プレスリリース ヒトiPS細胞および分化心筋細胞における新規二次元大量培養法の確立に成功―心臓の再生医療の実現化を大きく加速―

プレスリリース

慶應義塾大学医学部
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

 

このたび、慶應義塾大学医学部の遠山周吾特任助教、藤田淳特任准教授、内科学(循環器)教室の福田恵一教授らの研究グループは、特殊な多層接着培養プレート(注1)を利用することによりヒトiPS細胞および分化心筋細胞を大量培養することに成功しました。

心筋梗塞、拡張型心筋症(注2)などが重症化すると、数億個もの心筋細胞が失われてしまいますが、ヒトを含む哺乳類は失われた心筋細胞を元に戻す自己再生能力を持っていません。

胚性幹細胞(ES細胞)(注3)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)(注4)は、体を構成するほとんどの細胞種へと分化できる多能性を持つことから、このような疾患に対し、体外で作製した治療細胞を体内に移入することによる「再生医療」の実現が期待されています。しかし、心臓の再生医療を実現化するためには安全性の高い心筋細胞を大量に作製する必要があり、それが臨床応用における大きなハードルになっていました。

本研究グループは、多層接着培養プレートに強制通気システムを組み合わせることによりヒトiPS細胞および分化心筋細胞を大量培養することに成功しました。これによって、一度の培養で約10億個のヒトiPS細胞、あるいは分化心筋細胞を作製することが可能となりました。

この研究成果は、安全性の高い心筋細胞を大量に作製するという大きな課題を解決し、心臓の再生医療の実現化を大きく加速するものと考えます。

本研究成果は2017年10月5日正午(米国東部時間)に、米科学誌『Stem Cell Reports』に掲載されました。

1.研究の背景と概要

ヒトES細胞やiPS細胞のような多能性幹細胞は、多種類の体細胞に分化できる能力を有しているため、心臓領域に限らずさまざまな領域における再生医療の細胞源として期待されています。しかしながら、全ての細胞を心筋細胞だけに分化させることは困難であり、分化させた細胞集団の中に未分化幹細胞(注5)が残存する性質があることがわかっています。

こうした未分化幹細胞が生体内に移植されると、腫瘍を形成する危険性があるため、目的とする細胞に純化精製すると同時に、未分化幹細胞を除去する必要があります。

さらに、細胞移植治療により、心臓の機能を改善させるには数億個という大量の分化心筋細胞を安定的に作製・移植することが求められ、安全性の高い心筋細胞を大量に作製する技術の開発が課題となっていました。

2016年に研究グループでは、未分化幹細胞においてグルコースおよびグルタミンの代謝が活発であること、心筋細胞は乳酸をエネルギー源とすることを明らかにしました。その結果を応用することにより、培養液に含まれているグルコースおよびグルタミンを除去し乳酸を添加することで腫瘍化の原因となる未分化幹細胞を除去し、同時に心筋細胞のみの選別方法を見出しました(Tohyama S, Cell Metabolism 2016)。しかしながら、一度に心筋細胞を大量に作製する技術の確立が課題となっていました。

この課題に対する先行研究として、三次元培養により分化した細胞を塊のまま大量に作製する方法が報告されていますが、三次元培養による手法は、腫瘍化の原因となる未分化幹細胞を完全に除去することが困難でした。その他にも、細胞の増殖効率が低下する、細胞の塊の大きさを均一にコントロールできない、心筋細胞への分化効率が不安定等の問題がありました。

これらの問題を解決するために、我々は多層接着培養系(4層もしくは10層)を用いて、ヒトiPS細胞および心筋細胞を一度に大量に作製する方法の確立を目指しました。しかしながら、多層接着培養プレートを用いる際には、細胞の増殖に必要な酸素や二酸化炭素が各層に均一に行き渡らないため、ヒトiPS細胞の増殖効率が低下し、その結果、心筋細胞の作製効率が低下するという問題があることがわかりました。

そこで多層接着培養プレートに酸素や二酸化炭素を強制的に通気させることにより、ヒトiPS細胞を安定して増殖させることが可能となり、効率よく心筋細胞を作製することが可能となりました。

2.研究の成果と意義

①多層接着培養プレートを用いたヒトiPS細胞の大量作製

今回、研究グループでは味の素株式会社と共同で、大量培養に特化したヒトiPS細胞用未分化維持培養液を開発しました。その培養液を用いて、多層接着培養プレート(10層)上でヒトiPS細胞を培養しましたところ、酸素や二酸化炭素を強制的に通気しない場合には増殖効率が安定しないといった問題があることが明らかとなりました。そこで、強制的に酸素や二酸化炭素を通気したところヒトiPS細胞の増殖が安定し、通気しない場合と比較して約1.5倍のヒトiPS細胞が得られることがわかりました(図1)。その理由として、培養液中の酸素および二酸化炭素濃度が強制的に通気した際には安定している一方で、強制的に通気しない場合には酸素は著しく低下し、二酸化炭素は著しく上昇することが考えられました。

