プレスリリース 光照射により局所脳内血流を操作する技術を開発―血流と神経活動と行動の三者を結ぶ基礎データを公開―

プレスリリース

慶應義塾大学医学部
実験動物中央研究所
日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の阿部欣史特任助教、田中謙二准教授らと、東北大学、実験動物中央研究所、東京大学、新潟大学、電気通信大学の共同研究グループは、光照射によって脳内局所血流を自由に増加・減少できる操作技術を開発し、マウスに実装しました。光操作の結果、脳血流が時間経過とともにどのように変化するか(タイムコース)、かつどのような空間的な広がりを持つのかを具体的に示し、人為的に操作された脳内血流変動が神経活動やマウスの行動に反映される具体例を示しました。

神経活動の増加に伴って脳内の局所血流が増加することは広く知られています。また脳梗塞などの不可逆的な血流遮断が脳の機能を障害することもよく分かっています。しかし、可逆的・局所的な血流変化が、神経活動を具体的にどのように変化させ、行動をどのように変化させるのか分かっていませんでした。そこで研究グループは、オプトジェネティクス(注1)と呼ばれる技術を血管に適用し、脳血流を光で操作する技術を開発しました。その結果、麻酔なしで、自由に行動するマウスの脳血流を操作することが可能になりました。ヒトの脳血流検査で報告されるさまざまな病態をモデル動物で模倣させることが可能になり、病態を理解することや、血流をターゲットにした治療法を開発することが期待されます。

今回の研究成果は、2021年7月28日(米国東部標準時)に『Cell Reports』のオンライン版に掲載されました。

研究の背景と概要

神経活動変化と脳内血流変動が密接に関わっていることは広く知られています。例えば、神経活動が高まることで、その神経細胞周辺の局所血流が増加します。また、脳梗塞などの不可逆的な血流遮断が神経細胞死を引き起こすことにより脳機能の障害が生じることもよく分かっています。しかし、可逆的・局所的な血流変化が、神経活動を具体的にどのように変化させ、また行動をどのように変化させるのかまでは分かっていませんでした(図1左)。

図1.本研究のねらい
血流変化が脳内に及ぼす影響を解明するために(左)、光で血流を操作する技術を開発(右)

その原因の一つに、脳内の局所血流を人為的に操作できる技術が整備されていなかったことが挙げられます。そこで本研究グループは、オプトジェネティクスを血管細胞に適用することで、脳内の任意領域で血流を増減させる技術を開発しました(図1右)。そして、この技術をマウスに実装しました。

まず、血管細胞にチャネルロドプシン2(ChR2)または光活性型アデニル酸シクラーゼ(PAC)というタンパク質を発現させる2種類の遺伝子改変マウスを作成しました。光ファイバーを任意の脳領域に挿入し、光刺激することで、ChR2によって血流が減少し、PACによって血流が増加します(図2A)。このマウスを用いて、①光刺激によって誘導された脳血流変化のタイムコース(図2B)、②光刺激によって誘導された脳血流変化の空間的な広がり方(図2C)を明らかにし、③この血流変動は可逆的であり、繰り返し誘導出来ること、④この血流操作技術を自由行動下(麻酔なし)のマウスに適用できること、を示しました。特に、血流変化の時間経過が数十秒から分の単位で起こること、血流変化の空間的な広がりが光強度に依存することは、今後の血管オプトジェネティクス研究にとって有用な情報です。

図2.オプトジェネティクスを用いた血流操作技術
A 血管細胞にChR2またはPACを発現させ、光照射によって脳血流を減少または増加させた。
B 血流変動タイムコースをドップラー法により調べた。
C 脳血流変動の空間的な広がりをfunctional MRIにより調べた。青▽は光刺激を行った脳断面を表す。

次に、この血流操作技術を用いて、人為的に操作された脳血流変動が神経活動やマウスの行動にどのような影響を与えるのか調べ、脳血流が脳に及ぼす影響の具体例を示しました。マウスの腹側線条体(注2)の血流を34±3.3%減少させると(図3A)、腹側淡蒼球の神経細胞の発火が87±3.4%抑制されること(図3B)、マウスの運動量を89±4.7%減少させること(図3C)、を明らかにしました。この時、血流の減少(光刺激後0.5±0.1秒で血流が減少)→神経細胞の発火の減少(光刺激後11.4±1.4秒で発火が減少)→マウスの行動量の減少(光刺激後22.2±1.4秒で行動量が減少)の順に連続的に誘導されていることが分かりました。

