プレスリリース がん細胞を長期間攻撃し続けられるT細胞の作製に成功―次世代型CAR-T細胞療法の開発へ向けて―

プレスリリース

愛知県がんセンター
日本医療研究開発機構

ハイライト

  • がん免疫療法の1つであるCAR-T細胞療法*1では、投与されるCAR-T細胞が体内で長生きすることが治療効果にとって重要ですが、従来の製造方法ではがん細胞への攻撃とともに老化が進み、長期間の維持が多くの場合に困難でした。
  • CAR-T細胞の製造段階でPRDM1という遺伝子を欠失させることにより、体内で長期にわたり生き残ることを実験動物モデルで示しました。
  • PRDM1遺伝子欠失技術はがんの種類を問わず、あらゆるCAR-T細胞療法にその治療効果を高める目的で応用できる可能性があります。

概要

がんに対する免疫療法の一種であるCAR-T(カー・ティー)細胞療法*1は、患者さん自身の血液から免疫細胞(T細胞)を取り出し、がん細胞を攻撃できるように体の外で加工して注射を行う新しい治療法です。一部の血液がんでは実際の臨床現場でも用いられていますが、その他の多くのがんでは確実な治療効果は未だ報告されていません。体の中でCAR-T細胞が増えながらがん細胞を攻撃する過程でT細胞の「老化」が進んでしまい、長期間にわたる治療効果が得られにくいことが問題点としてわかっていますが、通常の製造方法ではCAR-T細胞の老化を止めることは不可能でした。

愛知県がんセンター腫瘍免疫応答研究分野の籠谷勇紀分野長らの研究グループは、CAR-T細胞療法を改良するための研究を進め、「PRDM1」という遺伝子を欠失させることで、体内に戻した後に長期間にわたって生き続ける能力をCAR-T細胞に与えられることを示しました。PRDM1は細胞の性質を遺伝子のレベルで広く制御する「エピジェネティック因子」*2と呼ばれるものの1つで、このPRDM1遺伝子をCAR-T細胞を製造する過程でCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)*3というシステムを使って選択的に欠失させることに成功しました。PRDM1欠失CAR-T細胞は、がん細胞への攻撃能力を維持したまま、長期間にわたって体内に生存する「メモリー(記憶型)T細胞」としての性質を獲得できることがわかりました。健常者の血液から作製したPRDM1欠失CAR-T細胞を、がん細胞を移植した実験動物(マウス)モデルに投与すると、通常のCAR-T細胞と比べて体内に長期間生き残り、腫瘍の再発を持続的に抑え続けられることを確認しました。

さらに、腫瘍免疫制御TR分野、婦人科部、呼吸器外科部、遺伝子病理診断部との共同研究により、肺がん、卵巣がん、子宮がんなどの患者さんの体内に存在する腫瘍浸潤リンパ球 (TIL)*4においてもPRDM1を欠失させたところ、やはり長期間生き残る能力のあるメモリーT細胞としての性質を獲得できることを確認しました。このことからTILを使ってがん細胞を攻撃させる「TIL療法」にも、本研究の技術が応用できる可能性が示されました。

本研究成果は、令和3年12月4日(日本時間)に、米国血液学会誌「Blood」オンライン版 に掲載されました。

研究の背景

免疫の力を使ってがん細胞を攻撃させる「がん免疫療法」が、従来治療が難しかったがんに対する新しい治療法として注目されています。免疫療法には様々な方法がありますが、この中でもキメラ抗原受容体導入T細胞療法、いわゆる「CAR-T(カー・ティー)細胞療法」は、患者さん自身の血液から主要な免疫細胞の1つであるT細胞を取り出し、CARという遺伝子を外から導入することで、がん細胞だけを選択的に攻撃できるように加工して製造します。このようにして作られたCAR-T細胞を患者さんに注射することで、特定の目印を出しているがん細胞を強力に攻撃することができ、一部の血液がん(白血病、悪性リンパ腫)に対して非常に高い有効性を示したことから、2019年から保険診療においても用いられるようになっています(図1)。同じような戦略で他の様々ながんに対しても、CAR-T細胞による治療効果が臨床試験を通じて検証されていますが、今のところ十分な治療成績は得られていません。また現在認可されている血液がんに対するCAR-T細胞療法においても、治療後に再びがん細胞が出てくる再発例が多く、さらに治療効果を高める必要があります。

