プレスリリース 自閉スペクトラム症の治療薬候補であるオキシトシンの投与方法による効果の違いの一端を解明

平成30年9月28日プレスリリース

国立大学法人 浜松医科大学
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

概要

自閉スペクトラム症(ASD)(用語解説1)の中核症状に対しては、現在は有効な治療薬がありません。オキシトシン経鼻スプレーがASDの治療薬として検討されていますが、オキシトシンの単回投与が一貫して有効だと報告されている一方、反復投与の有効性については結果が一致していません。このような不一致を生む原因を解明し、オキシトシンによる治療法を確立していくためには、反復投与によって引き起こされる生理反応を単回投与と比較することが必要です。

今回、浜松医科大学精神医学講座の山末英典教授らは、東京大学(ベナー聖子研究員など)、早稲田大学(掛山正心教授など)らとの共同研究により、オキシトシンの単回投与と反復投与の神経生物学的メカニズムの違いについて検討しました。本研究成果は、ASD当事者を対象として、6週間のオキシトシン(用語解説2)経鼻投与前後に、プロトン磁気共鳴スペクトロスコピー(用語解説3)を用いて測定した内側前頭前野(用語解説4)の代謝物の定量と、実験動物においてオキシトシンを単回あるいは2週間反復投与した前後の内側前頭皮質における遺伝子発現解析についての検討を組み合わせた成果です。

これによって、オキシトシン単回投与と反復投与では引き起こされる生化学的変化が異なること、さらにこの変化には反復投与に特有のグルタミン酸系の変化が関与する可能性を示しました。

研究の背景

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)は、100人に1人以上の割合で出現する頻度の高い発達障害です。社会的コミュニケーション障害と常同行動・限定的興味という中核症状は、2-3歳で明らかになり一生涯続きますが、これらの中核症状に対して有効な治療薬は無く、その医療上の必要性は世界的に大きなものとなっています。

研究代表者の山末教授らは、ASDの中核症状に対する治療薬の候補として、オキシトシン経鼻剤の有効性や安全性を検討してきました(JAMA Psychiatry 2014; Brain 2014; Molecular Psychiatry 2015; Brain 2015)。

欧米での研究と山末教授らの研究を統合してみると、オキシトシンの社会的コミュニケーションの障害への効果は、単回投与では一貫して有効だったと報告されている一方、反復投与では、効果がなかった、あるいは山末教授らの研究のように、副次評価項目で効果を示したものの、主要評価項目に対しては有効性が見られなかった(Molecular Psychiatry 2018)などと報告されており、結果が異なっています。

そこで、単回投与と反復投与では、脳内で生じる生化学的な変化が異なるのではないかと考え、検討しました。

研究の成果

今回の研究では、ヒト臨床試験と動物実験のそれぞれで、オキシトシンの単回投与と反復投与による生化学的な変化の違いを調べました。

ヒト臨床試験では、オキシトシン6週間経鼻投与の前後で、向精神薬を服薬していないASD当事者の内側前頭前野の代謝物濃度をプロトン磁気共鳴スペクトロスコピーで測定しました(図1)。その結果、6週間反復投与によって内側前頭前野のNアセチルアスパラギン酸濃度(用語解説5)とグルタミン酸-グルタミン濃度和(用語解説6)が有意に減少していました。この様な代謝物濃度の減少は、単回投与では認められなかったものです。そして、この代謝物濃度の減少が目立つASDの方では、表情や声色に基づいて相手の友好性を理解している際の内側前頭前野活動のオキシトシン投与による改善が少ない傾向を認めました。こうした相関関係はプラセボ(用語解説7)投与については生じませんでした(図2)。

動物実験では、マウスにオキシトシンまたは生理食塩水を単回投与または2週間反復投与し、内側前頭皮質の遺伝子発現を調べました。その結果、反復投与時にNMDA型グルタミン酸受容体タイプ2Bの発現減少が認められました。単回投与で認められていたオキシトシンや神経活動に関連した遺伝子発現の変化は、反復投与では認められませんでした(図3)。

以上のヒト臨床試験と動物実験の結果は、オキシトシンの反復投与では、単回投与では見られないグルタミン酸系の変化が生じることを示しています。この変化は、オキシトシンの社会的コミュニケーションの障害への効果が単回投与と反復投与とで異なっていることの、メカニズムの一つである可能性があります。

今後の展開

本研究成果は、ASD中核症状に対する治療薬としてオキシトシン経鼻剤を開発する上で、有効性を最大限にする最適化した投与方法を見いだす事につながると期待されます。将来的には、反復投与で効果が減弱する生化学的なメカニズムの解明によって、改良した治療薬の開発につながることも期待されます。

論文情報

発表雑誌
Molecular Psychiatry(モレキュラー・サイキアトリー)
論文タイトル
Neurochemical evidence for differential effects of acute and repeated oxytocin administration
著者(*責任研究者)
Seico Benner, Yuta Aoki, Takamitsu Watanabe, Nozomi Endo, Osamu Abe, Miho Kuroda, Hitoshi Kuwabara, Yuki Kawakubo, Hidemasa Takao, Akira Kunimatsu, Kiyoto Kasai, Haruhiko Bito, Masaki Kakeyama, Hidenori Yamasue*

