プレスリリース J-ADNI研究によりアルツハイマー病早期段階(軽度認知障害)の進行過程を解明

プレスリリース

国立大学法人東京大学
国立研究開発法人日本医療研究開発機構

発表者

岩坪 威(東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻教授、東京大学医学部附属病院早期・探索開発推進室長)

発表のポイント

  • アルツハイマー病の早期段階にあたる軽度認知障害(MCI)の進行過程を追跡したJ-ADNI研究の結果から、MCIの進行過程は日米で極めて似ていることを明らかにしました。
  • 本邦には、これまでMCIなどのアルツハイマー病早期段階に関する大規模な臨床研究データは存在しませんでした。今回日本人におけるMCIが認知症に進展してゆく過程が初めて明らかになりました。
  • アルツハイマー病の進行や薬剤効果を早期段階から精密に評価することにより、日本でのアルツハイマー病治療薬の開発を、世界と同時進行で加速することが可能となりました。

発表概要

高齢化とともに本邦で急増しているアルツハイマー病(AD)の根本治療薬開発は急務です。今後の予防・治療の対象として重要な軽度認知障害(MCI、注1)などの早期段階を、画像診断やバイオマーカーを用いて精密に評価するAlzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative、(ADNI、注2)研究が米国で進み、本邦でもJ-ADNI研究(注3)が推進されてきました。J-ADNI研究の主任研究者を務める東京大学大学院医学系研究科の岩坪威教授らのチームは、今回J-ADNIの全結果を詳細に解析し、アミロイドPET画像法(注4)などの最新技術によって診断された、ADを原因とするMCIについて、その症状や進行速度などの特徴が米国ADNIのMCIに極めて類似していることを明らかにしました。J-ADNI研究では全国で総数537例、うちMCI 234例が3年間にわたり追跡され、今回米国ADNIチームと共同でデータの比較解析が行われました。MCIからADへの進行過程の自然経過に日本人と欧米人で高い共通性が示され、AD根本治療薬の治験においても、認知症期よりもまだ進行のスピードが遅いMCIなどの早期段階で、治療薬の効果を精密に評価できる技術が確立しました。これにより本邦のADの予防・治療薬開発が加速されるものと期待されます。

発表内容

アルツハイマー病(AD)の発症メカニズムが解明されるにつれて、病因となるアミロイドβの抑制薬などの、根本的な病気の発症メカニズムに作用する治療薬(疾患修飾薬)の開発が世界レベルで開始されています。しかし現状では、認知症の症状が臨床的に顕在化した時期(AD認知症)での治験では十分な効果が示されず、より早期段階での治療が望まれています。記憶障害などの認知機能障害が出現しているが未だ独立した生活が可能であり、認知症レベルに至っていない早期の段階は、軽度認知障害(mild cognitive impairment; MCI)と呼ばれ、近年認知症に先行する病期として注目されています。しかしMCI期は症状の程度も軽く、増悪の速度も緩やかなため、治療薬の治験を行うにあたって、進行スピードを正確に評価するなどの薬効の評価が困難と予想されます。この問題を解決するために、MRIやPETスキャンなどの画像診断法、脳脊髄液などの体液のバイオマーカー測定などを併用し、ADの病理学的変化を正確に診断した上で、その進行過程を正確に評価することを目的として、2003年米国でAlzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative(ADNI; アルツハイマー病の画像診断を用いた先導的研究)が開始されました。ADNIの成果から、MCIなどの早期段階におけるADの診断と精密な進行評価が可能となり、MCI期のADの疾患修飾薬治験の開始も可能となりつつあります。しかし本邦ではADの臨床研究が立ち後れ、ADによるMCIの精密診断の技術や基礎データの蓄積も遅れをとっており、特にMCIなどの早期段階の進行過程が欧米人と同じかどうかも明らかになっていませんでした。

