目的に開発された)を用い、50~100万個の一塩基多型を検出し、症例と対照を比較することで、関連する一塩基多型(およびその近傍の遺伝子)を同定する方法

お問い合わせ先

研究に関すること

研究者氏名 池田匡志(イケダマサシ)
藤田保健衛生大学医学部精神医学講座 准教授
〒470−1192
愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98
Tel:0562-93-9250 Fax:0562-93-1831
E-mail: ikeda-ma“AT”fujita-hu.ac.jp

研究者氏名 岩田仲生(イワタナカオ)
藤田保健衛生大学医学部精神医学講座 教授
〒470−1192
愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98
Tel:0562-93-9250 Fax:0562-93-1831
E-mail: nakao“AT”fujita-hu.ac.jp

事業に関すること

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E-mail: brain-pm"AT"amed.go.jp

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最終更新日 平成29年1月24日