プレスリリース イヌのがん治療に有効な免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-L1抗体)の開発にはじめて成功―北海道大学動物医療センターにおける臨床研究成果―

プレスリリース

北海道大学
東北大学
扶桑薬品工業株式会社
ノースラボ
日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

  • イヌに複数回投与できる免疫チェックポイント阻害薬*1(イヌキメラ抗PD-L1抗体)を開発。開発した抗体はPD-1とPD-L1の結合を阻害し,リンパ球による腫瘍への攻撃を活性化。
  • イヌの悪性黒色腫*2と未分化肉腫*3において,腫瘍上のPD-L1の発現を病理組織学的に確認。また,開発した抗体を悪性黒色腫と未分化肉腫に罹ったイヌに投与したところ,腫瘍の退縮を確認。
  • 悪性黒色腫では,肺に転移した後の生存期間を延長する効果を示唆。
  • イヌの悪性腫瘍に対する新たな治療法として期待。

研究成果の概要

イヌの死因の約3割は悪性腫瘍(がん)であるとされており,特に高齢犬ではその傾向が高いと考えられます。イヌの腫瘍に対しては現在,外科療法・放射線療法・化学療法の3大療法が主として用いられていますが,イヌの体への負担や副作用,がん種と療法との相性などの面で制限を受ける場合も多く,3大療法に加えて新たな治療戦略の開発が望まれています。近年ヒト医療では,ニボルマブ(オプジーボ:抗PD-1抗体)に代表される免疫チェックポイント阻害薬が悪性黒色腫をはじめとした多くのがん種において著効を示し,免疫療法が第4の治療戦略として確立しつつあります。

これまで,北海道大学動物医療センターの高木 哲准教授,同大学院獣医学研究院の今内 覚准教授及び賀川由美子客員教授らは,イヌの難治性の腫瘍においてもPD-L1が頻繁に発現していることを報告してきました。そこで,イヌの腫瘍治療に応用できる免疫チェックポイント阻害薬としてラット―イヌキメラ抗PD-L1抗体を開発し,難治性の悪性腫瘍に罹ったイヌに対する臨床応用研究を行った結果,悪性黒色腫と未分化肉腫に罹ったイヌの一部で,明らかな腫瘍の退縮効果が確認されました。また,悪性黒色腫では肺に転移した後の生存期間を延長する効果も示唆されました。本開発技術は,悪性黒色腫をはじめとしたイヌの難治性腫瘍の治療薬として期待できる成果と考えられます。

なお,本研究の一部は,文部科学省科学研究費助成事業及びAMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業)の支援の下,東北大学と共同で行いました。

論文発表の概要

研究論文名:
A canine chimeric monoclonal antibody targeting PD-L1 and its clinical efficacy in canine oral malignant melanoma or undifferentiated sarcoma(PD-L1を標的としたイヌキメラモノクローナル抗体の作製と口腔内悪性黒色腫及び未分化肉腫に対する治療効果)
著者:
前川直也1,今内 覚1,高木 哲2,賀川由美子1,3,岡川朋弘1,西森朝美1,池渕良洋1,和泉雄介2,出口辰弥2,中島千絵4,加藤幸成5,山本啓一6,植村英俊6,鈴木定彦4,村田史郎1,大橋和彦1
1北海道大学大学院獣医学研究科,2北海道大学大学院獣医学研究科附属動物病院(動物医療センター),3ノースラボ,4北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター,5東北大学大学院医学系研究科,6扶桑薬品工業株式会社)
公表雑誌:
Scientific Reports
公表日:
英国時間2017年8月21日(月)(オンライン公開)

背景

ヒトと同様に高齢化の進むイヌにおいても,腫瘍に罹患する割合は近年増加傾向にあり,その治療法の研究・開発はよりよい獣医療の提供のために急務となっています。特に,従来の治療法である外科療法・放射線療法・化学療法では対処しきれない難治性の悪性腫瘍に対しては,新たな治療戦略が望まれています。