図1.CAR-T細胞療法の概要。

長期にわたってCAR-T細胞療法の治療効果を維持する上で、注射されたCAR-T細胞が体内で長生きすることが重要であることがわかっています。これによりがん細胞を継続的に攻撃し、再発しないように監視し続けられるためです。T細胞には本来そのような性質があり、攻撃を終えた後にメモリー(記憶型)T細胞と呼ばれる状態に一部が変化し、数年~数十年にわたり体内で生き残ることができます。しかしがん治療に用いられるCAR-T細胞は、体の外で大量に増やしてから注射すること、また、体内でもがん細胞と出会い、相手を攻撃する過程でも増殖を続けることから「老化」が進み、多くの場合で長期間にわたり生存するメモリーT細胞の状態を維持できていないことがわかっています。従来の製造方法ではCAR-T細胞の老化を止めることは難しく、このことが治療効果を短期間で終わらせてしまう原因の1つとして挙げられています。

研究内容と成果

本研究では、T細胞の性質を遺伝子のレベルで改造することで、老化が進みにくく、長期間にわたり生存する能力を持つCAR-T細胞を作製することを試みました。特定のタンパク質をコードする遺伝子は20,000種類以上あることが知られていますが、この中でも細胞の性質を大きく変化させられる「エピジェネティック因子」と呼ばれるグループをコードしている遺伝子に着目し、とりわけ老化したT細胞で活性が上昇しているエピジェネティック因子に絞って探索を行いました。その過程で、PRDM1という遺伝子をCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)というシステムを使って選択的に欠失させると、増殖の過程でCAR-T細胞の老化が進みにくくなることを見出しました。

健常者の血液から作製したPRDM1欠失CAR-T細胞を、がん細胞を移植した実験動物(マウス)モデルに投与すると、通常のCAR-T細胞と比べて体内に長期間にわたって生き残り、その結果として腫瘍の再発を持続的に抑え続けられることを確認しました。すなわち、PRDM1欠失CAR-T細胞は、がん細胞への攻撃能力を維持したまま、長期間にわたって体内に生き残る「メモリー(記憶型)T細胞」としての性質を獲得・維持できていることがわかりました。CAR-T細胞は、どの目印を標的とするかによって多数のタイプが開発されており、今回の研究では臨床でも用いられているCD19というタンパク質を狙うCAR-T細胞を中心に、複数のタイプでPRDM1欠失型CAR-T細胞を作製しましたが、いずれにおいても同様に、がん細胞を攻撃する過程でメモリーT細胞としての機能を維持できることを確認しました(図2)。

図2.PRDM1遺伝子の欠失によるCAR-T細胞の強化。

さらに、腫瘍免疫制御TR分野、婦人科部、呼吸器外科部、遺伝子病理診断部との共同研究により、肺がん、卵巣がん、子宮がんなどの患者さんの体内に存在する腫瘍浸潤リンパ球(TIL)においてもPRDM1遺伝子を欠失させたところ、やはり長期間生き残る能力のあるメモリーT細胞としての性質を獲得させられることがわかりました。TILはもともと体の中に存在する、がん細胞を攻撃する能力を持ったT細胞と考えられており、これを体の外で増やして患者さんに注射するTIL療法が開発されていますが、長期にわたる有効性は示されていません。また、TILは体の中でがん細胞を攻撃する過程で老化が進んでいることから、CAR-T細胞以上に長期間にわたって生存する能力が低下していることがわかっています。本研究で開発したPRDM1欠失技術がTIL療法においても有用であることが示唆されます。

今後の展望

本研究で開発したPRDM1欠失型の長期生存する能力を持つT細胞は、CAR-T細胞療法をはじめとした免疫細胞療法全般に応用できる可能性が示されました。さらに複数の治療モデルを用いた治療効果の検証、安全性の確認を進めることで、持続的な治療効果を持つ免疫細胞療法の開発につなげたいと思います。

研究支援

  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業「エピジェネティクス改変による持続的に疲弊を起こさない抗腫瘍T細胞の開発と養子免疫療法への応用」
  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム(幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム)「エピジェネティクス改変による持続的に疲弊を起こさない抗腫瘍T細胞の開発と養子免疫療法への応用」
  • 独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)
  • タカラバイオ株式会社
  • 愛知県がんセンター重点プロジェクト研究(がん免疫ゲノムプロジェクト)
  • 公益財団法人金原一郎記念医学医療振興財団
  • 公益財団法人安田記念医学財団
  • 公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団
  • 公益財団法人高松宮妃癌研究基金
  • 公益財団法人武田科学振興財団
  • 公益財団法人先進医薬研究振興財団
  • 公益財団法人上原記念生命科学財団
  • 一般社団法人日本血液学会
  • 公益財団法人アステラス病態代謝研究会
  • 公益財団法人持田記念医学薬学振興財団
  • 公益財団法人SGH財団
  • 日本新薬株式会社 (研究助成)
  • ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社(研究助成)

