プレスリリース 卵巣がんの治療を困難にする腹膜播種性転移のメカニズムを世界に先駆け解明―新たな治療標的かつバイオマーカーとなりうるエクソソームを同定―
プレスリリース
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立大学法人名古屋大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- 卵巣がんの治療を困難にしてる腹膜播種性転移の成立メカニズムにエクソソームが関与することを解明した。
- 卵巣がん細胞が分泌するエクソソームは腹膜の主要構成細胞である中皮細胞を細胞死へと誘導し、腹膜を破壊することにより、腹膜播種性転移を促進していた。
- 転移に関わるエクソソームが卵巣がん患者腹水中にも存在することを同定し、さらに同エクソソームは早期卵巣がん患者の予後を精度高く予測する有用なバイオマーカーとなりうる。
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)と国立大学法人名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長:髙橋雅英、愛知県名古屋市)は、卵巣から腹腔内(おなかの中)を覆う腹膜にばらまかれたように広がる卵巣がん細胞の腹膜播種(ふくまくはしゅ)による転移について、そのメカニズムを世界に先駆けて明らかにしました。

卵巣がんの5年生存率は、がんが卵巣に限局する初期症例では90%ですが、骨盤内臓器であるため腫瘍が発生しても自覚症状に乏しく、40~50%の症例が骨盤外での腹膜播種性転移などのある進行症例でみつかります。卵巣がんにおいては、腹膜への進展や再発が治療を困難にしており、進行症例の5年生存率は40%と極めて低く、その作用機序の解明と新たな治療の開発が強く求められています。
本研究により、卵巣がん細胞から分泌される微小な小胞エクソソームにMMP1遺伝子が多く含まれており腹膜播種性転移に関わっていること、また卵巣がん患者の腹水に含まれるエクソソーム中にもMMP1遺伝子が多く含まれることを発見し、これらの研究成果により、同遺伝子の量が予後や治療効果の予測に有用なバイオマーカーとなる可能性が示唆されました。
本研究は、国立がん研究センター研究所分子細胞治療研究分野(落谷孝広分野長、横井暁研究員)と同中央病院婦人腫瘍科(加藤友康科長)、名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学(吉川史隆教授)との共同研究で、日本医療研究開発機構(AMED)「次世代がん医療創生研究事業」の支援を受け行ったもので、英科学誌Nature 姉妹誌Nature Communications(電子版)に掲載されました。
- 中央病院婦人腫瘍科長加藤友康のコメント
- 「卵巣がんは、リンパ節転移や隣接臓器への浸潤例には、手術により根治も望めますが、腹膜に進展、再発治療している場合は治療が困難となり、予後に大きく影響します。つまり、腹膜播種の制御が卵巣がん治療の要と言えますが、これまでこの発生機序は不明で、有効な治療法もありませんでした。今回の研究成果は、腹膜播種制御に向け突破口を開いたものと期待しています。」
背景
一方、細胞外膜小胞(Extracellular vesicles: EVs)の一つであるエクソソームは、直径100nm前後の微細な小胞で、がん細胞のみならず、あらゆる細胞から分泌されていることが報告されています。これらエクソソームに内包される核酸やタンパク質といった小分子が、受け手となる細胞で機能することで、細胞間相互作用に関与することが報告されており、近年多くの研究分野で注目を集めています。
国立がん研究センター研究所分子細胞治療研究分野でも、大腸がんの早期診断のための検出標的として(Nature Communications 2014)、また、乳がんの術後長期間を経ての再発に関わること(Science Signaling 2014)、そして、乳がんの脳転移のメカニズムの主役として(Nature Communications 2015)、エクソソームが関与することを報告しています。
- わずかな血液で大腸がんを発見(2014年4月8日付けプレスリリース)
- 術後長期間を経た乳がんの再発、転移メカニズムを解明 休眠中の乳がん細胞の治療抵抗性への関連も示唆(2014年7月2日付けプレスリリース)
- 乳がんの脳転移メカニズムにエクソソームが関与 脳転移の早期診断への応用に期待(2015年4月2日付けプレスリリース)
研究手法と成果
卵巣がんの腹膜播種性転移の成立の過程で、卵巣がん細胞が分泌するエクソソームは腹膜の主要構成細胞である中皮細胞をアポトーシスと呼ばれる細胞死へ誘導し、腹膜による障壁を破壊することにより、腹膜播種性転移を促進していた。(図1)
卵巣がん細胞が分泌するエクソソームが卵巣がんの腹膜播種性転移を促進することを動物モデルにて証明しました。その詳細なメカニズムを解明するために、腹膜の主要構成成分である中皮細胞に着目しました。同エクソソームが中皮細胞に作用し、アポトーシスと呼ばれる細胞死を誘導することが分かり、結果として、卵巣がん細胞が腹膜播種を成立する上で障壁となる腹膜を破壊していることを明らかにしました(図2)。また、この現象に重要な役割を持つ、エクソソーム中の分子としてMMP1遺伝子を同定しました。