例えばイヌの口腔内に発生する悪性黒色腫は浸潤(しんじゅん)・転移性*4が高く,外科治療や放射線治療の甲斐なく命を落としてしまう症例が多くあります。唯一,全身療法として転移症例にも適用される化学療法も,このタイプの腫瘍にはあまり効果が見込めません。そこで,全身的に効果があり,かつ副作用が少ないことが特徴である免疫療法の開発が以前より試みられていました。

PD-1は,免疫細胞であるT細胞上に発現する免疫抑制受容体であり,PD-L1に結合すると異物・病原体に対する攻撃性が低下します。腫瘍はPD-L1を発現することで免疫による攻撃を回避していることが,ヒトやマウスの研究で明らかとされています。逆にいえば,そのような腫瘍に対してはPD-1あるいはPD-L1の阻害剤(免疫チェックポイント阻害薬)を用いることで,抗腫瘍効果が期待されます(図1)。

北海道大学,東北大学及び扶桑薬品工業株式会社で構成する研究グループは,これまで免疫チェックポイント分子PD-1及びPD-L1を標的とした新規免疫療法の実用化に向け,イヌを対象とした臨床基礎研究を行ってきました。イヌにおいても,悪性黒色腫や血管肉腫,肥満細胞腫等を中心とした数々の悪性腫瘍においてPD-L1が高発現していること,またこれに対する抗PD-L1モノクローナル抗体*5を用いてその免疫抑制機序を遮断するとイヌ免疫担当細胞の機能を回復できることを明らかにしてきました。しかし,ラット由来であるこの抗体はイヌにとって異物であるため,薬としてイヌに投与することはできませんでした。

研究手法

本研究では,これまでに得られた知見を踏まえ,がん細胞による免疫抑制を遮断する効果のあるラット抗PD-L1モノクローナル抗体を選出し,イヌへの複数回の投与を可能にするため抗体分子のイヌキメラ化*6を行いました。本キメラ抗体はラット抗体由来の可変領域とイヌ抗体由来の定常領域からなる融合タンパク質であり,ラット由来の成分を低減することで治療効果の持続や副作用の低減が見込まれます。北海道大学動物医療センターに来院した難治性腫瘍に罹ったイヌに対し,腫瘍細胞上のPD-L1の発現を確認したのち,開発したイヌキメラ抗PD-L1抗体を投与し,治療効果を検討しました。

研究成果

本研究で開発したイヌキメラ抗PD-L1抗体(図2)は,イヌPD-1とPD-L1の結合を阻害し,イヌ免疫担当細胞を活性化する作用を保持していました。口腔内悪性黒色腫(図3)と未分化肉腫に罹ったイヌ(図4)に対する投与試験では,一部のイヌで明らかな腫瘍の退縮効果が認められ,治療薬としての有効性が示されました。客観的奏効率*7は,悪性黒色腫で14.3%(1/7頭),未分化肉腫で50.0%(1/2頭)であり,ヒトにおける抗PD-L1抗体薬の奏効率と同程度と考えられました。また悪性黒色腫では肺に転移した後の生存期間を延長する効果が示唆されました(図5)。キメラ抗体の投与によるアレルギー反応等の副作用は認められませんでした。

今後への期待

本研究で作製したイヌキメラ抗PD-L1抗体は,悪性黒色腫・未分化肉腫に対する新たな治療薬としての実用化が期待されます。またこれらの腫瘍だけでなく,他のPD-L1陽性腫瘍の治療にも適用できる可能性があります。本研究の核であるイヌキメラ抗体作製技術は,イヌに対して複数回投与が可能な抗体医薬作製のモデルケースとして,今後の研究に大きなインパクトを与えると考えられます。免疫チェックポイント阻害薬は,放射線療法や他の薬剤(がんワクチン,分子標的薬など)との併用で相乗効果が見込まれることから,本抗体を使用した応用研究も今後行っていく予定です。さらに,多くのイヌ腫瘍はヒトの腫瘍と類似点が多く,ヒト腫瘍の治療モデルとして本抗体を用いた臨床研究を行うことも可能であると考えられます。北海道大学動物医療センターは,今後も伴侶動物医療の向上を目指した応用研究を展開していく予定です。