用語解説

*1 CAR-T細胞療法(キメラ抗原受容体導入T細胞療法)
患者さんの体内から取り出したT細胞を、がん細胞を選択的に攻撃できるように体の外で加工して注射する治療法です。ここではB細胞という別の免疫細胞が、特定のタンパク質を認識するために製造・分泌する「抗体」の一部と、T細胞を活性化させてがん細胞への攻撃力を高める分子とを合体させた、人工的な物質の「キメラ抗原受容体」(Chimeric Antigen Receptor:頭文字をとってCARと呼ばれる)を遺伝子レベルでT細胞に導入して用います。
近年行われた臨床試験で、このCAR-T細胞療法が既存の抗がん剤治療では治すことが難しかった急性白血病や悪性リンパ腫に非常に高い効果を示したしたことから注目され、2019年に保険適用となりました。
*2 エピジェネティック因子
細胞の性質は20,000種類以上ある遺伝子の発現レベル(どれぐらいの量が細胞に存在するか)の組み合わせによって決定されます。この遺伝子配列は細胞の核に存在するDNA上の特定の部位に組み込まれており、転写因子と呼ばれるタンパク質が遺伝子周囲の領域などに結合することで発現のオン・オフがコントロールされます。この転写因子が遺伝子領域にアクセスするためには、遺伝子周辺のDNA構造が開いている必要がありますが、この開閉状態をコントロールしているのがエピジェネティック因子で、これにより広範囲にわたる遺伝子の発現レベル制御に重要な役割を果たしています。
*3 CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)
細菌で発見されたシステムで、特定のDNA配列を認識して、その部分を切断することができます。切断されたDNA領域は修復されますが、多くの場合修復の過程でエラーが入り、その部位にある遺伝子が欠失(ノックアウトとも呼ばれる)することになります。このシステムを利用することで、特定の遺伝子のみを細胞内で欠失させることができ、本研究ではPRDM1遺伝子の欠失に応用しています。
*4 腫瘍浸潤リンパ球(TIL)
がん細胞を認識・攻撃できる体の中に存在するT細胞が、がんの組織中に集まっている様子が観察されることがあり、腫瘍浸潤リンパ球、または腫瘍浸潤T細胞(Tumor-Infiltrating Lymphocyte:頭文字をとってTILと略称される)と呼ばれます。このT細胞を体外で増やして注射するTIL療法も免疫細胞療法の1つとして様々ながんに対して臨床試験等が行われています。

掲載論文

タイトル
Genetic ablation of PRDM1 in antitumor T cells enhances therapeutic efficacy of adoptive immunotherapy
著者
Toshiaki Yoshikawa1, Zhiwen Wu1, Satoshi Inoue1, Hitomi Kasuya1, Hirokazu Matsushita2,3, Yusuke Takahashi2,4, Hiroaki Kuroda4, Waki Hosoda5, Shiro Suzuki6, Yuki Kagoya1,7
1Division of Immune Response, Aichi Cancer Center Research Institute, Nagoya, Japan
2Division of Translational Oncoimmunology, Aichi Cancer Center Research Institute, Nagoya, Japan
3Division of Cancer Immunogenomics, Department of Cancer Diagnosis and Therapeutics, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
4Department of Thoracic Surgery, Aichi Cancer Center, Nagoya, Japan
5Department of Pathology and Molecular Diagnostics, Aichi Cancer Center, Nagoya, Japan
6Department of Gynecologic Oncology, Aichi Cancer Center, Nagoya, Japan
7Division of Cellular Oncology, Department of Cancer Diagnosis and Therapeutics, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
掲載誌
Blood
DOI
10.1182/blood.2021012714

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腫瘍免疫応答研究分野 分野長
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E-mail:y.kagoya"AT"aichi-cc.jp

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日本医療研究開発機構(AMED)
再生・細胞医療・遺伝子治療事業部 遺伝子治療研究開発課
再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業(遺伝子治療製造技術開発)
E-mail:gene.therapy"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和3年12月6日

最終更新日 令和3年12月6日