プレスリリース 震災被災地の健康状態―地域住民コホート調査より―

プレスリリース

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表のポイント

東北メディカル・メガバンク計画の地域住民コホート調査*1に、平成25~27年度に宮城県内と岩手県内の特定健康診査会場等で参加した63,002人分について分析した。

  • 身体活動量、喫煙、飲酒、及び震災時の自宅被害の程度は、メタボリック症候群と有意に関連していた。
  • 内陸部に対して沿岸部では、心理的苦痛、抑うつ症状、不眠、およびPTSR(心的外傷後ストレス反応)のオッズ比が高かった。
  • 沿岸部では、東日本大震災と高血圧等の治療中断が関連していた。

背景

東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災からの復興事業として計画され、宮城県では東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)、岩手県では岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)が事業主体となり、15万人の参加を目標とした長期健康調査(地域住民コホート調査:8万人、三世代コホート調査:7万人)を実施しています。地域住民コホート調査は平成27年度末までに参加募集を完了し、84,073人が調査に参加しています。今回は、そのうち平成25~27年度に宮城県内および岩手県内の特定健康診査会場等で参加した63,002人分について、調査結果の分析を行いました。この分析には、採血からのゲノム解析の結果は含まれていません。

分析対象

63,002人の採血・採尿、調査票の結果を分析

今回の報告の対象とした、地域住民コホート調査において、各自治体が実施する特定健康診査の会場に赴く方式で行った調査では、調査日に採血・採尿を行うと共に、調査票をお渡ししてお持ち帰りいただき、2週間以内の郵送での回答をお願いしました。本報告は、平成25~27年度の調査地域(宮城県28市町、岩手県18市町村)の対象者について分析した結果にもとづくものです。分析の対象の総数は63,002人(宮城県37,175人、岩手県25,827人)ですが、部分的なデータ欠損などから、調査項目ごとに対象人数が異なります。

調査実施自治体:
(沿岸部)
<宮城県>石巻市、塩竈市、気仙沼市、名取市、多賀城市、岩沼市、東松島市、亘理町、山元町、松島町、七ヶ浜町、利府町、女川町、南三陸町
<岩手県>宮古市、大船渡市、久慈市、陸前高田市、釜石市、大槌町、山田町、岩泉町、田野畑村、普代村、野田村、洋野町
(内陸部)
<宮城県>大崎市、登米市、栗原市、富谷市、蔵王町、村田町、丸森町、大和町、大郷町、加美町、涌谷町、美里町、白石市、角田市
<岩手県>二戸市、矢巾町、住田町、軽米町、九戸村、一戸町
分析対象:
63,002人(宮城県37,175人、岩手県25,827人)
男性:23,582人(37.4%)、平均年齢:62.7歳
女性:39,420人(62.6%)、平均年齢:59.7歳
合計:63,002人、平均年齢:60.8歳
調査時期:
 
平成25年5月20日~平成28年3月31日

主な結果

調査から、以下のことが明らかになりました。

身体活動量、喫煙、飲酒、及び震災時の自宅被害は、メタボリック症候群と有意な関連が認められた。

今回の検討では、高血圧・糖尿病・高脂血症の治療の有無は自己申告の通院の有無で判定を行いました。メタボリック症候群に該当する割合は男性24.8%、女性8.2%でした。メタボリック症候群ありのオッズ比(以下、数字の後のカッコ内は95%信頼区間)が統計学的に高い者は下記でした。男性は自宅被害なしの者に比べ、自宅が全壊した者は1.29(1.16~1.44)、大規模半壊した者は1.26(1.06~1.48)とリスクが高くなりました。また非喫煙者に比べ、喫煙者(1日20本以上)で男性1.13(1.02~1.25)、女性1.98(1.50~2.63)とリスクが高くなりました。また、非飲酒者に比べ、1日3合以上の者は男性1.12(1.002~1.24)、女性1.67(1.12~2.48)と有意に高くなりました。逆に身体活動量が高い者は1標準偏差上昇あたり男性は0.85(0.82~0.88)、女性は0.88(0.85~0.92)と有意にメタボリック症候群のリスクが低くなりました。心理的苦痛・抑うつ症状はメタボリック症候群と有意な関連を示しませんでした。自宅の被害の程度は、喫煙・飲酒・身体活動量・心理的苦痛・抑うつ症状を考慮してもなお、統計学的に有意なリスク上昇と関連していました。さらに住居被害をこうむった者でメタボリック症候群と関連するメカニズムについて検討をしていく必要があると考えます。

