プレスリリース 転写因子KLF5が筋萎縮の発症に重要であることを発見―KLF5の働きを抑える薬が筋萎縮を防ぐ治療法となる可能性―

プレスリリース

日本医科大学
東京医科歯科大学
千葉大学
日本医療研究開発機構

ポイント

  • 筋萎縮は、加齢・低栄養・低重力・運動不足など様々な要因によって生じます。
  • 本研究では、KLF5という因子が筋萎縮を促進すること、KLF5の働きを抑えるAm801)という薬剤が、マウスにおいて筋萎縮の発症を抑制することを明らかにしました。
  • この成果は、KLF5を標的した新たな筋萎縮治療・予防法の開発へと道を拓く可能性があります。

概要

日本医科大学生化学・分子生物学(代謝・栄養学)の劉琳研究員、小池博之助教、大石由美子教授らの研究グループは、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学分野の中島友紀教授、千葉大学大学院医学研究院疾患システム医学の眞鍋一郎教授との共同研究で、転写因子Krüppel-like factor5(KLF5)が筋萎縮を促進することを明らかにするとともに、KLF5の働きを抑えるAm80という薬剤を飲むことにより、筋萎縮の発症が防げる可能性を新たに発見しました。

この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「細胞代謝が規定するマクロファージの多様性に基づく筋修復メカニズムの解明」(研究開発代表者:大石由美子)、文部科学省科学研究費補助金等の支援のもと行われたもので、その研究成果は2021年8月16日午後3時(米国東部時間)、国際科学誌であるProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America誌で公開されました。

研究の背景

骨格筋の萎縮は、寝たきりの生活や運動不足、低栄養、低重力など様々な要因によって起こります。加齢に伴う筋萎縮はサルコペニアと呼ばれ、高齢者が生活の質を損なう主因となるため、高齢化社会を迎えたわが国における重要な問題となっています。しかし、筋萎縮に対する効果的な治療・予防法はなく、新たな治療法を開発するには、筋萎縮を制御するメカニズムを明らかにする必要がありました。

研究成果の概要

今回、大石教授らの研究グループは、萎縮したマウスの筋肉ではKLF5という転写因子が増加することを見つけました。また、KLF5の機能を阻害するAm80という薬剤をマウスに飲ませると、筋萎縮が起こりにくくなることを明らかにしました。

研究グループが着目したのは、Znフィンガー型転写因子2)のファミリーKrüppel-like factor family of transcription factor(KLFs)に属するKLF5という分子です。

後ろ肢に体重がかからないような装置でマウスを飼育すると、3日目には後ろ肢の筋重量が減り、萎縮を起こました。このとき、萎縮した筋肉ではKLF5が一時的に増加していました。

次に、骨格筋特異的にKLF5遺伝子を欠損したマウスを、同様に後ろ肢に体重がかからないような装置で飼育すると、筋肉の萎縮が抑制されました。このことから、筋萎縮の発症に、KLF5が重要な働きを担うことがわかりました。

また、KLF5の働きは、Am80という薬剤によって抑制することができました。マウスにAm80を飲ませておくと、後ろ肢に体重がかからない状態で飼育しても、筋萎縮が起こりにくくなりました。

さらに、ヒトにおいても、加齢や寝たきりの生活では筋肉におけるKLF5の発現が増加することが確認されました。これらの結果は、KLF5がサルコペニアなどヒトの筋萎縮の病態にも関与している可能性を示唆しています。

【図1】KLF5の働きを抑制すると筋肉の萎縮を防ぐことができる
  1. 後ろ肢に体重がかからない状態でマウスを飼育すると(尾懸垂)、後肢の萎縮を生じる。
  2. 後肢筋肉における遺伝子発現。尾懸垂開始から3日目には、筋萎縮が起きていることを示すFbxo32とKlf5の遺伝子発現が有意に上昇した。
  3. 対照マウスでは尾懸垂により後肢筋重量/体重比が低下したが、骨格筋特異的にKlf5を欠損すると後肢筋重量/体重比の減少が抑制された。
  4. Klf5阻害薬Am80を飲ませたマウスでは、尾懸垂3日目における後肢筋重量/体重比の減少が抑制された。
  5. 尾懸垂3日目の後肢筋肉における筋萎縮マーカー遺伝子Fbxo32遺伝子発現。Am80を飲ませたマウスではFbxo32の誘導が抑制された。

研究の意義・今後の展開

本研究ではKLF5がマウスやヒトの筋萎縮の発症を制御すること、マウスにおいてKLF5の働きを阻害すると筋肉の萎縮を防げることを明らかにしました。本研究で用いた、KLF5機能を阻害するAm80という薬剤は、すでに前骨髄球性白血病の治療薬として使われているもので、その安全性や安定性は確立されています。KLF5の抑制薬は、筋萎縮に対するよい治療・予防法となる可能性が示唆され、今後の展開が期待されます。

【図2】今後の展開
加齢や低栄養、寝たきりの生活で筋肉が萎縮すると、KLF5が増加している。Am80というKLF5の働きを抑える薬剤を飲むことで、筋肉の萎縮を防ぐことができる。

用語解説

1)Am80(一般名タミバロテン)
ビタミンAの活性代謝物。ビタミンAは体内で代謝されてオールトランスレチノイン酸(ATRA)となり、レチノイン酸受容体に結合して生理活性を示す。Am80はATRAと同じくレチノイン酸受容体を活性化する合成化合物で、急性前骨髄球性白血病の治療薬として使われている。
2)Znフィンガー型転写因子
遺伝子の発現調節部位にある特定の遺伝子配列に結合し、遺伝子の発現を調節する機能をもつ「転写因子」の一種。遺伝子と結合する領域に、亜鉛(Zn)を含む特徴的な構造をとる一群の転写因子を指す。

論文情報

雑誌名
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル
Identification of a novel KLF5-dependent program and drug development for skeletal muscle atrophy
著者
Lin Liu, Hiroyuki Koike, Takehito Ono, Shinichiro Hayashi, Fujimi Kudo, Atsushi Kaneda, Hiroyuki Kagechika, Ichiro Manabe, Tomoki Nakashima, and Yumiko Oishi
著者(日本語)
劉琳、小池博之、小野岳人、林晋一郎、工藤藤美、金田篤志、影近弘之、眞鍋一郎、中島友紀、大石由美子

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ

日本医科大学 
生化学・分子生物学(代謝・栄養学)教室
大学院教授 大石 由美子
TEL:03-3822-2131(内線:5238)
E-mail:y-oishi“AT”nms.ac.jp

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掲載日 令和3年8月24日

最終更新日 令和3年8月24日