この状況を打開するために、2008年より東京大学・岩坪威教授を主任研究者として、全国38の代表的な医療研究機関と、脳画像診断、バイオマーカーの専門家が結集して、日本のADNI研究(J-ADNI研究)が開始され、全国でMCI 234例、軽症AD認知症149例、健常高齢者154例、全537例の24-36ヶ月間にわたる自然な進行経過(natural history)の精密な追跡評価が行われました。今回岩坪教授らはJ-ADNIで得られた全データをとりまとめ、データベースとして公開するとともに、ADを原因とするMCI(MCI due to AD)を中心に、その進行経過を米国ADNIと詳細に比較しました。ADによるMCIの診断は、アミロイドPETまたは脳脊髄液中Aβ(1-42)の測定により、米国と同等に行うことが可能となりました(図1)。アミロイド陽性のADによるMCI はMCI全体の約2/3を占めていました。この群で、記憶などの認知機能や生活機能を評価する代表的な4種類のテストとしてミニメンタル試験(MMSE)、ADAS-Cog13指標、臨床認知症スケール(CDR)、機能評価質問票(FAQ)を3年間にわたって反復試行し、その進行経過を米国ADNIのアミロイド陽性MCIと比較したところ、日米の検査結果は、4種類のテストを通じて極めてよく一致していました(図2)。また認知症レベルに達している軽症AD群を比較すると、J-ADNIでは米国ADNIよりもやや成績が良く、進行のスピードもやや緩徐な傾向が見られました。この差は、J-ADNIでは認知症レベルに達して間もない、より軽症の症例が多く含まれたことによる可能性も考えられました。健常者でもJ-ADNIでは23%にアミロイド陽性者が検出され、この群はADの病理変化が生じ始めている未発症期の「プレクリニカルAD」に相当するものと考えられました。

今回の結果から、AD発症の早期段階に相当するMCI期の症状の進行過程には、人種を越えて高い共通性があることが初めて実証されました。ADの疾患修飾薬の実用化には、世界の多くの国において、多数の被験者を同じ方法で評価する「グローバル治験」の実施が不可欠ですが、本邦のADによるMCIが欧米など他の民族のMCIと同じ性質を示すのか、また本邦でも同じ評価方法が適用できるのかは未解決でした。J-ADNI研究を通じて、米国ADNIの結果に基づいて世界標準となっているアミロイドPETやバイオマーカー検査法、認知機能評価法が本邦でも整備され、MCI段階のADの症状やその微細な変化を精密に評価することが可能となりました。そして日米のADNIが厳密に同じ方法を用いて、MCIをはじめとするADの早期段階を両国間で比較したことにより、民族を超えた共通性と民族ごとの特徴が実証されるとともに、J-ADNIとADNI研究のデータの妥当性や意義を、更に詳細に検証することが可能となりました。

今後アミロイドβやタウなど、ADの病因因子を標的とする疾患修飾療法の開発がさらに進み、MCIやさらに早期の段階を対象とする疾患修飾薬の大規模治験がますます盛んになることは必至です。この状況下で、J-ADNIデータベースとJ-ADNIによって樹立された技術・ネットワークの活用を進め、官・民・アカデミアのパートナーシップをさらに発展させることにより、ADの治療・予防薬の治験が本邦において加速され、本邦発の画期的新薬を含むAD治療薬の利用がドラッグラグを生じることなく可能となり、国際的にも、さらなる治療薬の研究・開発に貢献できるものと期待されます。

発表雑誌

雑誌名:
Alzheimer’s & Dementia: The Journal of the Alzheimer's Association」(米国科学雑誌)
論文タイトル:
Japanese and North American Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative studies: Harmonization for international trials.
著者:
Takeshi Iwatsubo*, Atsushi Iwata, Kazushi Suzuki, Ryoko Ihara, Hiroyuki Arai, Kenji Ishii, Michio Senda, Kengo Ito, Takeshi Ikeuchi, Ryozo Kuwano, Hiroshi Matsuda(以上J-ADNI), Chung-Kai Sun, Laurel A. Beckett, Ronald C. Petersen, Michael W. Weiner, Paul S. Aisen, Michael C. Donohue (以上米国ADNI)
DOI番号:
10.1016/j.jalz.2018.03.009
アブストラクトURL:
https://doi.org/10.1016/j.jalz.2018.03.009

