プレスリリース まれな原発性免疫不全症に対する造血幹細胞移植の有効性と問題点を解明

プレスリリース

国立大学法人広島大学
国立大学法人東京医科歯科大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

  • 国際共同調査により、稀な原発性免疫不全症に対する造血幹細胞移植の成績と問題点がはじめて明らかになった
  • STAT1-GOF変異を有する原発性免疫不全症患者で、造血幹細胞移植は根治を望める治療法である
  • 移植後3年の全生存率は40%と低く、移植前処置の最適化など、安全性を高める取り組みが必要である

概要

慢性皮膚粘膜カンジダ症(CMCD)(*1)は、皮膚、爪、口腔粘膜などの粘膜病変を中心に、慢性・反復性にカンジダ感染を発症する原発性免疫不全症(*2)です。本症患者の約半数でSTAT1遺伝子(*3)の機能が亢進する変異(GOF変異)を認めます。最近STAT1-GOF変異を持つ患者が、CMCD以外に細菌、真菌、ウイルスによる感染症、自己免疫疾患などを合併し、一部の症例では生命が脅かされるほど重篤になったり、治療抵抗性となったりすることが明らかになりました。これらの症例における治療法の確立が喫緊の課題でした。

この度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業において、岡田賢(広島大学大学院 医歯薬保健学研究科医歯薬学専攻 小児科学 講師)小林正夫(同教授)らの研究グループ、今井耕輔(東京医科歯科大学 発生発達病態学分野 准教授)、森尾友宏(同教授)らの研究グループは、Jennifer W. Leiding(南フロリダ大学小児科)、Troy R.Torgerson(ワシントン大学&シアトル小児病院 小児科学 準教授)らの研究グループと国際共同調査を行い、STAT1-GOF変異を持つ患者における、造血幹細胞移植の有効性と問題点を検討しました。その結果、造血幹細胞移植が成功した患者では移植前に認めた諸症状が消失し、造血幹細胞移植は原疾患の治療に有効であることが明らかとなりました。一方で、移植後3年の生存率は40%であり、造血幹細胞移植の成績が必ずしも良いとは言えないことも判明し、移植前処置や支持療法の改善が今後の課題と考えられました。

論文発表

論文タイトル:
Hematopoietic stem cell transplantation in patients with Gain of Function STAT1 Mutation
共著者:
Jennifer W. Leiding*, Satoshi Okada*, David Hagin, Mario Abinun, Anna Shcherbina, Dmitry N. Balashov, Vy H.D. Kim, Adi Ovadia, Stephen L. Guthery, Michael Pulsipher, Desa Lilic, Lisa A. Devlin, Sharon Christie, Mark Depner, Sebastian Fuchs, Annet van Royen-Kerkhof, Caroline Lindemans, Aleksandra Petrovic, Kathleen E. Sullivan, Nancy Bunin, Sara Sebnem Kilic, Fikret Arpaci, Oscar de la Calle-Martin, Laura Martinez-Martinez, Juan Carlos Aldave, Masao Kobayashi, Teppei Ohkawa, Kohsuke Imai, Akihiro Iguchi, Chaim M. Roifman, Andrew R. Gennery, Mary Slatter, Hans D. Ochs, Tomohiro Morio**, Troy R.Torgerson**
* Co-first author(筆頭著者)
** Corresponding Author(責任著者)
DOI番号:
10.1016/j.jaci.2017.03.049