研究グループ

本研究は、浜松医科大学と東京大学、早稲田大学との共同研究チームにより、科学技術振興機構「戦略的創造研究推進事業 CREST」、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の課題D「社会的行動を支える脳基盤の計測・支援技術の開発」および、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム『臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳):発達障害・統合失調症研究チーム(チーム長:浜松医科大学・山末英典)』の一環として行われました。

用語解説

1)自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)
従来の自閉症からアスペルガー障害や特定不能の広汎性発達障害までを含む概念です。自閉症的な特性は、重度の知的障害を伴った自閉症から、知的機能の高い自閉症を経由し、自閉スペクトラム症の症状を持ちながらも症状の数が少なく程度も軽い正常範囲の人まで続くスペクトラムを形成するという考えに基づいています。
2)オキシトシン
脳の下垂体後葉から分泌されるホルモンで、従来より子宮平滑筋収縮作用を介した分娩促進や乳腺の筋線維を収縮させる作用を介した乳汁分泌促進作用が知られていました。しかし一方で男女を問わず脳内にも多くのオキシトシン受容体が分布していることが知られ、脳への未知の作用についても関心が持たれていました。そうした中、健康な大学生などを対象とした研究において、他者と信頼関係を築きやすくする効果などが報告されて注目を集めていました。
3)プロトン磁気共鳴スペクトロスコピー
磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging:MRI)に使われている磁気共鳴現象を用いて、生体内に豊富に存在する水素原子核(プロトン)を含む分子を調べる方法です。これによって、試験管では直接解析・検討することのできない脳内など生体内の生化学的な物質の濃度を調べることができるようになりました。
4)内側前頭前野
情報を統合して行動を調節するといった機能を担っているとされる前頭前野の内側面に位置しています。他者との交流・自己・意識といった様々な高次精神機能に関与することが知られていますが、特に本研究で物質濃度の低下を認めた場所は、自分の感情や体験に照らし合わせることで他者の感情や考えを理解する働きに関わる場所であることが知られています。マウスでは内側前頭皮質が対応する脳領域だと考えられています。
5)Nーアセチルアスパラギン酸
プロトン磁気共鳴スペクトロスコピーで測定される主要な代謝物の一つで、神経細胞のマーカー、すなわち神経組織の形態を主に反映する指標と考えられてきました。最近では、神経細胞とその周辺の結合組織の間の浸透圧の調整や、化学物質の代謝など、機能の面でも重要な役割を持つことが注目されています。
6)グルタミン酸−グルタミン濃度和
グルタミン酸は脳の神経細胞で興奮性の神経伝達物質として働き、代謝されてグルタミンに変化したり、逆にグルタミンからグルタミン酸が作られたりします。今回の研究では、これらの物質濃度を区別して測るよりも、総和として測定する方が精度や信頼性が高まるため、総和として測定して検討しました。
7)プラセボ
効果の出る成分を含まない偽薬のことです。効果の出る成分を含む実薬による改善効果から、服薬によって症状が良くなるという期待から生じる改善効果(プラセボ効果)を差し引いて、薬の効果をより正確に評価するために用いられます。

参考図

図1. オキシトシン反復投与で脳活動改善効果を有意に認めたヒト脳の内側前頭前野
図1. オキシトシン反復投与で脳活動改善効果を有意に認めたヒト脳の内側前頭前野
(プロトン磁気共鳴スペクトロスコピーと機能的磁気共鳴画像法による検討)
図2. オキシトシン反復投与によるASD当事者の内側前頭前野における代謝物濃度変化
図2. オキシトシン反復投与によるASD当事者の内側前頭前野における代謝物濃度変化
オキシトシンの6週間投与によって内側前頭前野のグルタミン酸-グルタミン濃度和(A)とNアセチルアスパラギン酸濃度(B)がプラセボ投与に比べて有意に減少していました。このオキシトシン投与によるグルタミン酸-グルタミン濃度和(C)とNアセチルアスパラギン酸濃度(D)の減少が目立つ症例ほど、表情や声色を活用して他者の友好性を判断する際の同部位活動改善が小さいという相関関係を認めました。
図3. オキシトシン単回投与と反復投与によるマウス脳内側前頭皮質における遺伝子発現の変化
図3. オキシトシン単回投与と反復投与によるマウス脳内側前頭皮質における遺伝子発現の変化
単回投与では変化がなかったが、反復投与でNMDA型グルタミン酸受容体タイプ2B(Nr2b)(F)の発現減少が認められました。一方で、単回投与で認められたオキシトシン(Oxt, A)や神経活動に関連した遺伝子発現(cFos, C; Arc, D)の変化は、反復投与では認められませんでした。

本件に関するお問い合わせ先

国立大学法人 浜松医科大学 精神医学講座
〒431-3192 浜松市東区半田山1-20-1
教授 山末 英典
Tel:053-435-2295/Fax:053-435-3621
E-mail:yamasue"AT"hama-med.ac.jp

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞ビル
戦略推進部 脳と心の研究課
TEL:03-6870-2222
E-mail:brain-pm"AT"amed.go.jp

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最終更新日 平成30年9月28日