ニュース ウイルスによる神経細胞内RNA輸送機構のハイジャック―ダニ媒介性脳炎ウイルスの新たな発症メカニズムを発見―

プレスリリース

北海道大学
日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

  • ダニ媒介性脳炎ウイルスの遺伝子RNAが神経細胞の樹状突起内を新規のメカニズムで移動し,中枢神経症状の発症に影響していることを解明。
  • ウイルス遺伝子RNAは神経細胞が持つ樹状突起内のRNA輸送機構を利用しており,これにより本来輸送されるべき宿主RNAの輸送が阻害されていることが判明。
  • このウイルス遺伝子RNA輸送機構を応用し,樹状突起内RNA輸送の障害による中枢神経疾患を治療するための新規ウイルスベクター開発が期待される。

研究成果の概要

ダニ媒介性脳炎は日本でも死亡例がある,極めて重篤な脳炎を特徴とするウイルス性感染症です。しかし,脳内の神経細胞へのウイルス感染がどのようにして知覚障害等の中枢神経症状を引き起こすのか,そのメカニズムは明らかでありませんでした。本研究により,ウイルスは神経細胞の樹状突起(注1)内のRNA輸送機構を乗っ取り,ウイルス遺伝子RNAを樹状突起へと輸送し増殖を行う機能を持っていることが明らかになりました。さらに,この機能がウイルス感染時の中枢神経症状の発症に重要であることも明らかになりました。このようなウイルスによる神経細胞内RNA輸送機構の利用はこれまでに報告がなく,ウイルス性脳炎だけでなく,RNA輸送が関与する神経変性疾患の病態解明や治療法開発にもつながる成果であると考えられます。

本研究成果は,2017年8月28日(月)出版の米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」でオンライン公開されました。

なお本研究は,科学研究費補助金,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業,公益財団法人武田科学振興財団研究奨励金,公益財団法人金原一郎記念医学医療振興財団研究助成金,公益財団法人北海道科学技術総合振興センター研究助成により行われました。

論文発表の概要

研究論文名:
Dendritic transport of tick-borne flavivirus RNA by neuronal granules affects development of neurological disease (神経顆粒によるダニ媒介性フラビウイルス遺伝子RNAの樹状突起内輸送は神経症状の増悪に関与する)
著者:
平野 港,武藤芽未,境 瑞紀,近藤寛史,小林進太郎,苅和宏明,好井健太朗(北海道大学大学院獣医学研究院公衆衛生学教室)
公表雑誌:
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)
公表日:
米国東部時間2017年8月28日(月)(オンライン公開)

背景

ダニ媒介性脳炎は,マダニ(注2)が媒介するダニ媒介性脳炎ウイルス(tick-borne encephalitis virus: TBEV)によって引き起こされ,その致死率の高さからも危険視されている感染症の一つです。ユーラシア大陸中北部の広域にわたって発生がみられ,日本でも2016年以降2名の死亡例が報告されています(2017年7月時点)。

TBEVは,マダニによる吸血によりヒトへと感染し,表皮と末梢臓器で一時的に増殖します。その後,一部の感染者においては,ウイルスは脳内へと侵入した上で神経細胞へと感染し,極めて重篤な脳炎(中枢神経の機能障害)を引き起こします。しかし,なぜウイルスの神経細胞への感染がこのような病態を引き起こすのか,そのメカニズムは未解明でした。

これまで好井准教授らは,TBEVの遺伝子RNAは神経細胞の樹状突起内に輸送され,局所的にウイルスが増殖することで神経細胞が変性し,重篤な神経症状を引き起こしている可能性を示してきました(J Gen Virol 95:849-861)。近年,神経細胞は特定のRNAを樹状突起へと輸送する神経顆粒(注3)と呼ばれる機構を持ち,これが神経細胞の機能を制御していることが明らかになってきました(参考図)。そこで本研究ではこの神経顆粒に着目し,ウイルス遺伝子RNAの樹状突起内輸送機構と神経症状発生のメカニズムの解明を試みました。