本研究成果は、2017年6月7日「The Journal of Allergy and Clinical Immunology」に掲載されました。

背景

カンジダは酵母カビの一種で、通常は健常者に対して強い病原性はありません。しかし、免疫能の未熟な乳幼児や、慢性の皮膚炎などで皮膚のバリア機能が低下した人、抗がん剤治療などで免疫能が低下した患者などでは、日和見感染症(*4)を引き起こします。今回、研究グループが研究対象とした慢性皮膚粘膜カンジダ症(CMCD)は、皮膚、爪、口腔粘膜などを中心に、カンジダによる感染症を繰り返す原発性免疫不全症です。本症は遺伝的な原因により発症すると考えられており、患者の約半数でSTAT1遺伝子の機能が亢進する変異(GOF変異)を認めます。最近、STAT1-GOF変異を持つ本症患者が、CMCDを発症するのみならず、細菌、真菌、ウイルスによる感染症や、自己免疫疾患(*5)など、多彩な合併症を呈することが明らかとなりました。さらに一部の症例は、生命が脅かされるほどの重篤な感染症や、治療困難な自己免疫疾患を発症することが知られるようになり、これらの重症例に対する有効な治療法の確立が喫緊の課題となっていました。

原発性免疫不全症の患者は、自己の免疫を担当する細胞(免疫細胞)に何らかの障害を持っています。そのため、重篤な症状を呈する本症患者では、本人の障害を持つ免疫細胞を、健常者由来の免疫細胞に置き換える「造血幹細胞移植」が行われます。造血幹細胞移植は、多くの原発性免疫不全症の患者の治療として有効である一方で、臓器障害、GVHD(*6)、感染症などの移植関連合併症が問題になることが知られています。STAT1-GOF変異を有する重症患者でも造血幹細胞移植の有効性が期待されますが、実際に造血幹細胞移植を受けた患者が少なく、その有効性と問題点は不明でした。そこで研究グループは国際共同調査を行い、STAT1-GOF変異を持つ患者における造血幹細胞移植の有効性と、その問題点を明らかにする取り組みを行いました。

研究成果の内容

STAT1-GOF変異を有し、重篤な臨床経過のため造血幹細胞移植が施行された患者を診療する主治医を対象に、質問紙による調査を行いました。確実な診断に基づく解析を行うため、実験的にGOF変異が証明された患者のみを調査対象としました。12施設から回答があり、調査対象となった患者は15例(男性9例、女性6例)、うち4例は日本人でした。他の患者は、3例がカナダから、2例が米国から、そしてスペイン、オランダ、ロシア、イギリス、トルコ、ペルーから、それぞれ1例が今回の調査に参加されました。これらの患者が実際に最初の造血幹細胞移植を受けた時の平均年齢は13.4歳(13ヶ月~33歳)でした。

STAT1-GOF変異を有する患者において、造血幹細胞移植は根治を望むことができる治療法であるが、移植後3年の全生存率は40%と低い

調査の結果、15例の患者で、のべ19回の造血幹細胞移植が行われていました。移植により骨髄再構築が得られた患者(5人)では、移植前の諸症状が消失したことから、造血幹細胞移植は原疾患の治療に有効であることが分かりました。しかしながら、造血幹細胞移植の成績は必ずしも良いとは言えず、移植後3年の全生存率(OS:overall survival)は40%(6/15)でした。移植後3年の全生存率を移植の前処置の違いで分類すると、強度減弱前処置(RIC:reduced-intensity conditioning)(*7)を受けた群が57.1%であったのに対して、骨髄破壊的前処置(MAC:myeloablative conditioning)(*8)を受けた群は28.6%と、強度減弱前処置を受けた患者の予後が良い傾向を認めました(p=0.11)。

STAT1-GOF変異を持つ患者は二次性生着不全(*9)を発症するリスクが高い

移植成績が悪い最も大きな原因として、二次性生着不全の頻度が高いことがあげられました。二次性生着不全は6例で認められ、その発症時期の中央値は移植後39日(28~130日)でした。そのため本症の移植では、ドナー由来の造血細胞が一度生着したのち、比較的早期に二次性生着不全が起こるリスクが高いことが明らかとなりました。二次性生着不全を呈した患者のうち2例は再移植を受け、そのうち1例で良好な骨髄再構築が得られています。他の二次性生着不全を呈した患者は、感染症を中心とした移植関連合併症で全例死亡しています。また、移植前に血球貪食症候群(*10)を呈した2例では、移植後も血球貪食症候群のコントロールができず死亡しています。そのため、血球貪食症候群を発症した症例では、そのコントロールを十分に行った後に移植を行うべきと考えられました。