参考図

説明図・1枚目(説明は本文中に記載)図1.腫瘍における免疫抑制(回避)と開発抗体による治療メカニズム

説明図・2枚目(説明は本文中に記載)
図2.今回開発したラットーイヌキメラ抗PD-L1抗体

説明図・3枚目(説明は本文中に記載)
図3.口腔内悪性黒色腫(メラノーマ)に対する腫瘍退縮効果

説明図・4枚目(説明は本文中に記載)
図4.未分化肉腫(転移巣)に対する抗腫瘍効果

説明図・5枚目

図5.口腔内悪性黒色腫罹患犬における肺転移後の生存期間延長効果。実線が抗体を投与したイヌ,点線が投与していないイヌを表す。抗体を投与したイヌの方がグラフが右に寄っており,生存期間が延びていることが示唆される。

用語解説

*1 免疫チェックポイント阻害薬:
がん細胞は生物にとっては異物であるため,通常であれば免疫の攻撃対象となる。ただし,がん細胞は免疫による攻撃を回避するような仕組みを有しており,例えば免疫細胞(T細胞)のPD-1という突起と,がん細胞のPD-L1という突起が結びつくと,免疫細胞はがん細胞に対する攻撃を止めてしまう。そこで,PD-1とPD-L1の結合を阻害する薬として開発されたのが,免疫チェックポイント阻害薬である。PD-1側にキャップをしてPD-L1との結合を阻害する薬を抗PD-1抗体,PD-L1側にキャップをしてPD-1との結合を阻害する薬を抗PD-L1抗体という。このように,免疫を活用したがん療法のことを,免疫療法という。
*2 悪性黒色腫:
皮膚がんの一種。メラノーマと呼ばれることもある。
*3 未分化肉腫:
軟部腫瘍と呼ばれるがんの一種。
*4 浸潤・転移:
がん細胞が周りの器官に直接広がっていくことを浸潤という。また,がん細胞が血管やリンパ管に入り込み,血液やリンパ液の流れによって広がることを転移という。
*5 抗PD-L1モノクローナル抗体:
PD-L1の特定の部位だけに結び付く抗体のこと。
*6 抗体のキメラ化:
由来が異なるアミノ酸配列を同一抗体分子内に持っている状態にすること。今回の研究では,ラットとイヌの両方の抗体アミノ酸配列が該当する。
*7 奏効率:
治療によってがんが縮小または消滅した患者の割合を示したもの。

お問い合わせ先

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准教授 今内 覚(こんない さとる)
TEL:011-706-5216  FAX:011-706-5217  E-mail:konnai“AT”vetmed.hokudai.ac.jp

北海道大学大学院獣医学研究院附属動物病院(動物医療センター)
准教授 高木 哲(たかぎ さとし)
TEL:011-706-5100 FAX:011-706-5100 E-mail:staka“AT”vetmed.hokudai.ac.jp

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賀川 由美子(かがわ ゆみこ)
TEL:011-827-7407 FAX:011-827-7406 E-mail:northlab“AT”me.com

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山本 啓一(やまもと けいいち)
TEL:06-6969-3131 FAX:06-6969-0918 E-mail:k-yamamoto“AT”fuso-pharm.co.jp

東北大学未来科学技術共同研究センター/大学院医学系研究科
教授 加藤 幸成(かとう ゆきなり)
E-mail:yukinarikato“AT”med.tohoku.ac.jp

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掲載日 平成29年8月25日

最終更新日 平成29年8月25日