用語解説

(注1)軽度認知障害(MCI):
認知機能の低下が臨床的に確認されるが、独立した生活が可能な程度にとどまるため、認知症とは診断されない、正常と認知症の中間段階をいう。近年認知症の前駆段階として、早期診断・治療上注目されているが、とくにADの前駆段階としてのMCIは、健忘などの記憶障害が前景に立つことが特徴とされている。
(注2)Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)研究:
MCI期などのADの早期段階の治験において、診断や進行経過の評価に役立つ画像・バイオマーカーを確立することを目的に2003年に米国で開始された大規模な多施設臨床観察研究。2009年までのADNI1, 2016年までのADNI2を経て、現在ADNI3が継続されており、健常高齢者、MCI、AD認知症合わせて2000例以上が評価を受けている。ADNI研究はアミロイドβ抑制薬などのADの疾患修飾薬の治験の基盤と基本技術・データを確立した。
(注3)J-ADNI研究:
日本におけるAD疾患修飾薬の治験を円滑に進めるため、米国ADNIと同一のプロトコルを用い、2008年に開始された研究。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)橋渡し研究、厚生労働科学研究費 認知症対策総合研究事業などの支援により行われ、全国で38の臨床機関が参加し、537例が2014年3月までに2~3年の追跡観察を完了した。得られたデータが今回AMED認知症研究開発事業「認知症疾患修飾薬の大規模臨床研究を効率的に推進するための支援体制と被験者コホートの構築に関する研究」の支援を受けて包括的に解析され、米国ADNIとの比較が行われた。なお、J-ADNIの研究データは科学技術振興機構(JST)統合化推進プログラムの支援によって国内外の研究者に広く共有するための整備が行われ、JSTバイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)が運営するNBDCヒトデータベースから公開されている(データの詳細等はNBDCヒトデータベース専用サイト(https://humandbs.biosciencedbc.jp/hum0043-v1)を参照のこと)。
(注4)アミロイドPET画像法:
ADの脳病変として重要なアミロイドβの蓄積を、特異的に結合する放射能で標識した診断薬を静脈注射後、陽電子放出画像法(Positron Emission Tomography)により検出する脳画像診断法。かつてはアミロイドPETの開発前は死後の病理学的検査によってのみ確定診断可能であったアミロイド蓄積を、ほとんど侵襲なく画像により診断することが可能となり、治験や先進的な臨床研究におけるADの確定診断に必須の技術となっている。

添付資料

 
図1
図1 J-ADNIにおけるアミロイドPET(ピッツバーグ化合物B; PiB)陽性度(横軸)と脳脊髄液Aβ(1-42)定量値。両者を検査した健常高齢者(CN; 青)、MCI(橙)、軽症AD(AD; 赤)の値をプロットした。アミロイドPET陽性例(縦の赤線より右)は脳脊髄液Aβ(1-42)低値(横の赤線より下)を示すことから、アミロイドPET、脳脊髄液のいずれかを用いて、脳アミロイド陽性を診断することが可能であった。右側に代表的なアミロイドPET画像を示す。
図2
図2 MCI(LMCI)と軽症AD(Mild AD)における、認知機能指標ADAS-Cog13と臨床・生活機能指標CDR-SBの変化に関する、J-ADNI(緑線)と米国ADNI(青線)間での比較。MCIでは得点、変化率(傾き)ともに日米で極めて一致しているが、軽症ADではJ-ADNIのほうが追跡開始時の得点が低く、その後の進行スピード(傾き)も緩徐な傾向がある。星は統計学的有意差、線は平均値、色のついた帯は標準偏差の幅を示す。

問い合わせ先

研究に関すること

国立大学法人東京大学 大学院医学系研究科
脳神経医学専攻 神経病理学分野
教授 岩坪 威(いわつぼ たけし)
TEL:03-5841-3541(直通)
E-mail:iwatsubo"AT"m.u-tokyo.ac.jp

報道に関すること

国立大学法人東京大学 大学院医学系研究科 総務係
TEL:03-5841-3303
FAX:03-5841-8585

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FAX:03-6870-2244
E-mail:brain-d"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス"AT"の部分を@に変えてください。

掲載日 平成30年5月9日

最終更新日 平成30年5月9日