プレスリリース 他者の予想外の行動に反応するニューロンを発見―他者行動をモニタリングする際の情報処理をする脳領野が明らかに―
プレスリリース
自然科学研究機構生理学研究所研究力強化戦略室
日本医療研究開発機構
他者の行動を予測することは社会生活を営む上で非常に重要な能力ですが、その神経基盤については現在も多くが不明なままです。今回、自然科学研究機構生理学研究所の二宮太平助教、則武厚助教、磯田昌岐教授は、サルの上側頭溝中間部に、他者の行動に反応するニューロンや、他者が予想外の行動をした時に応答するニューロンが多く存在すること、またこれらのニューロンはディスプレイ内の他者よりも目の前にいる他者の行動に、より強く応答することを明らかにしました。本成果は、他者の意図推定などに関わる社会的認知機能の神経基盤の理解および、その機能不全が原因とされる自閉スペクトラム症などの脳病態の解明につながる足掛かりになると期待されます。本研究結果は、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America誌に掲載されました。
概要
私たちは日常的に他者の行動を観察し、そこから、直接観察することができない他者の信念、意図、欲求等を推測しています。メンタライジングと呼ばれるこの社会的認知機能は、複雑な集団を形成・維持する社会的な動物であるヒトにとって基盤となる能力です。こうした他者行動のモニタリングに関連した脳領域のひとつとしてヒトでは側頭頭頂接合部が重要であることが、ヒトを対象とした脳機能イメージングの研究によりわかってきました。しかし、ヒトの側頭頭頂接合部に存在する個々の神経細胞(ニューロン)が、他者の行動情報をどのように表現しているかについては、これまで明らかにされていませんでした。近年、ヒト側頭頭頂接合部がサルの上側頭溝中間部*1(mid-STS)に相当することを示唆する報告がありました。そのためサルを対象として、時間・空間解像度に優れた電気生理学的手法を適用することで、mid-STSにおいて他者の行動情報がどのように処理されているのかを詳細に解析しました。
まず社会的行動選択課題と呼ばれる、互いに相手の行動を参考にして、それを利用することで、自分の行動を適切に導けるようなタスクを考案しました(図1A)。2頭のサルは3試行ごとに交代で、3つのボタンから1つを選択します。正解ボタンを選べば報酬(ジュース)がもらえます。どれが正解ボタンかは11~17試行毎に予告なしに変わるため、報酬を多く得るには他者の行動とその結果に関する情報を利用することが求められます。実験では、課題をおこなう相手として、本物のサル(実在他者)だけでなく、録画再生されたディスプレイ上のサル(映像他者)、そしてディスプレイ上の棒状の物体(映像物体)という3種類の条件を設定し、本物の他者が目の前にいることが、どのように課題遂行や神経活動に影響を及ぼすのかについても検討しました(図1B)。
課題をおこなっている際のmid-STSにおいて、単一神経細胞活動記録法*2を用い、ニューロンの活動を計測・解析すると、自他の行動に関する3種類のニューロンが存在することがわかりました。すなわち自分が行動選択している時に活動する自己ニューロン、相手が行動選択しているのを観察している時に活動する他者ニューロン、そのどちらでも活動するミラーニューロンです(図2A)。これらの中で、他者ニューロンが最も多く、全体の半分を占めていました。また興味深いことに、他者ニューロンの中には、他者が予想と異なる行動を行った際に特に活動を上昇させるものが存在しました。これらの他者ニューロンは、予想外の報酬が提示された場合には全く応答しなかったことから、予想外の出来事全てに反応しているわけではなく、他者の行動に特異的な予測誤差を表現している可能性があります(図2B)。さらに他者ニューロンは、ディスプレイ内の他者ではなく、実在の他者と直接対面してタスクを行う際に、最も強く応答することがわかりました。一方でディスプレイ内の他者に対する反応は、映像物体と同等の比較的弱い反応でした(図2C)。
これらの結果から、mid-STSのニューロンは他者の行動や他者行動の予測誤差に反応していること、またディスプレイ上ではなく目の前にいる他者に対して、強い反応を示すことが明らかになりました。
磯田教授は「ヒトのメンタライジングシステムの重要領域である側頭頭頂接合部に相当するサルの上側頭溝中間部を対象として、個々のニューロンの電気的活動を詳細に調べることで、他者行動の情報処理における役割を明らかにすることができました。本研究成果は、近年関心が高まっている、他者の意図を推定するメンタライジング機能の計算論的モデルに関する電気生理学的基盤の提供、ひいては自閉スペクトラム症などの神経発達障害の病態解明へと繋がっていくことが期待されます。」と話しています。
助成金について
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム「柔軟な環境適応を可能とする意思決定・行動選択の神経システムの研究 (意思決定)」、「科研費・基盤gb研究B(課題番号19H03344)」「科研費・特別推進研究(課題番号19H05467)」および「科研費・基盤研究C(課題番号21K07267)」の助成を受けて行われました。
用語解説
- *1 上側頭溝中間部(mid-STS)
- 大脳の側頭葉に位置する上側頭溝と呼ばれる脳溝に沿った脳領域のうち、特に中間部を指す。
- *2 単一神経細胞活動記録法
- 一つの神経細胞の活動電位を細胞間隙に配置した電極から記録する方法。これにより、個々の神経細胞の活動タイミングや活動パターンがわかる。
今回の発見
- 上側頭溝中間部(mid-STS)には他者の行動に反応するニューロン(他者ニューロン)が多く存在することを明らかにしました。
- mid-STSの他者ニューロンの一部は、予想と異なる他者の行動に特に応答する、すなわち他者の行動の予測誤差を表現していることを明らかにしました。
- mid-STSの他者ニューロンは、ディスプレイ内の他者ではなく、実在他者と課題をおこなう際に活動が最も大きくなることを明らかにしました。
この研究の社会的意義
本研究成果は、メンタライジング機能の理解や計算論的モデルの構築・検証をおこなう上で非常に重要な知見を提供します。またメンタライジング機能の障害は、自閉スペクトラム症の主な症状でもあることから、今後さらにその神経基盤を明らかにしていくことで、同症の脳病態を明らかにできるのではないかと期待されます。
論文情報
- 論文タイトル
- Live agent preference and social action monitoring in the macaque mid-superior temporal sulcus region
- 著者
- Taihei Ninomiya, Atsushi Noritake and Masaki Isoda
- 掲載誌
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(2021年10月30日に掲載)
お問い合わせ先
研究について
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達機構研究部門
教授 磯田 昌岐(イソダ マサキ)
TEL:0564-55-7761 FAX:0564-55-7868
E-mail:isodam"AT"nips.ac.jp
広報に関すること
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL:0564-55-7722 FAX:0564-55-7721
E-mail:pub-adm"AT"nips.ac.jp
AMED事業に関すること
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掲載日 令和3年11月1日
最終更新日 令和3年11月1日