プレスリリース イヌのがん治療に有効な免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-L1抗体)の開発にはじめて成功―北海道大学動物医療センターにおける臨床研究成果―
プレスリリース
東北大学
扶桑薬品工業株式会社
ノースラボ
日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- イヌに複数回投与できる免疫チェックポイント阻害薬*1(イヌキメラ抗PD-L1抗体)を開発。開発した抗体はPD-1とPD-L1の結合を阻害し,リンパ球による腫瘍への攻撃を活性化。
- イヌの悪性黒色腫*2と未分化肉腫*3において,腫瘍上のPD-L1の発現を病理組織学的に確認。また,開発した抗体を悪性黒色腫と未分化肉腫に罹ったイヌに投与したところ,腫瘍の退縮を確認。
- 悪性黒色腫では,肺に転移した後の生存期間を延長する効果を示唆。
- イヌの悪性腫瘍に対する新たな治療法として期待。
研究成果の概要
これまで,北海道大学動物医療センターの高木 哲准教授,同大学院獣医学研究院の今内 覚准教授及び賀川由美子客員教授らは,イヌの難治性の腫瘍においてもPD-L1が頻繁に発現していることを報告してきました。そこで,イヌの腫瘍治療に応用できる免疫チェックポイント阻害薬としてラット―イヌキメラ抗PD-L1抗体を開発し,難治性の悪性腫瘍に罹ったイヌに対する臨床応用研究を行った結果,悪性黒色腫と未分化肉腫に罹ったイヌの一部で,明らかな腫瘍の退縮効果が確認されました。また,悪性黒色腫では肺に転移した後の生存期間を延長する効果も示唆されました。本開発技術は,悪性黒色腫をはじめとしたイヌの難治性腫瘍の治療薬として期待できる成果と考えられます。
なお,本研究の一部は,文部科学省科学研究費助成事業及びAMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業)の支援の下,東北大学と共同で行いました。
論文発表の概要
- 研究論文名:
- A canine chimeric monoclonal antibody targeting PD-L1 and its clinical efficacy in canine oral malignant melanoma or undifferentiated sarcoma(PD-L1を標的としたイヌキメラモノクローナル抗体の作製と口腔内悪性黒色腫及び未分化肉腫に対する治療効果)
- 著者:
- 前川直也1,今内 覚1,高木 哲2,賀川由美子1,3,岡川朋弘1,西森朝美1,池渕良洋1,和泉雄介2,出口辰弥2,中島千絵4,加藤幸成5,山本啓一6,植村英俊6,鈴木定彦4,村田史郎1,大橋和彦1
(1北海道大学大学院獣医学研究科,2北海道大学大学院獣医学研究科附属動物病院(動物医療センター),3ノースラボ,4北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター,5東北大学大学院医学系研究科,6扶桑薬品工業株式会社) - 公表雑誌:
- Scientific Reports
- 公表日:
- 英国時間2017年8月21日(月)(オンライン公開)
背景
ヒトと同様に高齢化の進むイヌにおいても,腫瘍に罹患する割合は近年増加傾向にあり,その治療法の研究・開発はよりよい獣医療の提供のために急務となっています。特に,従来の治療法である外科療法・放射線療法・化学療法では対処しきれない難治性の悪性腫瘍に対しては,新たな治療戦略が望まれています。
例えばイヌの口腔内に発生する悪性黒色腫は浸潤(しんじゅん)・転移性*4が高く,外科治療や放射線治療の甲斐なく命を落としてしまう症例が多くあります。唯一,全身療法として転移症例にも適用される化学療法も,このタイプの腫瘍にはあまり効果が見込めません。そこで,全身的に効果があり,かつ副作用が少ないことが特徴である免疫療法の開発が以前より試みられていました。
PD-1は,免疫細胞であるT細胞上に発現する免疫抑制受容体であり,PD-L1に結合すると異物・病原体に対する攻撃性が低下します。腫瘍はPD-L1を発現することで免疫による攻撃を回避していることが,ヒトやマウスの研究で明らかとされています。逆にいえば,そのような腫瘍に対してはPD-1あるいはPD-L1の阻害剤(免疫チェックポイント阻害薬)を用いることで,抗腫瘍効果が期待されます(図1)。
