プレスリリース ヒトES、iPS細胞から1週間で効率良く神経細胞を分化させる方法を開発―創薬スクリーニング、再生医療への活用に期待―

平成29年2月14日プレスリリース

慶應義塾大学医学部
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部坂口光洋記念講座(システム医学教室)の洪 実教授、生理学教室の柚崎 通介教授からなる研究グループは、ヒト多能性幹細胞(注1)であるES細胞、iPS細胞から、1週間で、90%以上という高い効率で神経細胞を分化させる「細胞分化カクテル」の開発に成功しました。このカクテルを、細胞に数回添加するという簡単な操作で、密な神経突起ネットワーク、電気刺激への反応性、運動神経特異的なマーカー発現を有する機能的な神経細胞が創出されました。

開発されたカクテルは、細胞のゲノムDNAに傷をつけないため、より安全であると考えられます。また、量産が可能なため、細胞移植や創薬スクリーニングに必要とされる大量の神経細胞を簡単に作ることができます。その結果、神経細胞の基礎研究のみならず、神経細胞の異常でおこるさまざまな病気に対する薬の開発、病態解明、再生医療などに役立つことが期待されています。

本研究成果は、2017年2月13日に「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

現在、ヒト多能性幹細胞であるES細胞、iPS細胞からヒトの体を構成するさまざまな細胞を培養皿の上で分化させ、それを再生医療での細胞移植の材料にすることや、病気や個人に合う薬のスクリーニングに活用することが試みられています。従来は、ヒトES、iPS細胞から胚様体と呼ばれる細胞塊を作り、培養条件を順次変えていくことで、徐々に細胞を分化させていく方法が主流でした。このような方法は、手間やコストがかかるだけでなく、場合によっては1ヶ月以上という長期の複雑な培養が必要で、薬のスクリーニングや細胞移植に必要な量と、均質かつ高品質に分化した細胞を得ることが難しく、再生医療分野の進展を阻む一因となっていました。

研究の概要と成果

本研究グループは、単層培養されているヒトES細胞、ヒトiPS細胞に、数回添加するという簡単な操作だけで、1週間で効率良く神経細胞の分化を誘導できる合成mRNA(注2)のカクテルの創出に成功しました。(図1)

この合成mRNAカクテルには、神経細胞の遺伝子発現調節に関わる5つの転写因子(注3)が、試験管内で合成されたmRNAの形で入っています。培養1週間目には、培養皿上の90%以上の細胞が、神経突起の密なネットワークを形成し、また、電気刺激に反応できる機能的な神経細胞となっていました。また、運動神経に特異的なマーカーを発現しており、運動神経への分化が強く示唆されました。

(図1)

1週間で効率良く神経細胞の分化を誘導できる合成mRNAのカクテルの創出に成功

研究成果の意義と今後の展開

今回の方法の特徴は、従来のDNAとして遺伝子導入を行う方法と違い、遺伝子発現調節に関わる複数の転写因子を合成mRNAカクテルの形で細胞内に導入することで、細胞のゲノムDNAに傷をつけないことに加え、人為的な細胞操作の跡を残さないという点で、より安全な細胞分化方法として将来の治療への展開が期待できます。

また、量産可能で、安全性も高い合成mRNAカクテルは、細胞移植に必要な大量の神経細胞の創出を可能とします。さらに、操作が極めて簡便であるため、製薬業界で汎用されているロボットを活用した薬の大規模スクリーニングでの活用も期待されます。

具体的には、神経細胞の異常でおこるさまざまな病気、特に筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの運動神経病の患者から作られたiPS細胞を、培養皿の上で神経細胞に分化させることで、薬の開発、病態解明に役立つことが推測されます。また、簡単に高品質の神経細胞を作ることができるので、神経生物学の研究にも役立つことが予想されます。

その他、電気生理学的な解析の見地から、特徴的な活動電位(スパイク)の出現によって判断される神経細胞の機能的な分化は、ヒトiPS細胞からこれほど短期間の間に、効率よく機能的な神経細胞に分化させることができるという点で、驚くべき結果となっています。

本研究グループでは、同様の研究戦略により、ヒトES細胞、iPS細胞から5日間で骨格筋細胞の分化や(Akiyama et al., Development 2016)、5日間で涙腺上皮様細胞への分化(Hirayama et al., npj Aging and Mechanisms of Disease 2017)にも既に成功しており、さらに、さまざまな分化細胞を作りだす分化カクテルの研究が進行中です。

特記事項

本研究は、主として、「国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療実現拠点ネットワークプログラム 技術開発個別課題」の研究費の支援を受けました。さらに、「国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)『生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出』研究領域」の支援と「坂口光洋記念慶應義塾医学振興基金」の支援を受けました。

論文

タイトル:

Rapid differentiation of human pluripotent stem cells into functional neurons by mRNAs encoding transcription factors
(日本語訳:転写因子をコードするmRNAによるヒト多能性幹細胞の機能的ニューロンへの迅速な分化)

著者:

Sravan Kumar Goparaju(スラバン クマール ゴパラジュ)、幸田 和久、井端 啓二、相馬 淳美、中武 悠樹、秋山 智彦、若林 俊一、松下 美紗子、迫田 実希、木村 寛美、柚崎 通介、洪 繁、洪 実

掲載誌:
Scientific Reports

用語解説

(注1)ヒト多能性幹細胞:
発生初期の細胞のように、私達の体を構成するさまざまな細胞に分化する能力を持つ培養細胞で、胚盤胞に由来する胚性幹細胞(ES細胞)と体細胞に由来する人工多能性幹細胞(iPS細胞)がある。
(注2)合成mRNA(メッセンジャー・アール・エヌ・エイ):
遺伝子DNAを鋳型として試験管の中で合成され、細胞の中に導入されると、自然に存在するmRNAと同じように、タンパク質の合成に使われる。
(注3)転写因子:
DNAに結合するタンパク質で特定の遺伝子セットの発現レベルを調節する。

お問い合わせ先

本発表資料のお問い合わせ先

慶應義塾大学医学部
坂口光洋記念講座(システム医学教室)
教授 洪 実(こう みのる)
TEL:03-5843-6174 FAX:03-5843-6177
E-mail:ko.minoru“AT”keio.jp

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最終更新日 平成29年2月14日