プレスリリース マダガスカルの肺ペスト流行の国際的流行リスクが極めて限定的であることを証明―リアルタイムで社会へ還元,初の実践的理論疫学研究―

平成29年11月17日プレスリリース

北海道大学
科学技術振興機構
日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

  • 2017年、マダガスカルで過去最大規模の肺ペストが流行し、10月31日までに1,838名が診断され、64名が死亡。
  • 疫学データを詳細に分析し、一人あたりの感染者が生み出す2次感染者数の平均値を意味する基本再生産数を1.73と推定。
  • 肺ペストの国外輸出リスクは、2017年8月1日からの92日間、すべての国で0.1人未満程度と推定され、極めて限定的であることを証明。

研究成果の概要

西インド洋の島国であるマダガスカルでは、2017年8月から肺ペスト感染者数(確定・疑い含む)の報告が増加し、同年10月31日までに1,838名の累積患者と64名の死亡が報告されています(2017年10月、パスツール研究所マダガスカル支部)。世界保健機関(WHO)やユニセフなどの国連機関、国境なき医師団(MSF)等の大型NGOはこの流行を受け、同国への支援を拡大しているところです。

このたび、北海道大学大学院医学研究院の研究チームは、感染性の強さや感染時の死亡リスク、国外への流出リスクを推定しました。2017年8月1日から10月31日までの観察データを利用して数理モデルを適合させたところ、基本再生産数*1は1.73、死亡リスクは5.49%と推定されました。また8月1日から10月31日までの92日間で肺ペスト症例の最も高い輸入リスクを示したフランスでも、その期待値は0.1人未満でした。現在のマダガスカルにおけるペスト流行の疫学動態を、学術的に妥当な方法論を用いてリアルタイム*2で検証した研究は世界初です。

現行のマダガスカルの肺ペスト流行は21世紀に入って最大規模と考えられますが、その感染性は先行研究と比較して大きな差異を認めるものではなく、国際的な流行の拡大リスクは現状では非常に低いと推測されました。これらの予測は分析後から現在までに公表された情報を考慮しても、現在のところ妥当だと考えられます。

大規模流行のさなかにおいては、次々と更新されていく情報を前に「この流行は今後一層拡大していくのではないか」と悲観的に解釈してしまいがちです。しかし今回の研究のようなリアルタイム予測によって、現在と未来の流行動態がどのような状況にあるのか専門家と市民が共に理解することができ、それは流行の状況認識と今後の対応の検討に大いに役立つと考えられます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「科学的発見・社会的課題解決に向けた各分野のビッグデータ利活用推進のための次世代アプリケーション技術の創出・高度化」(文部科学省の人工知能/ビッグデータ/IoT/サイバーセキュリティ統合プロジェクト(AIPプロジェクト)の一環として運営)(研究総括:北海道大学・田中 譲)における研究課題「大規模生物情報を活用したパンデミックの予兆、予測と流行対策策定」(研究代表者:西浦 博)及び、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「感染症対策に資する数理モデル研究の体制構築と実装」(研究開発代表者:西浦 博)の一環として行われました。

論文発表の概要

研究論文名:
Dynamics of the pneumonic plague epidemic in Madagascar, August to October 2017(2017年8月から10月のマダガスカルにおける肺ペストの疫学動態)
著者:
都築 慎也1、Hyojung Lee1、三浦 郁修1、Yat Hin Chan1、Sung-mok Jung1、Andrei R. Akhmetzhanov1、西浦 博11 北海道大学大学院医学研究院衛生学教室)
公表雑誌:
「Eurosurveillance」(ヨーロッパの疫学専門誌)
公表日:日本時間2017年11月17日(金)午前1時(ストックホルム時間2017年11月16日(木)午後5時)(オンライン公開)

研究成果の概要

背景

ペストはペスト菌(Yersinia Pestis)が原因の感染症で、ノミを媒介して野ネズミ等のげっ歯類に伝播する疾患です。ヒトに感染することは多くありませんが、ノミの媒介や感染した動物・ヒトとの接触によって罹患することがあります。14世紀にヨーロッパで大流行が起こり多数の死者を出したことから、かつては黒死病と呼ばれ恐れられました。主に腺ペストと肺ペストの2つに分類され、腺ペストはヒトからヒトへ感染を起こすことはありませんが、肺ペストは、咳による飛沫感染や血痰への接触を通じてヒトからヒトへ伝播し、かつ腺ペストより重症となります。致死性は非常に高く、肺ペストでは未治療の場合ほぼ全例が死に至るとされています。抗菌薬がよく効くため、現代では早期に適切な介入を行うことで治療が可能です。一般に認可されている有効なワクチンは、現時点ではありません。

マダガスカルのペストは19世紀末に海外から持ち込まれたとされていますが、現在でも時おり大規模な流行が見られます。同国では2017年8月から最大級の肺ペスト流行を経験しているところであり、10月31日までに1,838名の累積患者と64名の死亡が報告されています(2017年10月、パスツール研究所マダガスカル支部)。世界保健機関(WHO)やユニセフなどの国連機関、国境なき医師団(MSF)等の大型NGOはこの流行を受け、同国への支援を拡大しているところです。

これまでの課題・問題提起

ペストの伝播動態に関する、数理モデルを利用した疫学研究(理論疫学研究)にはいくつかの先行例があります。それらは基本的に過去の歴史的な流行に関する疫学資料に基づき、感染動態を客観的・定量的に理解する上で鍵となるいくつかの指標を推定するというものでした。他方、今回のように大規模な流行が生じた際、その観察データをリアルタイムで分析してその結果を逐次的に社会へ還元するような実践的研究はほとんどなく、流行現場における現状認識に役立つような理論疫学研究は多くありませんでした。

