プレスリリース 新型コロナウイルスに感染し回復したネコは無症状にもかかわらず長期間、肺に炎症ダメージが残り、また一定期間は再感染しない

プレスリリース

東京大学
日本医療研究開発機構

発表者

河岡義裕(東京大学医科学研究所 感染・免疫部門ウイルス感染分野 教授)

発表のポイント

  • 新型コロナウイルスに感染したネコは、無症状であるにも関わらず、肺の炎症による長期的なダメージが見られた。
  • 新型コロナウイルスに感染後、回復したネコは、約4週間後に同ウイルスを接種しても、感染しなかった。
  • ヒトにおける後遺症でも、感染による炎症が長期的に続いているかもしれない。

発表概要

東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス感染分野の河岡義裕教授らのグループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染したネコにおける長期的な肺への影響および感染により適応(獲得)免疫が誘導され回復後一定期間は再感染しない事実を突き止めました。

感染ネコ個体では、上部呼吸器(鼻、気管)において効率よくウイルスが増殖しました。これはネコ間の感染伝播のしやすさの原因の一つとも考えられます。一方、下部呼吸器(肺)においては、ウイルス増殖はほとんど見られず、速やかに排除されることがわかりました。

しかしながら病理解析により、感染ネコの肺は、ウイルス増殖の低さとは異なり、炎症によるダメージを受けていることがわかりました。感染から4週間後でも、肺に慢性化した炎症が観察されました。この間、ネコは全く無症状でした。

また、新型コロナウイルス感染後に回復したネコ、感染ネコとの同居により感染し回復したネコ、それぞれに、最初の感染から4週間後にウイルスを接種したところ、いずれもウイルスに感染しませんでした。

今回得られた知見は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染から回復したヒト患者において報告されているさまざまな後遺症の原因の一端を解明できる可能性があります。また、新型コロナウイルス感染により付与される免疫は一定の期間、再感染を防御すると考えられます。

本研究成果は2021年1月7日(米国東部標準時間)、米国疾病予防管理センター(CDC)が発行する感染症専門誌「Emerging Infectious Diseases」(オンライン版)に掲載されました。

発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2019年12月に初めてヒトでの感染例が明らかにされ、それ以来現在(2021年1月)に至るまで世界各地で感染者数は拡大し続けています。また同時に、飼いネコやイヌ、動物園のトラや農場のミンク等、ヒト以外の生物でのSARS-CoV-2感染例が報告されています。そのため、SARS-CoV-2については種を超えて感染成立し得ることが明らかになってきました。しかしながら、ヒトでの感染を含め、一度同ウイルスに感染した動物個体における、より長期的な影響は、これまでほとんど明らかにされていませんでした。

当研究グループはこれまでに、同居する飼いネコ間で、SARS-CoV-2が直接接触により効率的に感染伝播することを明らかにしました。そこで本研究では、ウイルスが効率よく増殖する臓器や、感染によってダメージを受ける臓器についてより詳細に調べるとともに、回復後のネコにおける、より長期的なウイルス感染の影響を調べました。またネコがSARS-CoV-2への感染から回復後、再感染するかどうかについても、適応(獲得)免疫の関点から解析しました。

まず、ネコにSARS-CoV-2を感染させ、3、6、10日後に呼吸器を含め全身の臓器における感染性ウイルスを検出したところ、上部呼吸器(鼻、気管)において感染6日目までウイルスの増殖が見られる一方で、下部呼吸器(肺)においては、3日目のみに肺の限られた部分で検出されるに留まりました。また、消化器や心臓、脳といった臓器からは、ウイルスは分離されませんでした。このウイルスが上部呼吸器においてよく増殖することは、ネコ個体間で効率よく伝播することと一致しています。いずれのネコも発熱や体重減少、咳・くしゃみ等の呼吸器症状を示すことはありませんでした。

一方で、感染3、6、10日後のネコの肺を病理解析したところ、感染性ウイルスが肺から検出されなかった個体においても炎症が観察されました。要因として、肺局所におけるウイルスの増殖が要因ではなく、炎症性サイトカイン等の間接的要因により組織が炎症ダメージを受けることが考えられます。

さらに、ウイルスの感染から無症状のまま回復したネコの、感染4週間後の肺の病理解析を行ったところ、慢性化した炎症像が4週間という長期にわたり残存することがわかりました。肺の炎症が特に強いネコでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症患者と同等のダメージが見られました。

これらの結果は、飼いネコが、不顕性の新型コロナウイルス感染により知らぬ間に呼吸器に損傷を負っている可能性を示しています。飼い主はその点を留意し、飼いネコを感染させないように飼育することが肝要です。

ヒトを含め、一度感染した個体がSARS-CoV-2に再感染するか否か、またワクチンの効果がいかに持続しうるか、というのは重要な問題です。

また、再感染の成立の可否を調べるために、SARS-CoV-2に感染し回復したネコ(感染後4週間が経過したネコ)に、同じウイルスを接種したところ、本来ウイルス増殖が見られるはずの、鼻や気管、鼻洗浄液中においてもウイルスが検出されませんでした。すなわち、呼吸器においてウイルスの再感染が成立しなかったことを示します。これは、ウイルス感染から回復した個体、同居ネコからのウイルス感染し回復した個体、両者に共通した知見でした。これらの結果は、一度感染した個体において、新型コロナウイルスに対し免疫記憶が残り再度、同ウイルスに感染しにくくなる「防御的免疫記憶」が(当該実験における4週間という期間では)成立したことを示唆します。

本研究は、米国ウィスコンシン大学との共同研究で行ったものです。本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の一環として得られました。

図1:SARS-CoV-2感染から28日後のネコ(左上3パネル)、および感染28日後にウイルスを再接種し、再接種から21日後のネコ(左下3パネル)の肺の病理像
感染から28日後においても肺には炎症が見られた。また、再感染から21日後の個体では、初期感染28日後の個体より炎症の程度は低かったが、それでも炎症がみられた(右図)。
図2 ネコを用いたSARS-CoV-2再感染実験タイムライン
ウイルスを接種したネコ(図上半分)において、5~6日にわたりその鼻洗浄液中に感染性ウイルスが検出された。初感染から4週間後に再度ウイルスを接種しても、鼻洗浄液中にウイルスは検出されなかった。
もう一群のネコ(図下半分)は、感染ネコとの同居により接触感染し、4~5日間にわたり鼻洗浄液中にウイルスを排出した。これらのネコに、感染から約4週間後にウイルスを接種し、その3日後にウイルスの有無を検索したが、呼吸器を含めいずれの臓器からもウイルスが検出されなかった。

発表雑誌

雑誌名
Emerging Infectious Diseases(オンライン版)
論文タイトル
Protective Immunity and Persistent Lung Sequalae in Domestic Cats after SARS-CoV-2 Infection
著者
Shiho Chiba, Peter J. Halfmann, Masato Hatta, Tadashi Maemura, Shufang Fan, Tammy Armbrust, Olivia M. Swartley, LaTasha K. Crawford, Yoshihiro Kawaoka
DOI
10.3201/eid2702.203884
URL
https://doi.org/10.3201/eid2702.203884

お問い合わせ先

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東京大学医科学研究所 感染・免疫部門ウイルス感染分野
教授 河岡義裕(かわおかよしひろ)
E-mail:kawaoka“AT”ims.u-tokyo.ac.jp
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東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
E-mail:koho“AT”ims.u-tokyo.ac.jp

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掲載日 令和3年1月8日

最終更新日 令和3年1月8日