プレスリリース カニクイザルとコモンマーモセットの全ゲノム配列解読に成功―霊長類による医薬品開発を加速―
プレスリリース
慶應義塾大学
理化学研究所
東京都医学総合研究所
滋賀医科大学
実験動物中央研究所
日本医療研究開発機構
慶應義塾大学理工学部の榊原康文教授、理化学研究所予防医療・診断技術開発プログラムの河合純副プログラムディレクターおよび生命機能科学研究センターの工樂樹洋チームリーダー、東京都医学総合研究所の川路英哉副センター長、滋賀医科大学動物生命科学研究センターの依馬正次教授、実験動物中央研究所マーモセット医学生物学研究部の佐々木えりか部長らの共同研究グループは、創薬研究において利用される非ヒト霊長類モデル動物であるカニクイザル(※1)とコモンマーモセット(※2)の全ゲノム配列を染色体レベルまで、ほぼ完全に解読することに成功しました。カニクイザルは、ヒトと同じ霊長類で、医薬品開発に用いられる前臨床実験(※3)モデル動物としての重要性から、活発な研究が行われています。今回のゲノム解読の成果により、カニクイザルとマーモセットのゲノム情報基盤が整備され、創薬研究における有効性評価、安全性の予測・解釈が容易になり、創薬における新たなイノベーションにつながることが期待されます。本研究成果は、国際論文誌“Scientific Data”に、2021年6月28日に発表されました。
本研究のポイント
- 長いDNA読み取りを可能とする一分子リアルタイムシークエンス(※4)とHi-Cと呼ばれる染色体立体配座捕捉法の二つの最新技術を適用し、カニクイザルのゲノムを解読しました。
- 42本の染色体レベルにまでゲノム配列を復元することができたため、ほぼ完全にカニクイザルのゲノムを解読しました。
- 同手法を用いてコモンマーモセットの高精度なゲノム配列も再構成しました。
研究背景
医薬品開発においては非臨床試験において有効性と安全性が評価されます。そのためヒトに類似する霊長類の実験動物が重要な役割を果たします。特に、旧世界ザルに属するカニクイザルは、ヒトに類似する点が多く、創薬研究の際の実験動物として用いられています。その一方で、これまでのゲノム解読では、複雑な反復ゲノム領域を解決できず、結果としてゲノム配列は断片化されたまま残されていました。さらに、ヒトゲノムの解読配列を参照して染色体レベルに組み上げていたため、カニクイザルのゲノム配列にヒトゲノムのバイアスが入り込むという問題点が生じていました。
研究内容・成果
今回本研究グループは、一分子リアルタイムシークエンスによる長いDNA鎖の読み取り(ロングリード)と、条件の最適化された染色体立体配座捕捉法(Hi-C)データを用い、カニクイザルのゲノムシーケンスと染色体スケールのアセンブリを実行しました。これまでの第二世代シークエンサーには、読み取る長さが短いために複雑な反復ゲノム領域を解決できない、という欠点がありました。この問題を解決するために、ロングリードを可能とする最新鋭DNA配列解析装置(PacBio)とHi-Cと呼ばれる染色体立体配座捕捉法の二つの最新技術を適用しました。またそれらのデータを用いて染色体レベルにまでゲノム配列を再構成するために、複数の手法を組み合わせてアセンブリをする独自のパイプラインを構築しました。
その結果、途中で空白が入ることなく連続してつながっている領域の平均の長さが5倍に伸びました。さらに、Hi-Cデータを用いた染色体スケールの再構成により、ゲノム配列をどれだけ長くつなげることができたかを示す指標N50は、149Mb(1億4,900万塩基)となり、これまで解読された同種のゲノム配列の中でトップクラスの数値を達成しました。このように、42本の染色体レベルにまでゲノム配列を復元することができたため、ほぼ完全にカニクイザルのゲノムを解読したと考えられます。また、同手法を用いてコモンマーモセットの高精度なゲノム配列も再構成しました。
今後の展開
次世代の医薬品として注目されている核酸医薬の開発にはDNA配列の情報が必須であり、今回の高精度なゲノム配列の解読は創薬に大きく貢献するものです。すでに本研究成果を利用した統合データベースD3G(霊長類のゲノムと遺伝子モデル、遺伝子発現情報を含むデータベース、https://d3g.riken.jp/)においてはゲノム配列に詳細な遺伝子モデルが付与され、ゲノムに加えてmRNA/pre-mRNAの配列を検索できるようになっており、製薬企業や規制当局によるオフターゲット(副反応)予測に利用され薬事承認審査を適切に推進する実績をあげています。
今回、本研究成果が権威ある専門誌に掲載されたことは、本研究グループが構築したカニクイザルとマーモセットのゲノム情報基盤の品質の高さを示すとともに、データベースD3Gの創薬研究における信頼性と標準化の向上に資するものです。今後、創薬に携わる研究者(アカデミア・企業)の業務が大きく推進され、創薬における新たなイノベーションにつながることが期待されます。
原論文情報
- 論文名
- Chromosomal-scale de novo genome assemblies of Cynomolgus Macaque and Common Marmoset(カニクイザルとコモンマーモセットの染色体スケールでのゲノムアセンブリ)
- 受理日
- 2021年4月29日
- 掲載誌
- “Scientific Data”, 8, 159(2021)
- doi
- 10.1038/s41597-021-00935-6
- 著者名
- V. Jayakumar, O. Nishimura, M. Kadota, N. Hirose, H. Sano, Y. Murakawa, Y. Yamamoto, M. Nakaya, T. Tsukiyama, Y. Seita, S. Nakamura, J. Kawai, E. Sasaki, M. Ema, S. Kuraku, H. Kawaji, Y. Sakakibara.
