プレスリリース 動物の発生において形と機能を調和させる仕組みを発見―形の変化が細胞分化を方向づける―

プレスリリース

京都大学
理化学研究所
日本医療研究開発機構

概要

近藤武史生命科学研究科特定助教、林茂生理化学研究所生命機能科学研究センターチームリーダーの研究グループは、動物の発生過程において、組織の形が細胞分化の方向性を制御する新たな仕組みの存在を明らかにしました。動物の体は様々な器官により構成されています。また、それぞれの器官は特有の形を持っており、固有の機能を発揮するように分化した細胞で構成されています。各器官が適切に機能を発揮するためにはこの形と細胞分化がうまく一致している必要がありますが、それがどのようにして達成されているのかについてはあまりわかっていませんでした。

これまでの考え方は、形の変化は細胞分化により制御されるというものでした。しかし今回、研究グループが形づくりが異常となるショウジョウバエ胚を詳細に解析したところ器官を形づくる過程ではその逆向きの、形の変化による細胞分化の制御も働いていることを明らかにしました。すなわち、細胞は組織形状に応じて自身の分化を調節するというフィードバックによって、形と機能の調和を達成していると考えられます。これらの発見は、組織の形という物理的な情報が細胞分化の制御に関与することを示しており、このような形づくりの仕組みを明らかにしていくことは、複雑な組織・器官の人工作製技術のさらなる改善にも役立つ知見となることが期待されます。

本成果は、2019年8月中に英国の国際学術誌「eLife」にオンライン掲載されます。

概要図:陥入運動によりシート状の上皮組織から管状の上皮組織が形成される過程と、組織形状と細胞分化を調和させるための仕組みのモデル

背景

我々の生活の周りでは様々な機器が正確に働いています。例えば、エアコンが設定温度に従って室温をコントロールすることもその一例です。その背後では、サーモスタットによる室温感知と温度調節へのフィードバックが重要な働きをしています(参考図表)。同様に、生物の体も、内部で様々なフィードバック制御が働くことによって、我々の体が適切に働くことができています。このような生物におけるフィードバックの仕組みは、主に生化学的な反応系のネットワークとして理解が進んでいます。例えば細胞分化を制御する遺伝子ネットワークやホルモンの分泌調節を介した生体の恒常性維持におけるフィードバック制御は、生化学反応のネットワークとして捉えられます。一方で、生物が生命を維持し、それを構成する器官が正しく機能するためには、生化学反応だけでなく、その形も重要な要素です。動物の発生過程では多様な細胞が生み出され、さまざまな形の組織・器官を構築していきます。それぞれの器官は特有の形を持っており、かつ固有の機能を発揮する細胞で構成されています。そして、その形と機能が正確に一致することで初めて各器官は適切に機能を発揮します。しかしながら、器官を構築していく発生過程において、細胞分化の制御による機能の獲得(生化学的現象)と形づくり(物理的現象)がどのように関連し、うまく調和されているのかについては、あまりわかっていませんでした。

動物の形づくりにおける重要な仕組みの一つに、「上皮組織(※1)の変形」があります。上皮組織は、細胞が密に接着した1枚のシート状の構造をしており、そのシートとしての構造を保ったまま細胞集団として変形し、器官を構築していきます。その変形様式の一つの陥入運動(※2)では、シート状の上皮組織の一部が内部に入り込み、最終的に管状の組織へと変化します(概要図参照)。そしてシート状の組織と管状の組織は後に異なる器官を構築していきます。つまり、このシート部分と管状部分の形状とそれぞれを構成する細胞の分化は混ざりあうことなくうまくコントロールされる必要があります。これまでは、まずシート状の組織の一部に管状の組織をつくる細胞が分化し、その分化細胞が正確に陥入し管状となることで、混ざりあうことなく適切に形づくりが進行すると考えられていました。しかしながら、この一方向性の制御だけで、多数の細胞によるこのようなダイナミックな現象が本当に正確に成し遂げられるのかは不明のままでした。

研究グループはこれまでにショウジョウバエの胚発生をモデルとして、この形づくりの仕組みに関する研究を進めており、特に気管(※3)の形成過程(図1)を対象として上皮組織の陥入を駆動する仕組みを明らかにしてきました。その過程で、組織変形を開始する前の細胞分化は適切に進行するにもかかわらず、その後の陥入運動がうまくいかない遺伝子変異をもつショウジョウバエの系統をいくつも同定していました。そこで、これらの変異体において陥入後の細胞分化がどのように進むのかを詳細に解析することで、上記の問題を追求できるのではないかと考えました。

研究手法・成果

ショウジョウバエの気管細胞への分化を制御するマスター遺伝子(※4)として、trachealess(trh)遺伝子が知られています。そこで、このtrh遺伝子のオン・オフ状態を指標として、気管細胞への分化状態を解析しました。まず正常個体において陥入前にtrh発現を開始し気管細胞への分化を開始した細胞の数と、陥入後に気管を構成するtrhオン細胞の数を計測したところ、陥入前のほうが細胞数が多く、trh発現を開始した細胞のすべてが気管を構成するわけではないと考えられました。そこで、この陥入前にtrh発現を開始した細胞を人為的に標識し、陥入運動後におけるそれら位置を追跡したところ、たしかに一部の細胞は陥入に参加せず、表面のシート状の表皮に留まっていること、そしてそれらはtrhオフの状態に戻ることがわかりました(図2)。さらに、特定の遺伝子機能が阻害され陥入運動が不十分となる個体で同様の解析をしたところ、想定どおりに陥入せずに表皮に留まった細胞の数は増えましたが、それらはすべてtrhオフの状態へと遷移し、やはりうまく陥入ができた細胞のみがtrhオンの状態を維持することで気管細胞へと分化することが明らかになりました。これらの結果から、trh発現を開始し気管細胞への分化を開始した細胞が正確に陥入し管状の構造を構築するわけではなく、細胞は組織の変形過程、もしくは変形後の組織形状に応じて自身の分化を調節しており、それにより陥入した細胞のみが最終的に気管細胞へと分化する、という一連の制御が働いていると考えられました。