内陸部に対して沿岸部では、心理的苦痛、抑うつ症状、不眠、およびPTSRのオッズ比が高かった。

心理的苦痛あり(K6*2スコア ≥ 13)、抑うつ症状あり(CES-D*3 ≥ 16)、不眠(AIS*4 ≥ 6)、およびPTSRありの者の割合はそれぞれ6.0%、26.4%、23.0%、2.7%でした。内陸部居住者に対する沿岸部居住者のオッズ比(以下、数字の後のカッコ内は95%信頼区間)は、心理的苦痛で1.08(0.99~1.17)、抑うつ症状で1.14(1.09~1.19)、不眠で1.15(1.09~1.20)、およびPTSRで1.57(1.38~1.77)であり、抑うつ症状、不眠、PTSRで統計学的に有意な関連が認められました。ただし、これらの統計学的有意差は、家屋損壊度・死亡または行方不明の近親者の有無で調整することによって消失すること、また、家屋損壊・近親者喪失のいずれにも該当しない群を対象としたサブ解析では、沿岸部居住者と内陸部居住者のリスクに有意な差はないか、むしろ小さかったことから、震災による被害が内陸―沿岸のリスク差に大きく影響したと考えられます。なお、今回の調査では初年度・2年目・3年目と対象者が異なるので年度比較は行いませんでした。これらの状況の推移については、現在対象者に協力いただいている追跡調査の結果を分析して報告していく予定です。

なお、これらの結果は断面調査の結果であり、震災前から沿岸部でこれらの指標が高かった可能性も否定はできませんが、震災後の自己申告の新規うつ、PTSD発症リスクが沿岸部で高いことを既に報告しており、震災の影響は強いと考えられます。

高血圧等の治療中断率が、内陸部と比べ沿岸部で高かった。また、高血圧治療中断者の収縮期血圧は、通院中の者に比べて高かった。

高血圧・糖尿病・高脂血症の疾患の治療中断割合(治療中断者数/既治療開始者数)は、高血圧で3%(572/17,661)、糖尿病で4%(175/4,274)、高脂血症で6%(506/7,801)でした。沿岸部居住者は内陸部居住者に比し、高血圧の治療中断のオッズ比(95%信頼区間)が1.28(1.04~1.57)と有意に高くなりました。糖尿病、高脂血症においては、沿岸部居住者で治療中断リスクが高くなりませんでした。さらに、高血圧既治療開始者のうち、通院中の者と治療中断者の特定健康診査時の収縮期血圧の平均値(±標準偏差)を比較したところ、通院中の者で132(±16)mmHg、治療中断者で140(±19)mmHgであり、治療中断者の収縮期血圧が高いことが示されました。

胃がんリスクについては、ヘリコバクター・ピロリ菌感染・胃粘膜の萎縮で評価される胃がんリスク高値者(ピロリ菌感染、胃粘膜萎縮のいずれかがある者)の割合は年齢層が上がる程有意に高かった。

参加者全体では43.6%が胃がんリスク高値群に分類されました。年齢、性別、参加地、参加年度、居住地域を変数とした多変量解析の結果、年齢が上がる程胃がんリスク高値のオッズ比が高くなりました。内陸部居住者を基準とした沿岸部居住者の胃がんリスク高値のオッズ比(以下、数字の後のカッコ内は95%信頼区間)は0.96(0.93~0.997)と沿岸部でやや低くなりました。平成25年度参加者に比べて平成26年度、平成27年度の参加者で胃がんリスク高値者のオッズ比は、それぞれ0.80(0.77~0.83)、0.70(0.67~0.73)と有意に低くなりました。ピロリ菌除菌に関する情報は今回収集していませんが、平成25年2月のピロリ菌除菌の保険適応拡大等が影響した可能性も考えられます。

なお、本調査の対象集団は、対象地域の住民のうち健常者として自治体の特定健康診査に参加した方々で且つ自らToMMo/IMMの行う調査にご協力された方々であり、比較的健康意識が高い方々であることには注意が必要と考えられます。

地域住民コホート調査の実施

ToMMoでは平成25年5月20日から、IMMでは平成25年7月25日から地域住民コホート調査を開始しました。同調査では、両県内自治体が実施する特定健康診査の会場に大学のスタッフが出向く(宮城県28市町村、岩手県18市町村)方式、及び、宮城県内7カ所に設けた地域支援センターや岩手県内4カ所に設けたサテライトまたは矢巾センターへ地域住民の方々に来所いただく方式の、2種類の方式で地域住民の方々の協力を募りました。

平成27年度末までに参加募集を完了し、特定健康診査会場における調査の実施で宮城県38,383名、岩手県25,870名の登録を得ると共に、地域支援センターにおいて13,829名、サテライトまたは矢巾センターで5,991名の登録を得て、合計84,073名の地域住民コホートへの登録をいただき、調査の目標としておりました両県合計8万人以上を上回る方に登録いただいております。(新規の参加受付は終了しています。)