研究手法

パスツール研究所マダガスカル支部が公開した肺ペスト感染者数(確定・疑い含む)と死亡者数に関する報告を分析し、流行のリアルタイム予測を実施しました。日付の異なるデータを統合して分析することによって、「発病から報告までの遅れ*3」を予測モデル内で捉えられるように定式化し、推測された「報告遅れ」を加味することで最新の疫学データから基本再生産数を推定しました。これによって「罹患はしたものの、まだ報告されていない患者」数を明示的に考慮した基本再生産数を求めることが可能となり、より妥当な推定値を得ることが期待できます。死亡リスクに関しても、発症から死に至るまでの時間を加味した予測モデルを構築することで、流行途中で全ての患者の死亡が観察されていない中にも関わらず、正確な死亡リスクの推定を実現しました。

世界各国におけるマダガスカルからの肺ペスト輸入リスクについては、一日ごとの出入国者数、平均滞在期間、ペストの潜伏期間と患者が感染性を持っている期間を考慮して推定しています。

研究成果

北海道大学大学院医学研究院における研究チーム(教授:西浦 博)は、2017年8月1日から10月31日までにパスツール研究所マダガスカル支部が公開した観察データを利用してマダガスカルの肺ペスト流行に関するリアルタイム予測を実施しました。報告遅れを調整可能な予測モデルを用い、平均的な報告遅れ期間を推定したのちに患者数データをガンマ分布関数を用いた統計処理で適合させたところ、基本再生産数が1.73(95%信頼区間*4:1.55、1.95)、死亡リスクは5.49%(95%信頼区間:4.67%、6.40%)と推定されました。報告の遅れは平均6.52日(95%信頼区間:5.55日、7.57日)と推定されました。さらに国連世界観光機関(UNWTO)から入手したマダガスカルの出入国者数を用いて現在の肺ペスト流行が国外まで拡大するリスクを推定し、世界のどの地域においても2017年8月1日から10月31日までの92日間で肺ペスト患者が輸入されるリスクは非常に低い(期待値0.1人未満)ことを明らかにしました。

図.国ごとの予測される輸入患者数
図.国ごとの予測される輸入患者数

今後への期待

現行のマダガスカルにおける肺ペスト流行は21世紀に入って最大級の規模と考えられますが、その感染性は先行研究と比較して大きな差異を認めるものではなく、国際的な流行の拡大リスクは非常に低いと推測されました。これらの予測は分析後から現在までに公表された情報を考慮すると、現在のところ妥当と考えられます。また過去の文献から得られる情報と比較して患者が死に至る割合も低く、これは流行地での対策が功を奏している可能性を示唆しています。大規模流行のさなかにおいては、次々と更新されていく情報を前に悲観的な解釈をしてしまいがちです。しかし今回の研究のようなリアルタイム予測によって、現在と未来の流行動態がどのような状況にあるのか専門家と市民が共に理解することができ、それは流行の状況認識と今後の対応の検討に大いに役立つと考えられます。これらの結果から現行の大流行はいずれ終息に向かう可能性が高いとみなすことができ、諸外国が輸入患者を受け入れるリスクも低いと考えられます。しかし、肺ペストが未治療では非常に死亡リスクの高い疾患であることを鑑み、今後も適切な対策を継続することが必須です。

なお、現時点でもマダガスカルにおける肺ペスト患者数は増加傾向にあり、今後も本研究チームではリアルタイム分析を継続していく予定です。

お問い合わせ先

北海道大学大学院医学研究院社会医学分野 衛生学教室 教授 西浦 博(にしうら ひろし)
TEL:011-706-5066
FAX:011-706-7819
E-mail:nishiurah"AT"med.hokudai.ac.jp

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 戦略推進部 感染症研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
TEL:03-6870-2225
E-mail:shinkou-saikou"AT"amed.go.jp

JST事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
TEL:03-3512-3531
E-mail:crest"AT"jst.go.jp

※E-mailは上記アドレス"AT"の部分を@に変えてください。

用語解説

*1 基本再生産数:
R0(アールノート)と表記され、ひとりの新規患者が平均して何人の二次感染者を発生させるかを表した指標。理論疫学において流行動態を把握する上で重要な指標の一つであり、大きいほど流行は拡大しやすく、1を下回って小さければ流行は終息に向かう可能性が高いと評価できる。麻疹(はしか)のR0は10~20、風疹は5~8などと推定されており、肺ペストと比較すると高い。
*2 リアルタイム分析:
流行の途中に時々刻々と患者数や死亡者数が変動する中で、日々推定結果を更新しつつ実施する研究のこと。
*3 報告の遅れ:
発病してから観察データとして報告されるまでの時間の遅れのこと。リアルタイム分析で流行ピーク時期を判断するには、最新週の感染者数が前週と比べて増加しているかどうかが極めて重要である。それは、最新週の患者数が前週より少なければ「流行は下火に転じたのではないか」と思わせるからである。しかし、実際には患者数の報告には遅れがあり、それを十分に加味しなければリアルタイムで(流行途中で)流行のピークがどこであったのかを判断することは難しい。本研究では、この点に注意深く対応したモデルを構築した。
*4 95%信頼区間:
パラメータの不確実性の度合を表すもの。仮に100回試験をした場合、100回中5回くらいは真値を含まないことがあると解釈される区間のこと。

最終更新日 平成29年11月17日