左:正常腹膜、右:卵巣がんエクソソームが作用した腹膜
腹水中エクソソームのMMP1遺伝子量は患者の予後に大きく関与

腹水中エクソソームのMMP1遺伝子量は治療効果も反映
動物モデルにおいてMMP1遺伝子を多く含むエクソソームが卵巣がんの腹膜播種性転移を促進したことを踏まえ、MMP1遺伝子含有エクソソームが、実際の卵巣がん患者さんにも存在するかを調べました。がん細胞が分泌するエクソソームが多く含まれると考えられる腹水に着目し解析を行った結果、腹水の中のエクソソームにMMP1遺伝子を多く含む患者が、今回解析した卵巣がん患者の27%に同定され(図4左赤枠内)、この割合は大規模データベースによる卵巣がん組織の、MMP1遺伝子の高い患者群の割合と一致するものでした。また、その遺伝子量は手術前に化学療法を受けていた患者群で、有意に低下することが分かりました(図4右)。
以上から、腹膜播種性転移を促進する、MMP1遺伝子を多く含むエクソソームは腹水中に存在し、患者さんの予後や治療効果を反映していると考えられます。

手術時に採取した腹水からエクソソームを抽出し、エクソソーム中のMMP1遺伝子量をPCRにて検討した結果
今後の展望

発表論文
- 雑誌名:
- Nature Communications
- タイトル:
- Malignant extracellular vesicles carrying MMP1 mRNA facilitate peritoneal dissemination in ovarian cancer
- 著者:
- Akira Yokoi, Yusuke Yoshioka, Yusuke Yamamoto, Mitsuya Ishikawa, Syunichi Ikeda, Tomoyasu Kato, Tohru Kiyono, Fumitaka Takeshita, Hiroaki Kajiyama, Fumitaka Kikkawa and Takahiro Ochiya
研究費
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)
研究開発課題名「がん特異的エクソソームの捕捉による新規体液診断の実用化研究」
問い合わせ先
国立研究開発法人国立がん研究センター
研究所 分子細胞治療研究分野 落谷孝広(おちやたかひろ)/研究員 横井暁(よこいあきら)
〒104-0045 東京都中央区築地5-1-1
TEL:03-3542-2511(代表) E-mail:tochiya“AT”ncc.go.jp
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
〒104-0045 東京都中央区築地5-1-1
TEL:03-3542-2511(代表)
E-mail:ncc-admin“AT”ncc.go.jp
国立大学法人名古屋大学
大学院医学系研究科・医学部医学科
総務課総務係
〒466-8550 名古屋市昭和区鶴舞町65番地
TEL:052-744-2228
E-mail:iga-sous“AT”adm.nagoya-u.ac.jp
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 がん研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
TEL:03-6870-2221 FAX:03-6870-2244
E-mail:cancer“AT”amed.go.jp
※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。
掲載日 平成29年2月28日
最終更新日 平成29年2月28日