- 掲載日
- 2021年6月28日
用語説明
- ※1 カニクイザル
- 旧世界ザルに属し、主に東南アジアに生息する。ヒトに最も近縁な実験動物として、我が国においてワクチンや医薬品の安全性試験に長らく用いられてきた。近年は遺伝子改変技術が進展してヒト病態モデルの作製が簡便になっており、薬効試験への適用が期待されている。
- ※2 コモンマーモセット
- ヒトと同じ霊長類に属し、新世界ザルの一種で、南アメリカ・ブラジル大西洋岸の熱帯・亜熱帯林に生息する。高い繁殖能力を有し、また人獣共通感染症を持たないといった多数の利点から、ヒトモデルの実験動物としてパーキンソン病、アルツハイマー病といった疾患モデルが開発されている。
- ※3 前臨床実験
- 薬の副作用の有無や安全性の評価、疾患モデルの作成による医学研究などを、ヒトの臨床試験で行う前に、マウスなどの動物を用いて行う実験を意味する。
- ※4 一分子リアルタイムシークエンス
- 一分子のDNAポリメラーゼによるDNA合成をリアルタイムに観察することで、核酸の塩基配列を決定する手法。長い塩基配列を読み取れる特徴を持つ。
支援
本研究は,下記機関より資金的支援を受け実施されました.
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(ゲノム創薬基盤推進研究事業)
文部科学省科学研究費(JSPS 18H04127,17H06410)
研究内容についてのお問い合わせ先
発表者
慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 榊原 康文(さかきばら やすぶみ)
TEL:045-566-1791 FAX:045-566-1791
E-mail:yasu“AT”bio.keio.ac.jp
理化学研究所 予防医療・診断技術開発プログラム 河合 純(かわい じゅん)
TEL:045-503-9218 FAX:045-503-9219
E-mail:jun.kawai“AT”riken.jp
公益財団法人 東京都医学総合研究所 ゲノム医学研究センター 川路 英哉(かわじ ひでや)
TEL:03-5316-3128(ex.3140) FAX:03-5316-3150
E-mail:kawaji-hd“AT”igakuken.or.jp
理化学研究所 生命機能科学研究センター 工樂 樹洋(くらく しげひろ)
TEL:078-306-3048 FAX:078-306-3048
E-mail:shigehiro.kuraku“AT”riken.jp
滋賀医科大学 動物生命科学研究センター 依馬 正次(えま まさつぐ)
TEL:077-548-2334 FAX:077-543-1990
E-mail:mema“AT”belle.shiga-med.ac.jp
公益財団法人 実験動物中央研究所 佐々木 えりか(ささき えりか)
TEL:044-201-8510 FAX:044-201-8511
E-mail:esasaki“AT”ciea.or.jp
本リリースの配信元
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TEL:03-5427-1541 FAX:03-5441-7640
Email:m-pr“AT”adst.keio.ac.jp
慶應義塾
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国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課ゲノム創薬基盤推進研究事業事務局
〒100-0004 東京都千代田区大手町一丁目7番1号 読売新聞ビル22F
TEL:03-6870-2228 FAX:03-6870-2244
E-mail:genomic-medicine“AT”amed.go.jp
※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。
関連リンク
掲載日 令和3年6月30日
最終更新日 令和3年6月30日