今後の展開

調査について

今回は、特定健診会場で参加した方々の情報の整理結果を報告しましたが、地域支援センター/サテライトで調査に参加した方々についても集計を進め、傾向の分析などに努めていきます。またゲノム解析やオミックス解析等、各種関連解析を進め、一部の情報は公開のデータベースとして広く多くの研究者の利用に供すると共に、試料・情報分譲の制度を通じて日本全国の研究機関での研究推進に役立てていきます。また参加した方々に対して追跡調査を実施して、健康状態の推移を把握していきます。

対応について

個別の調査協力者に対しては結果の回付を行うと共に、これまでに宮城県31市町、岩手県18市町村の結果について説明会を開催して参加を促すなどし、住民の方一人ひとりへの啓発などに努めています。また、個々の協力者の検査数値において、特に異常値ありの場合には、地域の医療機関への受診勧奨を行うと共に、大きな問題があると考えられる数値については集計を待たずに直接ご本人に連絡して早期の受診勧奨を強く行っています。地域ごとの結果については統計データを当該自治体に提供するなどして、対策に活かしています。

メンタルヘルス面に関しては、K6が15点以上、且つ、CES-Dが16点以上を呈する抑うつ状態のハイリスク者、または、PTSRのため日常に支障を呈すると回答した参加者を対象に、機構専属の心理士が電話でその後の経過を尋ね、必要に応じて、カウンセリングや相談に応じ、医療機関への受診勧奨や情報提供を行う等の支援活動を行っています。平成28年12月末までに、地域住民コホート参加者のうち、1,922名のハイリスク者に対して、3,880回の電話かけを行い、1,380名の対象者に支援を行いました。

また、問題の大きい方々の特性について、どのような方にどのような問題があるのかを検討し、ご協力いただいた方にとどまらず広く地域全体に貢献できるような情報を急ぎ発信してく予定です。

参考:東北メディカル・メガバンク計画について

東北メディカル・メガバンク計画は、東日本大震災からの復興と、個別化予防・医療の実現を目指しています。東北大学東北メディカル・メガバンク機構と岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構を実施機関として、東日本大震災被災地の医療の創造的復興および被災者の健康増進に役立てるために、平成25年より合計15万人規模の地域住民コホート調査および三世代コホート調査等を実施して、試料・情報を収集したバイオバンク*5を整備しています。東北メディカル・メガバンク計画は、平成27年度より、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。

用語解説

*1コホート調査:
ある特定の人々の集団を一定期間にわたって追跡し、生活習慣などの環境要因・遺伝的要因などと疾病発症の関係を解明するための調査のこと。
*2K6:
心理ストレスを含む精神的な問題の程度を簡便に測る尺度として、国際的に広く用いられているもの。米国のKesslerらにより開発され、6問の質問項目からなる。うつ病・不安障害などの精神疾患をスクリーニングすることなどを目的に、一般住民を対象とした調査で広く利用されている。
*3CES-D:
CES-D(The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)は、うつ病の発見を目的として、米国国立精神保健研究所(NIMH)により開発された20問の質問。汎用性が高く、世界中で普及している。
*4AIS:
アテネ不眠尺度。世界保健機関(WHO)が中心になり設立した「睡眠と健康に関する世界プロジェクト」により開発された8問の質問。不眠の有無を判定するための国際基準。
*5バイオバンク:
生体試料を収集・保管し、研究利用のために提供を行う。東北メディカル・メガバンク計画のバイオバンクは、コホート調査の参加者から血液・尿などの生体試料を集める。

お問い合わせ先

宮城県の地域住民コホート調査に関すること

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
予防医学・疫学部門 個別化予防・疫学分野
教授 寳澤 篤(ほうざわ あつし)
電話番号:022-718-5161

岩手県の地域住民コホート調査に関すること

岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構
臨床研究・疫学研究部門
部門長 坂田 清美 (さかた きよみ)衛生学公衆衛生学講座 教授
副部門長 丹野 高三 (たんの こうぞう)衛生学公衆衛生学講座 准教授
電話番号:019-651-5111(内線5775 衛生学公衆衛生学講座)

報道に関すること

東北大学東北メディカル・メガバンク機構
長神 風二(ながみ ふうじ)
影山 麻衣子(かげやま まいこ)
電話番号:022-717-7908
ファックス:022-717-7923
Eメール:f-nagami”AT”med.tohoku.ac.jp

岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構
遠藤 龍人(えんどう りゅうじん)
電話番号:019-651-5111(内線5509)
ファックス:019-908-8021
Eメール:ryuendo”AT”iwate-med.ac.jp

AMED事業について

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
バイオバンク事業部
電話番号:03-6870-2228     
Eメール:kiban-kenkyu”AT”amed.go.jp

※Eメールは上記アドレス”AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成29年2月1日

最終更新日 平成29年2月1日