プレスリリース ヒトゲノムと結核菌ゲノムの統合的解析による新規結核発症リスク因子の同定

プレスリリース

国立大学法人東京大学
独立行政法人国際協力機構
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表者

徳永 勝士(東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 人類遺伝学分野 教授)

発表のポイント

  • 結核菌の遺伝的系統の情報を統合したヒトゲノム解析により、CD53というヒトの遺伝子が特定の系統の結核菌の感染における発症のしやすさと関わることを明らかにしました。
  • 結核患者のゲノムと病原菌である結核菌ゲノムの両方のゲノム情報を用いての統合的な解析は世界的にも例が無い独自のアプローチです。
  • 今回用いた方法をさらに対象を拡大して実施することにより、今後より多くの結核発症リスク遺伝子群が同定され、個人の発症リスク予測が可能になると期待されます。

発表概要

結核は世界三大感染症のひとつであり、世界で約3人に1人が結核菌に感染していますが、その生涯の発症率は10%であり、宿主であるヒト側の遺伝要因の関与が示唆されています。

東京大学大学院医学系研究科の徳永勝士教授らの研究チームは、結核患者のヒトゲノム試料と感染結核菌ゲノム試料の両方をタイ国内で収集し、今回、結核菌の遺伝的系統の情報を組み合わせたヒトゲノム解析により、CD53というヒトの遺伝子が、特定の系統の結核菌の感染における発症のしやすさと関わることを明らかにしました。今回用いた方法をさらに対象を拡大して実施していくことにより、今後さらに多くの結核発症リスク遺伝子群が同定され、ひとりひとりの発症リスク予測を行うことが出来るようになると期待されます。

発表内容

結核は世界三大感染症のひとつであり、現在でも世界で年間1,000万人以上が新規に発症し、140万以上が死亡している疾患です。日本においても、年間2万人以上が新規に発症しています。世界で約3人に1人が結核菌に感染していますが、その生涯の発症率は10%であり、宿主であるヒト側の遺伝要因の関与が示唆されています。これまで世界各国の研究チームから発症に関連する遺伝要因の報告が行われてきましたが、明確な遺伝要因は見出されていないのが現状でした。

東京大学大学院医学系研究科の徳永勝士教授らの研究チームは、結核の発症に関わるヒトの遺伝要因を明らかにするため、2002年以来、結核研究所が国際共同研究によりタイ国内でヒトゲノム試料および感染結核菌ゲノム試料の両方を収集してきた検体に対して、理化学研究所や結核予防会およびタイ国保健省やマヒドン大学との共同研究を進めてきました。2014年度からは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)と独立行政法人国際協力機構(JICA)が共同で実施しているSATREPS(サトレップス)(注1)プログラムのもと、「効果的な結核対策のためのヒトと病原菌のゲノム情報の統合的活用」課題として研究を発展させ、2015年度からは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)とJICAの支援のもとで当該課題を継続してきました。

今回、収集したタイ人結核患者686例ならびに健常者771例において、結核患者に感染している結核菌の遺伝的系統(注2)ごとに結核患者群を分類し、ゲノムワイド関連解析(注3)というヒトゲノム解析の研究手法を適用しました。このようにヒトゲノム情報と結核菌ゲノム情報を統合的に解析することにより、特定の遺伝的系統の結核菌の感染においてのみ結核発症と関連するヒトゲノム中の一塩基多型(SNP)及びその近傍の遺伝子を同定することが可能となります。その結果、非北京型株という系統の結核菌の感染における発症のしやすさと関わるヒトゲノム中のSNPを見出すことができました。他方の北京型株という系統の結核菌の感染においてはこのSNPによる発症リスクの上昇は見られませんでした。見出されたSNPはCD53というヒトの遺伝子の近傍に位置しており、CD53遺伝子の発現量は結核発症患者で上昇していたことから、CD53遺伝子が感染者の病態と関連していることが示唆されました。CD53遺伝子は白血球の細胞表面抗原タンパク質のひとつをコードしており、今回初めて結核発症との関連が見出されました。

従来の結核におけるコホート研究(注4)は結核菌ゲノムを対象としており、徳永教授の研究チームのようにヒトゲノムと結核菌ゲノムの両方に着目し、同一患者からの収集を進めているコホート研究は稀であることから、今回のようなアプローチは世界的にも例がない独自の方法です。

また、HLAというヒトの免疫に関わる別の遺伝子も上記とは異なる系統の結核菌感染時での発症のしやすさと関連することを、徳永教授の研究チームはこれまでに見出しており(Toyo-oka L et al., HLA 2017)、これらの知見をあわせると、ヒトと結核菌の双方のゲノム情報を用いた解析が結核の発症リスクを評価するうえで重要であることが明らかとなってきました。

結核菌の遺伝的系統は世界的には大きく6種類に分類され、世界各地に分布していることが報告されています(Gagneux S. et al., PNAS 2006)。今回用いた方法をタイ国内にとどまらずより広く実施することにより、さらに多くの結核発症リスク遺伝子群が同定され、ひとりひとりの発症リスク予測が出来るようになると期待されます。そして、タイ国および日本国内に留まらず世界的に応用可能な方法としての「ヒトと結核菌の双方のゲノム情報を用いた研究開発」が将来的に期待されます。

発表雑誌

雑誌名:
「Journal of Human Genetics」(2017年9月7日オンライン版)
論文タイトル:
Pathogen lineage-based genome-wide association study identified CD53 as susceptible locus in tuberculosis.
著者:
Yosuke Omae, Licht Toyo-oka, Hideki Yanai, Supalert Nedsuwan, Sukanya Wattanapokayakit, Nusara Satproedprai, Nat Smittipat, Prasit Palittapongarnpim, Pathom Sawanpanyalert, Wimala Inunchot, Ekawat Pasomsub, Nuanjun Wichukchinda, Taisei Mushiroda, Michiaki Kubo, Katsushi Tokunaga and Surakameth Mahasirimongkol*
DOI:
10.1038/jhg.2017.82
アブストラクトURL:
https://doi.org/10.1038/jhg.2017.82

用語説明

(注1)SATREPS:
地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム。科学技術の競争的研究資金と政府開発援助(ODA)を組み合わせることにより、開発途上国のニーズに基づき、地球規模課題の解決と将来的な社会実装に向けた国際共同研究を推進する。
(注2)遺伝的系統:
ゲノム中に共通する特徴を持つ遺伝的に近縁な集団。
(注3)ゲノムワイド関連解析:
ゲノムワイド関連解析:ヒトゲノム中の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism: SNP)をマーカーとして、患者群と健常者群間で頻度が異なるSNPをゲノム全域で網羅的に解析する手法。マイクロアレイを用いることによりヒトゲノム全域にわたるSNPの遺伝子型を決定する。
(注4)コホート研究:
共通の経験あるいは条件を共有する集団を対象として追跡調査し、疾病原因の理解や疾病影響の評価などを行う疫学研究手法。

お問い合わせ先

本研究について

東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 人類遺伝学分野
教授 徳永 勝士(とくなが かつし)
TEL:03-5841-3692
E-mail:tokunaga“AT”m.u-tokyo.ac.jp

SATREPSについて

日本医療研究開発機構 国際事業部国際連携研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
TEL:03-6870-2215 FAX:03-6870-2240
E-mail:amed-satreps“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 平成29年9月7日

最終更新日 平成29年9月7日