プレスリリース 高純度なヒトiPS細胞由来網膜神経節細胞の作製―緑内障の根本原因の解明を目指す―

プレスリリース

東北大学大学院医学系研究科
理化学研究所
日本医療研究開発機構

研究のポイント

  • ヒトiPS細胞注1から高品質・高純度な網膜神経節細胞の作製が可能になった。
  • 成熟の進行した立体網膜組織から単離したヒト網膜神経節細胞は、未成熟な網膜神経節細胞に比べ神経突起を長く伸長する。
  • 新規神経保護薬の探索や網膜神経節細胞移植等の新規治療法開発に貢献する可能性がある。

研究概要

東北大学大学院医学系研究科眼科学分野の中澤 徹(なかざわ とおる)教授、小林 航(こばやし わたる)大学院生、理化学研究所多細胞システム形成研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクトの高橋 政代(たかはし まさよ)プロジェクトリーダー、大西 暁士(おおにし あきし)研究員らの共同研究グループは、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)より高品質・高純度な網膜神経節細胞の作製に成功しました。本研究によって、これまで動物モデルで代替研究する以外に困難であったヒト網膜神経節細胞研究の発展に貢献することが期待されます。

網膜神経節細胞は網膜の内側に存在し、その神経突起は束になり視神経となって、眼から脳へ情報を伝える重要な働きをしています。この視神経が障害されると不可逆的な視機能障害を生じることが知られています。緑内障注2はこの代表的な眼疾患で、日本では40歳以上の約20人に1人が罹患しており、失明原因の第1位となっています。視神経障害の病態を評価するには実際に障害となっている組織を採取して解析することが最も有用ですが、ヒトの眼は神経細胞が規則的に配列された精巧な組織のため採取そのものが神経障害を引き起こしてしまいます。そのため、これまで動物モデルなどで代替する他に研究する術がありませんでした。

今回、共同グループはヒト網膜神経節細胞を研究するためにiPS細胞由来立体網膜組織を作製し、その組織から網膜神経節細胞を単離精製することを行いました。さらに、成熟の進行した立体網膜組織から単離した網膜神経節細胞は、未成熟な網膜神経節細胞に比べ神経突起を長く伸長する事が分かりました。本研究は、新規神経保護薬のスクリーニング、網膜神経節細胞移植等の新規治療法開発に貢献する可能性が期待されます。

本研究の成果は、2018年2月6日 Investigative Ophthalmology & Visual Science(IOVS)誌に掲載されました。本研究は日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)」「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」、科学研究費補助金「若手A」、加藤記念バイオサイエンス振興財団の支援を受けて行われました。

研究内容

網膜神経節細胞は、網膜の内側に存在し、光情報を脳へ伝達する重要な役割を担っています。網膜神経節細胞の神経突起が束になったものが視神経ですが、この視神経が障害されると不可逆的な視機能障害を引き起こします。代表的な疾患は緑内障であり、現在日本の失明原因の第1位であることからその病態解明は急務です(平成28年度厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究)。病態解明を行うには障害された組織の解析が有用ですが、網膜組織の採取はそれ自体が視機能障害となるため倫理的に困難です。そのため、これまで網膜神経節細胞に関する研究は動物モデルで代替されることがほとんどでした。

そこで共同研究グループは、人工多能性幹細胞(iPS細胞)から立体網膜組織に分化誘導する技術を利用し、この網膜組織から網膜神経節細胞を単離精製することを可能にしました(図1)。この立体網膜組織はすでにサルの視細胞変性モデルや重症免疫不全マウス注3に移植されており、生体内で成熟及び機能することが形態・組織学的に示されている臨床応用の可能が高い組織です。

ヒト立体網膜組織から高純度の網膜神経節細胞を単離する手法として2段階イムノパニング(Two-step immunopanning)法注4を用いました。培養日数が異なる立体網膜組織(50日から110日)より網膜神経節細胞を単離し神経突起伸長を比較したところ、培養日数が長い立体網膜から単離した神経節細胞ほど長い神経突起伸長が認められました(図2)。この結果より、立体網膜組織内で網膜神経節細胞が成熟していることおよび成熟が進んだ網膜神経節細胞はより神経突起を伸ばしやすいことが示唆されました。以上より、ヒトの緑内障で障害される細胞を、試験管の中で作り出すことに成功しました。また、成熟度の高い実用的な網膜神経節細胞を作り出す技術としては、世界初ということになります。