図3.脳血流変化が神経活動やマウスの行動に及ぼす影響の具体例
  1. 光刺激により血流が減少する。
  2. 光刺激により神経細胞の発火頻度が減少する。
  3. 光刺激によりマウスの走るスピードが減少する。

一方これに対して、腹側線条体の血流を増加させても、神経細胞の発火やマウスの行動量に変化は見られませんでした。

研究の成果と意義・今後の展開

これまでにも血流をオプトジェネティクスで操作する報告はあります。しかし、いずれの報告も、マウスが自由に動けない状況(麻酔下または覚醒下であったとしても頭を固定されている状態)での報告でした。また、血流変化がどの程度の広がりをもつのか、言い換えるとどの程度限局しているのか報告がありませんでした。それゆえ、血流操作と行動変容の対応付けに神経基盤を組み入れることが困難でした。そこで、操作された脳血流のタイムコースと空間的な広がり方を提示した上で、神経活動と行動の評価を行いました。

今回の研究では、脳内の任意領域で血流を増減させる技術を開発するに留まらず、自由行動下における適用拡大と、光強度に依存した血流変化の空間的な広がりが確認できることを提示しました。その結果、局所脳血流と、その血流支配下にある神経活動と、行動との3者の相互関係を明らかにする方法論として活用できることを提示しました。

さまざまな神経疾患や精神疾患において、脳血流の増減が報告されています。それらの疾患で見い出される脳血流の増減をモデル動物で模倣することが可能になれば、その脳血流変化と神経活動変容や行動変容と因果関係を明らかにする研究が可能になります。これにより、神経・精神疾患の病態生理を、脳血流変化から理解することが期待されます。また血流をターゲットにした治療法を開発することも期待されます。

特記事項

本研究は、JSPS科研費JP18J00922、JP19K16298、JP19K06944、JP16H06276、JP19H03337、JP15H05879、JP20H05896、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクトにおける研究開発課題「双方向トランスレーショナルアプローチによる精神疾患の脳予測性障害機序に関する研究開発」、慶應義塾次世代研究プロジェクト推進プログラム、および公益財団法人武田科学振興財団医学研究助成の支援を受けて行われました。

論文

英文タイトル
Optical manipulation of local cerebral blood flow in the deep brain of
freely moving mice.
タイトル和訳
マウス自由行動下における脳深部領域での局所脳血流を光操作する技術
著者名
阿部欣史、Kwon Soojin、大石光洋、畝川美悠紀、高田則雄、関布美子、小山隆太、阿部学、崎村建司、正本和人、富田裕、岡野栄之、虫明元、田中謙二
掲載誌
Cell Reports(オンライン版)
DOI
10.1016/j.celrep.2021.109427

用語解説

(注1)オプトジェネティクス
一般的には、オプシンタンパクを神経細胞に発現させておき、光照射によって神経活動を興奮もしくは抑制する技術を示します。本研究では、血管細胞にオプシンタンパク質(ChR2)または光活性型タンパク質(PAC)を発現させておき、光照射によって血流を増加または減少させる技術のことを示します。一般的には、光ファイバーを通じて神経細胞に光を照射し、秒単位で神経細胞を興奮、抑制させることができます。れに対して本研究では、光ファイバーを通じて血管細胞に光を照射し、分単位での血流の増減を可能とします。
(注2)腹側線条体
腹側線条体は大脳基底核の一部であり、意欲や情動の機能に関与しており、運動制御への直接的な関わりはありません。その背側には背側線条体が存在し、背側線条体は運動を制御しています。脳底部から腹側線条体、背側線条体へと血管が走行しているので、腹側線条体の強い血流操作によって、下流である背側線条体の血流も変わり、運動機能に影響を与えたと考察しています。

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本発表資料のお問い合わせ先

慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室
准教授 田中 謙二(たなか けんじ)
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E-mail:kftanaka@keio.jp

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革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト
E-mail:brain-m“AT”amed.go.jp

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掲載日 令和3年7月28日

最終更新日 令和3年7月28日