研究手法

まず神経細胞モデルを用いて,ウイルス遺伝子RNAを細胞内で発現させることにより,ウイルス遺伝子RNAの輸送に必要なウイルス遺伝子配列を特定しました。そして,リバースジェネティクス法(注4)を用いて,樹状突起内の輸送機能を欠損したウイルスを作製し,マウスモデルにおける神経病原性を解析しました。さらにウイルス遺伝子RNAと神経顆粒の構成蛋白の相互作用の解析や,神経顆粒による神経細胞のRNA輸送へのウイルス感染の影響を解析しました。

研究成果

  • 神経細胞の樹状突起内のTBEVのウイルス遺伝子RNAの輸送には,ウイルス蛋白の設計情報を持たない5’非翻訳領域(注5)中の特定の遺伝子RNA配列が重要であることが同定されました。
  • 同定された領域に変異を導入し,樹状突起内のウイルス遺伝子RNA輸送機能を欠損させたウイルスを作出し,マウスモデルにおいて病原性を評価したところ,中枢神経症状の改善が認められました。
  • ウイルス遺伝子RNAは神経顆粒の構成蛋白の一つであるFMRPと相互作用しており,神経顆粒が本来輸送する神経細胞のRNA輸送を妨げているという結果が観察されました。

以上の結果より,TBEVのウイルス遺伝子RNAは,神経顆粒により樹状突起内を輸送されており,神経細胞のRNA輸送と競合していること,さらにこれが中枢神経症状の発症に関与することが示されました。

今後への期待

神経細胞に感染するウイルスは様々な方法で神経細胞内を移動し,脳内を広がっていきます。しかし,これまでに神経顆粒を利用した輸送の報告はなく,新規のウイルスの細胞内増殖及び病態モデルが提唱されました(参考図)。また,神経顆粒によるRNA輸送は神経機能の維持に極めて重要であることが示されており,その異常はアルツハイマー病(注6)など様々な神経疾患に関与することが明らかになってきています。本研究は,ウイルス性疾患だけでなく,これらのRNA輸送が関与する神経疾患の病態理解のきっかけとなることが期待されます。また,この現象を逆に利用することで,ウイルスを利用して樹状突起に任意のRNAを輸送する遺伝子ベクター(注7)を開発するなど,神経変性疾患の治療につながることが期待されます。

参考図

説明図・1枚目(説明は本文中に記載)神経顆粒によるRNA輸送とTBEVの神経細胞内増殖・病態モデル
通常は,神経細胞において特定の宿主RNAは神経顆粒によって樹状突起へと輸送され,神経細胞間の情報伝達を調整する。しかし,ウイルスが感染すると,神経顆粒はウイルス遺伝子RNAを輸送してしまう。結果,正常なRNAの輸送が妨げられるとともに,ウイルスが樹状突起にて局所的に増殖することで樹状突起の機能が妨げられ,神経症状の発現につながると考えられる。

用語解説

(注1)樹状突起:
神経細胞を形作る突起構造の一つで,神経細胞同士の情報の受け手としての役割を持つ。
(注2)マダニ:
吸血性で比較的大型のダニの一種。主に自然豊かな山林に生息し,住宅地にいることは稀。住居内のイエダニ・チリダニなどとは別種。
(注3)神経顆粒:
RNAに結合する多数の蛋白(FMRPなど)が集合した,神経細胞内の顆粒状の構造物のこと。RNAの輸送など,様々な機能を持つことが明らかになってきている(参考図)。
(注4)リバースジェネティクス法:
ウイルス学の分野において,人工的に作成した遺伝子配列から,ウイルスを再生産する手法のこと。特定の遺伝子配列を変異させ,病原性を弱めたりすることができる。
(注5)5’非翻訳領域:
ウイルス遺伝子を含むRNAは蛋白生産の設計図となる翻訳領域と,それ以外の非翻訳領域に分けられる。翻訳領域の上流に位置する部分が5’非翻訳領域である。
説明図・2枚目(説明は図の上に記載)
(注6)アルツハイマー病:
認知機能の低下を主な症状とする認知症の一種。原因については不明な点が多いが,神経細胞内RNA輸送も関与するのではないかとする報告がある。
(注7)遺伝子ベクター:
ヒトや動物などに任意の遺伝子を導入するための「運び屋」。病原性をなくしたウイルスを用いる場合があり,その場合はウイルスベクターと呼ばれる。

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最終更新日 平成29年8月29日