採取が不可能であるヒトの細胞を作り出すことが確認された本研究の成果は、今後この細胞が障害される目の病気の病態解明に大きく貢献します。また患者さんの遺伝子情報を持った細胞を用いることが出来るため、新規の神経保護治療薬開発や個別化医療の大きな進歩が期待されます。さらに、本研究で採用した立体網膜組織より単離する方法は、臨床に応用できる質の高い細胞を回収することが出来るため、緑内障など網膜神経節細胞が減少する疾患に対する細胞移植治療へとつながる可能性も期待されます。

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)」、「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」、科学研究費補助金「若手A」、加藤記念バイオサイエンス振興財団の支援を受けて行われました。

用語説明

注1.iPS細胞:
人間の皮膚や血液などの体細胞に、遺伝子導入して培養することで、体の様々な組織や臓器に分化する能力及び増殖能をもつ多能性幹細胞に人工的に変化させた細胞。英語で、induced pluripotent stem cellと表記するため、頭文字をとってiPS細胞と呼んでいます。
注2.緑内障:
何らかの原因で視神経が障害され、視野欠損が出現・進行する疾患です。日本人では眼圧の高くない正常眼圧緑内障が多いことが知られています。
注3.重症免疫不全マウス:
免疫機能をほぼもたず拒絶反応を全く起こさないマウスのこと。実験動物中央研究所が樹立に成功したマウスで、正式名はNOD/Shi-scid, IL-2RγKOです。
注4.Two-step immunopanning法:
細胞特有の表面抗原を用いて組織から細胞を単離する方法の1つ。今回は抗ラットマクロファージ抗体を用いて不要な細胞を除去し、網膜神経節細胞の表面抗原である抗THY1抗体を用いて網膜神経節細胞の単離を行いました。

参考図


図1.ヒトiPS細胞から高品質・高純度な網膜神経節細胞の作製
  1. ヒトiPS細胞(201B7株)(Scale bar: 200 µm )
  2. ヒトiPS細胞から分化誘導した立体網膜構造(分化誘導後22日目)。袋状に突出した部分が網膜に分化誘導された部分(図中矢頭)。(Scale bar: 200 µm )
  3. 100日間維持培養した立体網膜組織から単離したヒト網膜神経節細胞。緑色(SMI-312:神経線維マーカー)で染色された部分が細胞体及び神経突起。(Scale bar: 200 µm )

図2.ヒトiPS細胞網膜神経節細胞の評価

分化誘導後90日から110日間維持培養した立体網膜組織から単離した網膜神経節細胞の神経突起が有意に長い伸長を認めた。
上段:横軸が培養時間、縦軸が神経突起の長さ、DD:Differentiation Days(分化誘導日数)
下段:左上、中段右上、左下、右下の順で培養開始後90、180、270、360時間での神経突起の長さ

論文題目

English Title:
Culture Systems of Dissociated Mouse and Human Pluripotent Stem Cell–Derived Retinal Ganglion Cells Purified by Two-Step Immunopanning
Authors:
Wataru Kobayashi, Akishi Onishi, Hung-Ya Tu, Yuji Takihara, Michiru Matsumura, Kazuko Tsujimoto, Masaru Inatani, Toru Nakazawa, Masayo Takahashi
日本語タイトル:
「幹細胞由来3次元網膜組織から単離した網膜神経節細胞の培養系の確立」
著者名:
小林航、大西暁士、涂 宏雅、瀧原祐史、松村みちる、辻本和子、稲谷大、中澤徹、高橋政代
掲載誌名、巻、号、ページ:
Investigative Ophthalmology & Visual Science February 2018, Vol.59, 776-787. doi:10.1167/iovs.17-22406

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東北大学大学院医学系研究科眼科学分野
大学院生 小林 航(こばやし わたる)
電話番号:022-717-7294
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理化学研究所 多細胞システム形成研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト
プロジェクトリーダー 高橋 政代(たかはし まさよ)
研究員 大西 暁士(おおにし あきし)

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掲載日 平成30年3月27日

最終更新日 平成30年3月27日