プレスリリース 悪性リンパ腫の非血液細胞を分類・カタログ化した単一細胞アトラスを作製

プレスリリース

国立大学法人筑波大学
国立研究開発法人日本医療開発機構

これまで、正常リンパ節やリンパ組織から発生した血液がんである悪性リンパ腫の進行においては、血管・リンパ管・間質細胞などの非血液細胞注1が微小環境ネットワークを形成し、リンパ節内の正常リンパ球あるいはがん化したリンパ球の行き来や活性化に寄与していると考えられてきましたが、実際のメカニズムは明らかではありませんでした。本研究では、ヒトの正常リンパ節と悪性リンパ腫のリンパ節病変の非血液細胞について、単一細胞レベルで遺伝子発現解析を行うことで、それらの全容についてアトラスを作製しました。その結果、正常リンパ節、悪性リンパ腫とも、血管・リンパ管・間質細胞について、それぞれ10種類、8種類、12種類、合計30種類の細胞サブタイプを同定しました。これらの中には、これまでヒトのリンパ節において知られていなかった全く新たな特徴をもつものも複数含まれていました。また、悪性リンパ腫に際立って活性化している遺伝子群や、悪性リンパ腫と非血液細胞の相互作用に関わる分子群が明らかになりました。さらに、非血液細胞で見られた遺伝子発現変化については、悪性リンパ腫患者の予後の層別化に有用であるものなど多くの興味深い変化が含まれていました。

本研究結果は、悪性リンパ腫の治療開発やバイオマーカーの確立に寄与することが期待される他、今回作製された単一細胞アトラスは、広くがんおよびがん免疫研究の発展に資するプラットフォームになると考えられます。

研究代表者

筑波大学医学医療系
坂田(柳元) 麻実子 教授
千葉 滋 教授

研究の背景

悪性リンパ腫は、リンパ節などのリンパ組織から発生する血液がんであり、血液がんの中では最も頻度が高く、国内外で増加傾向にあります。主に腫瘍細胞に対する抗がん剤治療の開発が進んだことで、悪性リンパ腫の治療成績は向上してきましたが、多くの悪性リンパ腫は依然として根治が困難であるため、腫瘍細胞に加えて腫瘍細胞の周囲にあるさまざまな種類の細胞(微小環境細胞)の変化が治療ターゲットとして注目を集めています。微小環境細胞のうち、固形癌領域においては非血液細胞の変化が腫瘍の増大に寄与すると考えられている一方、悪性リンパ腫においては、限られた少数の報告によって非血液細胞の役割が示唆されているのみで、希少な細胞である非血液細胞の変化についての解析は十分に進んでいませんでした。

また、近年、遺伝子発現を単一細胞ごとに解析するシングルセルRNAシーケンス注2の技術を用いることで、人体のさまざまな組織の多様性が明らかにされていますが、悪性リンパ腫の主要な発生臓器であるリンパ節の非血液細胞成分の大部分が、この技術では未解析の状態であり、リンパ節と悪性リンパ腫の間での非血液細胞の単一細胞レベルでの詳細な比較解析が難しい状況でした。リンパ節は、全身に張り巡らされたリンパ管をつなぐ5mm程度以下の小さな臓器で、リンパ管に入り込んだ細菌やウイルス、がん細胞などの異物を捉え、排除する重要な免疫学的機能を担っており、リンパ節内の非血液細胞はその機能を維持・調整する上で重要な役割を果たしています。そのため、免疫学研究やがん免疫研究の観点からも、リンパ節における非血液細胞の包括的かつ詳細な解析が望まれていました。

リンパ節と悪性リンパ腫検体は、臨床現場から研究のために十分な量を採取できる機会が少ないために、これまで世界的に研究が進んでこなかった背景があります。そこで本研究では、複数の診療科および協力病院との連携により患者サンプルを集積することで、上記の課題に取り組みました。

研究内容と成果

本研究では、ヒトのリンパ節と悪性リンパ腫の非血液細胞の多様性を包括的に明らかにするために、筑波大学附属病院と協力病院から収集したヒト検体を用いて、非血液細胞を抽出し、シングルセルRNAシーケンスを実施しました。リンパ節検体は、固形腫瘍に対するリンパ節郭清術注3を受けた患者のリンパ節検体の内、腫瘍転移がないことを確認した9つの臨床検体を使用しました。リンパ腫検体は、過去の研究により最も非血液細胞に関する知見が蓄積されている濾胞性リンパ腫注4を主要な解析対象(10検体)とし、過去の知見を検証しながら新規の知見を探索しました(図1)。

図1 本研究の概要

ヒトリンパ節と濾胞性リンパ腫の非血液細胞に対して実施したシングルセルRNAシーケンスの遺伝子発現情報を統合し、クラスタリング解析注5により分類を試みたところ、3つの非血液細胞の大きな分画(血管内皮細胞注6、リンパ管内皮細胞注7、非内皮性間質細胞注8)があり、それらはさらにそれぞれ10種類、8種類、12種類の異なったサブタイプに細かく分かれることを見いだしました。このようにして、ヒトリンパ節非血液細胞の単一細胞レベルのアトラス(単一細胞アトラス)注9を構築しました(図2)。それぞれのサブタイプの存在とリンパ節内での局在を、免疫染色法により病理学的に確認し、遺伝子発現データからそれらの細胞の発生要因や機能について推定を行いました。