【図1】

図1

②多層接着培養プレートを用いたヒトiPS細胞由来心筋細胞の大量作製

多層接着培養プレート(10層)上でヒトiPS細胞を増殖させた後、心筋細胞への分化誘導を行いましたところ、強制的に酸素や二酸化炭素を通気した場合に、分化効率が安定し、より多くの心筋細胞が得られることがわかりました。また、作製された分化細胞を、無グルコース無グルタミン乳酸添加培養液によって、さらに培養することにより、腫瘍化の原因となる未分化幹細胞を除去し、安全性の高い心筋細胞を大量に作製することが可能となりました(図2)。二次元大量培養法において作製された心筋細胞の多くは心室筋細胞であり、それらの心筋細胞を凍結保存することに成功しました。

【図2】 二次元大量培養法により得られた安全性の高いヒトiPS細胞由来心筋細胞

図2
緑は心筋細胞、青は細胞の核を表す。ほとんど全ての細胞が心筋細胞であることを示している。

今後の展開

今回の二次元大量培養技術の確立により、一度の培養で約10億個のヒトiPS細胞あるいは分化心筋細胞を作製することが可能となっています。この発見は、ヒトiPS細胞から分化させた心筋細胞を用いて心臓再生医療を行う際に、安全性の高い心筋細胞を大量に得る上で極めて重要な技術であり、今後の心臓再生医療につながることが期待されます(図3)。

【図3】 目指す心臓再生医療

図1

4.特記事項

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療実現拠点ネットワークプログラム 再生医療の実現化ハイウェイ」、文部科学省科学技術戦略推進費補助金「健康研究成果の実用化加速のための研究・開発システム関連の隘路解消を支援するプログラム」の支援によって行われました。

タイトル:
”Efficient Large-Scale 2D Culture System for Human Induced Pluripotent Stem Cells and Differentiated Cardiomyocytes”
日本語訳:
ヒトiPS細胞および分化心筋細胞における高効率な二次元大量培養法
遠山周吾、藤田淳、藤田千花、山口美穂、金編さやか、大野麗、坂本多穂、児玉昌美、黒川洵子、金澤英明、関倫久、岸野喜一、岡田麻里奈、中嶋一晶、田野崎翔、染谷将太、平野暁教、川口新治、小林英司、福田恵一
掲載誌:
Stem Cell Reports, 2017(e-pub online)

用語説明

(注1)多層接着培養プレート:
通常細胞を培養する際には、直径6cmや10cmの小さな培養皿の上で培養するが、多層接着培養プレートは大きな培養皿が何層にも連なったもの。10層の多層接着培養プレートの総面積は、直径6cmの培養皿301枚分、直径10cmの培養皿115枚分に相当する。
(注2)拡張型心筋症:
心筋細胞の異常により心筋細胞が失われ、心室における筋肉の収縮能が著しく低下し、心室が拡張する疾患。心臓移植の適応疾患の一つ。
(注3)胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell):
ES細胞は受精後6、7日目の胚盤胞から細胞を取り出し、それを培養することによって作製される多能性幹細胞の一つで、あらゆる組織の細胞に分化することができる。
(注4)人工多能性幹細胞(iPS 細胞:induced pluripotent stem cell):
体細胞に特定因子を導入することにより樹立される、ES細胞に類似した多能性幹細胞。2006年に山中教授の研究グループにより世界で初めてマウス体細胞を用いて樹立された。受精卵を破壊する必要がなく、患者自身の細胞から作製することが可能なため、免疫拒絶の問題が理論上ない。
(注5)未分化幹細胞:
ES細胞やiPS細胞を含む、腫瘍形成の原因となる細胞。ES細胞やiPS細胞は様々な体細胞に分化することができるが、この未分化幹細胞が残存することにより、細胞移植後に腫瘍を形成する可能性があることが知られており、ES細胞やiPS細胞を扱う上での大きな問題となっている。

お問い合わせ先

本発表資料のお問い合わせ先

慶應義塾大学医学部内科学(循環器)教室
教授 福田 恵一(ふくだ けいいち)
TEL:03-5363-3874 FAX:03-5356-3875
E-mail:kfukuda“AT”a2.keio.jp

慶應義塾大学医学部
特任准教授 藤田 淳(ふじた じゅん)
特任助教 遠山 周吾(とおやま しゅうご)
TEL:03-5363-3446 FAX:03-5356-3875
E-mail:jfujita“AT”a6.keio.jp/shugotohyama“AT”keio.jp

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戦略推進部 再生医療研究課
TEL:03-6870-2220
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http://www.med.keio.ac.jp/

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掲載日 平成29年10月6日

最終更新日 平成29年10月6日