北海道大学,東北大学及び扶桑薬品工業株式会社で構成する研究グループは,これまで免疫チェックポイント分子PD-1及びPD-L1を標的とした新規免疫療法の実用化に向け,イヌを対象とした臨床基礎研究を行ってきました。イヌにおいても,悪性黒色腫や血管肉腫,肥満細胞腫等を中心とした数々の悪性腫瘍においてPD-L1が高発現していること,またこれに対する抗PD-L1モノクローナル抗体*5を用いてその免疫抑制機序を遮断するとイヌ免疫担当細胞の機能を回復できることを明らかにしてきました。しかし,ラット由来であるこの抗体はイヌにとって異物であるため,薬としてイヌに投与することはできませんでした。
研究手法
研究成果
今後への期待
参考図
図2.今回開発したラットーイヌキメラ抗PD-L1抗体
図3.口腔内悪性黒色腫(メラノーマ)に対する腫瘍退縮効果
図4.未分化肉腫(転移巣)に対する抗腫瘍効果
図5.口腔内悪性黒色腫罹患犬における肺転移後の生存期間延長効果。実線が抗体を投与したイヌ,点線が投与していないイヌを表す。抗体を投与したイヌの方がグラフが右に寄っており,生存期間が延びていることが示唆される。
用語解説
- *1 免疫チェックポイント阻害薬:
- がん細胞は生物にとっては異物であるため,通常であれば免疫の攻撃対象となる。ただし,がん細胞は免疫による攻撃を回避するような仕組みを有しており,例えば免疫細胞(T細胞)のPD-1という突起と,がん細胞のPD-L1という突起が結びつくと,免疫細胞はがん細胞に対する攻撃を止めてしまう。そこで,PD-1とPD-L1の結合を阻害する薬として開発されたのが,免疫チェックポイント阻害薬である。PD-1側にキャップをしてPD-L1との結合を阻害する薬を抗PD-1抗体,PD-L1側にキャップをしてPD-1との結合を阻害する薬を抗PD-L1抗体という。このように,免疫を活用したがん療法のことを,免疫療法という。
- *2 悪性黒色腫:
- 皮膚がんの一種。メラノーマと呼ばれることもある。
- *3 未分化肉腫:
- 軟部腫瘍と呼ばれるがんの一種。
- *4 浸潤・転移:
- がん細胞が周りの器官に直接広がっていくことを浸潤という。また,がん細胞が血管やリンパ管に入り込み,血液やリンパ液の流れによって広がることを転移という。
- *5 抗PD-L1モノクローナル抗体:
- PD-L1の特定の部位だけに結び付く抗体のこと。
- *6 抗体のキメラ化:
- 由来が異なるアミノ酸配列を同一抗体分子内に持っている状態にすること。今回の研究では,ラットとイヌの両方の抗体アミノ酸配列が該当する。
- *7 奏効率:
- 治療によってがんが縮小または消滅した患者の割合を示したもの。
お問い合わせ先
内容に関するお問い合わせ
北海道大学大学院獣医学研究院
准教授 今内 覚(こんない さとる)
TEL:011-706-5216 FAX:011-706-5217 E-mail:konnai“AT”vetmed.hokudai.ac.jp
北海道大学大学院獣医学研究院附属動物病院(動物医療センター)
准教授 高木 哲(たかぎ さとし)
TEL:011-706-5100 FAX:011-706-5100 E-mail:staka“AT”vetmed.hokudai.ac.jp
ノースラボ
賀川 由美子(かがわ ゆみこ)
TEL:011-827-7407 FAX:011-827-7406 E-mail:northlab“AT”me.com
扶桑薬品工業株式会社研究開発センター知的財産室
山本 啓一(やまもと けいいち)
TEL:06-6969-3131 FAX:06-6969-0918 E-mail:k-yamamoto“AT”fuso-pharm.co.jp
東北大学未来科学技術共同研究センター/大学院医学系研究科
教授 加藤 幸成(かとう ゆきなり)
E-mail:yukinarikato“AT”med.tohoku.ac.jp
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東北大学大学院医学系研究科・医学部 広報室
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TEL:06-6969-3131 FAX:06-6969-0918 E-mail:k-yamamoto“AT”fuso-pharm.co.jp
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TEL:011-827-7407 FAX:011-827-7406 E-mail:northlab“AT”me.com
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掲載日 平成29年8月25日
最終更新日 平成29年8月25日