プレスリリース 抗がん剤の効果を飛躍的に高めるタンパク質SLFN11の新機能を発見

プレスリリース

慶應義塾大学先端生命科学研究所
日本医療研究開発機構

慶應義塾大学先端生命科学研究所(山形県鶴岡市、冨田勝所長)の村井純子特任准教授らのグループは、米国国立衛生研究所(NIH)との共同研究で、抗がん剤の効果を飛躍的に高めるタンパク質SLFN11の新たな機能を発見しました。SLFN11は、50年来がん治療薬として使用されている白金製剤や、日本で卵巣がんに対して最近承認されたPARP阻害剤の抗がん効果を飛躍的に高めるタンパク質として注目を浴びています。本研究では、SLFN11が抗がん剤の投与下で、クロマチンの構造を変化させ、最初期遺伝子(immediate early genes)と呼ばれる、ストレス応答や免疫反応に関わる遺伝子群の発現を高めることを発見しました。本研究は、2020年3月25日(日本時間)に米国科学誌『Cell Reports』のオンライン速報版に掲載されました。

研究の背景

SLFN11(Schlafen 11, シュラーフェンイレブン)※1は、50年来がん治療薬として使用されている白金製剤※2や、日本で卵巣がんに対して最近承認されたPARP阻害剤※3の抗がん効果を飛躍的に高めるタンパク質として、近年注目を浴びています。患者由来のがん細胞株の半数でSLFN11が多く発現していることから、抗がん剤の効果を予測するためのバイオマーカーになるのではと、研究が進められています。並行して、SLFN11が抗がん剤の効果を高めるメカニズムについて、世界中で研究が進められています。

研究内容の詳細

増殖している細胞に白金製剤やPARP阻害剤(以下、単に抗がん剤)を投与すると、DNAの複製に異常を来します。がん細胞は正常細胞に比べて細胞増殖が盛んなため、抗がん剤によってDNA複製の異常が蓄積し、死にやすくなります(抗がん作用)。村井特任准教授らは、抗がん剤を投与すると、SLFN11がクロマチン(DNAとタンパク質の複合体)に結合し、DNA複製を永続的に停止させて、抗がん効果を高めることを報告していました。クロマチンには元々緩んでいる場所(オープンクロマチン)と縮んでいる場所(クローズドクロマチン)があり、遺伝子の発現が活発な領域はクロマチンが緩んでいます。本研究では、SLFN11が抗がん剤の投与下において、緩んでいるクロマチンを更に緩ませることを発見しました(図1)。クロマチンが緩むと同時に、最初期遺伝子(immediate early genes)※4と呼ばれる、ストレス応答や免疫反応に関わる遺伝子群の発現が数倍から数十倍に高まることも発見しました(図2)。これまで最初期遺伝子は、外部刺激を加えてから1時間以内に発現上昇のピークを迎えることが知られていましたが、今回発見したSLFN11が介在する経路では、数時間かけてクロマチンの緩みと並行して起こるため、従来の刺激応答とは異なると考えられます。SLFN11に点変異※5を入れると、クロマチンの緩みや最初期遺伝子群の活性化が起こらなくなり、抗がん剤の効果を増強する作用も打ち消されるため、これらの現象はすべてSLFN11の作用によって引き起こされていると言えます。本研究により、抗がん剤の効果を飛躍的に高めるSLFN11が、抗がん剤の投与下で起こす生命現象の一端が明らかになりました。本研究は、2020年3月25日(日本時間)に米国科学誌『Cell Reports』のオンライン速報版に掲載されました。

図1
ATAC-seq(クロマチンの緩みを定量化する実験)の結果。最初期遺伝子の1つATF3遺伝子領域において、SLFN11陽性親細胞では、抗がん剤(カンプトテシン)投与前に比べ、投与4時間後で緩みが増大している(シグナル面積の増大)。SLFN11ノックアウト(KO)細胞では、抗がん剤投与前後で緩みに明らかな変化はない。
 
図2
リアルタイム定量PCRの結果。最初期遺伝子の1つATF3遺伝子のmRNA発現量について、SLFN11陽性親細胞では、抗がん剤(カンプトテシン)投与前に比べ、投与2−4時間後に急激に上昇する。SLFN11ノックアウト(KO)細胞では、抗がん剤投与前後でATF3の発現量はほとんど変わらない。
 

論文発表に際し村井特任准教授は、「SLFN11の機能は、これまで知られていたどの遺伝子の機能とも似ておらず、とても興味深い(図3)。SLFN11が白金製剤やPARP阻害剤などの抗がん効果を高めるメカニズムを更に詳細に解析し、これからのがん治療に応用したい」と述べています。

図3
ヒト細胞の蛍光免疫染色※6による像。抗がん剤(カンプトテシン)の投与によって、SLFN11(緑)がクロマチン(青)上に集積すると、抗がん剤の効果が飛躍的に高まる。この時SLFN11は、DNA複製を停止させ、クロマチンを緩め、最初期遺伝子群の発現を高めている。
 

今後の展開

SLFN11が抗がん剤の感受性を高めることは、細胞レベル、マウスモデルで明らかとなっていますが、臨床検体を用いて検討した報告は限られています。今後は、臨床検体を用いたエビデンスを蓄積することが必要で、SLFN11の解析が有用ながん種を特定し、バイオマーカーとして使うための閾値の設定などを、国内の共同研究者と共に確立していきます。SLFN11の多彩な機能についても引き続き研究を進めます。

用語解説

※1 SLFN11(Schlafen 11, シュラーフェンイレブン)
SLFNファミリーの1つ。SLFNファミリーは哺乳類のみに存在する遺伝子ファミリーで、SLFN1~SLNF14のメンバーを持つ。Schlafenはドイツ語で「寝る」の意味。
※2 白金製剤
シスプラチン、カルボプラチンなどの抗がん剤。薬剤の構造に白金(プラチナ)を含む。
※3 PARP阻害剤
Poly (ADP-ribose) polymerase阻害剤。PARPは標的タンパク質にADP-riboseを付加するタンパク質の総称。PARPの阻害剤は抗がん剤として機能する。
※4 最初期遺伝子(immediate early genes)
細胞への外部刺激(増殖刺激など)によって、即時的(1時間以内)に発現が上昇してくる遺伝子群の総称。転写制御因子や成長因子を含む。
※5 点変異
遺伝子の塩基配列を別の塩基配列に部分的に置換すること。
※6 蛍光免疫染色
目的のタンパク質を抗体と蛍光色素を用いて、蛍光顕微鏡で可視化する方法。

特記事項

本研究の一部は以下の研究助成によって行われました。

  1. 日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業
  2. 山形県および鶴岡市の支援
  3. 米国国立衛生研究所の内部研究費

掲載情報

英文タイトル
Chromatin Remodeling and Immediate Early Gene Activation by SLFN11 in Response to Replication Stress
著者
Junko Murai, Hongliang Zhang, Lorinc Pongor, Sai-wen Tang, Ukhyun Jo, Fumiya Moribe, Yixiao Ma, Masaru Tomita and Yves Pommier
掲載誌
Cell Reports
掲載日
2020年3月25日(日本時間)、オンラインで掲載
DOI
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.02.117

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掲載日 令和2年3月25日

最終更新日 令和2年3月25日