他の集計で明らかとなった点

12歳未満で移植を受けた患者の予後が比較的良い(移植後3年の全生存率60%)ことが明らかとなりました(p=0.05)。実際、生存例の移植時年齢は平均8.5歳(4-12歳)であるのに対して、死亡例の移植時年齢は16.5歳(13ヶ月-33歳)でした。これは、年齢を追う毎に感染巣、臓器障害などの合併症が増加するためと考えられました。移植後の急性GVHD(Grade I-III)は57%で認められましたが、重症例はなく免疫抑制剤によりコントロールが可能でした。

今後の展開

今回の調査で、STAT1-GOF変異を有する患者の原疾患に対する根治療法として、造血幹細胞移植の有効性が明らかとなりました。しかし移植関連死亡のリスクが高く、現時点では造血幹細胞移植の適応は限定的と考えられます。二次性生着不全は本症における特徴的な移植関連合併症と考えられ、この発症メカニズムの解明、予防法の開発が重要です。私たちのグループはこれらの課題に継続して取り組んでいきたいと考えています。今後の検討で造血幹細胞移植の安全性を高めることができれば、より多くの患者様が治療の恩恵を受けることができると思われます。

用語解説

*1 慢性皮膚粘膜カンジダ症(CMCD):
皮膚、爪、口腔粘膜、外陰部などの粘膜病変を中心に、慢性・反復性にカンジダ感染を発症する原発性免疫不全症。CMCD患者の約半数で、STAT1のGOF変異が認められることが知られており、現在までに300例を超える患者が報告されている
*2 原発性免疫不全症:
先天的に免疫系のいずれかの部分に欠陥があり発症する病気
*3 STAT1:
シグナル伝達兼転写活性因子。IFN-α/β, -γなどのシグナル伝達を介在するとともに、転写活性化により遺伝子発現をうながす役割を持つ分子
*4 日和見感染症:
正常の宿主に対しては病原性を発揮しない病原体が、宿主の抵抗力が弱っている時に病原性を発揮しておこる感染症
*5 自己免疫疾患:
異物を認識し排除するための役割を持つ免疫系が、自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し攻撃することで発症する病気
*6 GVHD(移植片対宿主病):
移植された健常者の造血幹細胞が、患者の体を「他人」とみなし、免疫反応を起こして患者の体を攻撃することで発症する病気
*7 強度減弱前処置:
移植前に行う化学療法の毒性を減弱した前処置。高年齢の患者や臓器障害を持った患者で行われることが多い
*8 骨髄破壊的前処置:
骨髄を空にするような超大量の抗がん剤や全身放射線照射を使用する、造血幹細胞移植の前処置
*9 二次性生着不全:
ドナー由来の造血細胞が一度生着したのち、徐々に減少して拒絶されること
*10 血球貪食症候群:
免疫が異常に活性化してしまい、本来宿主をまもるべき免疫細胞が暴走し、自らの血球を攻撃する病気

参考図

図
造血幹細胞移植を受けた15例の経過

お問い合わせ先

広島大学大学院医歯薬保健学研究科医歯薬学専攻
医学講座 小児科学
Tel:082-257-5212
FAX:082-257-5214
E-mail:sokada“AT”hiroshima-u.ac.jp

東京医科歯科大学大学院発生発達病態学分野
Tel&FAX:03-5803-5245
E-mail:tmorio.ped“AT”tmd.ac.jp

AMED事業に関するお問い合わせ先

日本医療研究開発機構 戦略推進部 難病研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
Tel:03-6870-2223
Fax:03-6870-2243
E-mail:nambyo-info“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成29年6月9日

最終更新日 平成29年6月9日