次にその制御の仕組みの一端を明らかにするために、trh遺伝子発現がどのように調節されているのかについて検討を進めました。その結果、trhをオンにするためのエンハンサー(※5)活性は管状構造の部分に限られないものの、積極的にオフにするためのサイレンサー(※5)活性が表皮に留まった細胞でのみ作用することにより、管状構造に限定されたtrhオン状態が形成されることが明らかになりました。

さらにtrh遺伝子の役割についても、ライブイメージング技術(※6)により再検証したところ、これまでの知見に反してtrh遺伝子は予定気管領域の形成や陥入運動の開始には必要ではないこと、しかしながら陥入後にその管状構造を維持するために必須であることが明らかになりました(図3)。このことは上皮組織の変形を駆動するための力の生成と、変形後にその形状を維持することは、異なる仕組みによって制御されていることを示唆しています。


 

以上の結果から、細胞分化の制御による機能の獲得(生化学的現象)と形づくり(物理的現象)の間で作用するフィードバック制御(メカノケミカルフィードバック)によって安定して、細胞分化と組織形状の調和がとれた気管が形成されていると考えられます(図4)。


 

波及効果、今後の予定

多細胞生物の発生現象は数多くの細胞がうまく協調することによって成し遂げられる非常に複雑でダイナミックな現象ですが、確率的な生化学反応系や動的であいまいな細胞運動といったゆらぎの中で進行しています。本研究によって、そのような状況のなかで安定して全体としての形づくりを制御するために、これまでに考えられていた生化学的なフィードバック制御のみならず、組織の形といった物理的な情報から生化学的な反応系へのフィードバックも重要な働きを示す新たな一例を見出すことができました(図4、参考図表)。つまり、遺伝子~細胞~多細胞組織という異なる階層の間で多様な情報のやりとりをすることによって、安定して正確に発生現象を制御していると考えられます。また、細胞分化と組織形状の調和はどのような器官の形成においても重要であるため、同様の仕組みが哺乳類を含む様々な動物の発生においても作用している可能性があると考えられます。

細胞がどのようにして組織形状の変化を感知し、自身の分化方向を決めているのか、現時点ではその仕組の詳細についてはまだ十分な理解には至っていません。今後さらなる解析を進めることにより、生物の発生という非常に不思議な現象の根本的な理解に役立つだけでなく、このような形づくりの仕組みを明らかにしていくことは、複雑な三次元組織・器官の人工作製技術のさらなる改善にも役立つ重要な基礎的知見となることが期待されます。

研究プロジェクトについて

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業ソロタイプ(PRIME)「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域における研究開発課題「上皮組織の形状変化を介したメカノフィードバックによる器官形成機構の解明」(研究開発代表者:近藤武史)、文部科学省科学研究費補助金(若手(A) 研究代表者:近藤武史)、京阪神グローバル研究リーダー育成コンソーシアム(K-CONNEX)の支援を受けて実施されました。

用語解説

※1 上皮組織
体表面や体内の器官の表面を覆う組織の総称で、上皮細胞と呼ばれる細胞が密に接着した細胞層から成っている。器官の形の構造的な基盤であり、外部からの物質の侵入を防ぐバリア機能や、必要な物質の分泌や吸収も担っている。上皮細胞は、外気や液体にさらされている頂端面と結合組織に接着する基底面に対して極性を持っており、それぞれに異なる性質を持つことが知られている。
※2 気管
昆虫など陸上節足動物におけるガス交換の器官で、体中に酸素を運搬するための管状の上皮組織のネットワークとして成り立っている。
※3 陥入運動
上皮細胞層(上皮細胞シート)が内側の基底面側に落ち込む形態形成運動のこと。発生過程において組織や器官を形づくる上で重要なイベントのひとつである。個々の細胞が変形することで生み出される力が時空間的にうまく協調することで引き起こされる。
※4 マスター遺伝子
細胞がある形質を発揮するために必要な一群の遺伝子を制御する上流遺伝子。遺伝子発現の制御を行う転写因子をコードする。
※5 エンハンサーとサイレンサー
遺伝子の発現を調節するゲノム領域。エンハンサーは遺伝子発現の活性化に関わる領域、サイレンサーは抑制に関わるの領域の総称。これらの領域に転写因子と呼ばれるタンパク質因子が結合することによって、その活性が発揮される。
※6 ライブイメージング技術
顕微鏡を用いて胚や生体組織、細胞を生きたまま観察する手法。蛍光タンパク質を利用することで、組織や細胞の形の変化や目的のタンパク質の挙動を解析することができる。固定標本では得られない時間軸に沿った情報を取得できることが特徴である。

論文タイトルと著者

タイトル:
Two-step regulation of trachealess ensures tight coupling of cell fate with morphogenesis in the Drosophilatrachea
trachealess 遺伝子の2段階調節がショウジョウバエ気管形成における細胞分化と形態形成を結びつける)
著者:
Takefumi Kondo, Shigeo Hayashi(近藤武史、林茂生)
掲載誌:
eLife
DOI:
https://doi.org/10.7554/eLife.45145.001

お問い合わせ先

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近藤 武史(こんどう たけふみ)
京都大学大学院生命科学研究科・特定助教
E-mail:take-kondo“AT”lif.kyoto-u.ac.jp

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掲載日 令和元年8月29日

最終更新日 令和元年8月29日