図2 ヒトリンパ節の非血液細胞の単一細胞アトラス

この単一細胞アトラスを用いて、濾胞性リンパ腫における腫瘍細胞である悪性B細胞と非血液細胞のデータについて、包括的な比較解析を行ったところ、遺伝子発現変化のパターンはそれぞれの非血液細胞サブタイプによって大きく異なっていることが明らかとなり、リンパ腫の非血液細胞では報告されていない発現変化も多数観察されました。一部の発現変化は、固形がんの間質細胞においてもがん形成を促進することが知られているものも含まれていました。また、悪性B細胞と非血液細胞との細胞間相互作用の変化も、サブタイプごとにさまざまに調節されていることが分かりました(図3)。

図3 濾胞性リンパ腫における非血液細胞サブタイプと悪性B細胞の細胞間相互作用

さらに、この遺伝子発現の変化のデータセットと、過去に公開されている濾胞性リンパ腫のマイクロアレイ解析注10のデータセットを組み合わせることで、非血液細胞に由来する遺伝子発現の変化のうち、患者予後に関連する因子(LY6HLOXTDO2REM1)を抽出することに成功しました(図4)。加えて、この単一細胞アトラスを用いた非血液細胞の解析は濾胞性リンパ腫以外のリンパ腫タイプの解析にも適用可能であることが確認されました。

図4 非血液細胞由来の遺伝子(LY6HLOXTDO2REM1)発現による予後予測(a:遺伝子の発現値による全生存率の層別化。b:多変量解析注11による予後因子の抽出)

今後の展開

本研究は、世界で初めて、ヒトのリンパ節と悪性リンパ腫の非血液細胞に対して包括的にシングルセルRNAシーケンスにて解析を行ったものです。今回構築された単一細胞アトラスは、ヒトリンパ節の非血液細胞の分類学をアップデートするものであり、今後のがん研究、免疫学研究などへの幅広い応用が期待されます。また、悪性リンパ腫の非血液細胞との詳細な比較解析により、悪性リンパ腫研究に有用な遺伝子発現データセットを構築しました。このような遺伝子発現や細胞間相互作用の変化についての知見、抽出された予後因子は、新たな治療や予後予測システムの開発に広く役立つものと考えられます。

用語解説

注1)非血液細胞
血液中に存在する細胞(リンパ球や好中球、単球など)に共通した特徴を持たない細胞の総称。本研究では具体的に血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、非内皮性間質細胞を示す。
注2)シングルセルRNAシーケンス
次世代シーケンサーを用いて、一つひとつの細胞が個々に保持しているメッセンジャーRNAの発現量を網羅的に調べる方法。近年急速に進歩している先端的解析技術。
注3)リンパ節郭清術
がんのリンパ節転移がある、あるいは疑われるリンパ節を検査あるいは治療目的に外科的に切除する術式。
注4)濾胞性リンパ腫
悪性リンパ腫の中の亜型の一つ。全悪性リンパ腫の中で2番目に頻度が高く、緩徐進行型の悪性リンパ腫の中では最も頻度が高い。患者全体の平均生存期間は10年程度と長いものの、根治は依然困難であり、再発を繰り返し治療に難渋する場合も多い。
注5)クラスタリング解析
各細胞の遺伝子発現データを元に、次元圧縮などの数理学的な手法を用いて、遺伝子発現の特徴が近い細胞を同じ細胞種と、特徴が異なる細胞を異なる細胞種と決定する解析。
注6)血管内皮細胞
血管の内表面を覆う細胞。血液と周囲の組織との間での細胞移動や、栄養素や老廃物、酸素や二酸化炭素などの物質交換を担っている。
注7)リンパ管内皮細胞
リンパ管の内表面を覆う細胞。組織からリンパ管に流れ込んだ液体(リンパ液)の輸送を担う他、リンパ節においては特定の血液細胞のリンパ節内への取り込みにも働くことが知られている。
注8)非内皮性間質細胞
本研究における血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞以外の雑多な非血液細胞の総称。線維芽細胞などの組織の構造を形成・維持する役割を担う細胞が含まれる。
注9)アトラス(単一細胞アトラス)
一つひとつの細胞の種類や系統などを分類してカタログ化し、位置情報を記載したマップデータ。新たにある細胞のデータを取得した際、アトラスと比較することで、その細胞の種類や系統を推定することができる。また、がんや免疫異常などの疾患がある場合に、特定の細胞の特徴がアトラスと異なっているようであれば、その疾患における特徴的な変化であることを推定するのに役立つ。
注10)マイクロアレイ解析
数万箇所以上に区切られた微小な基板の上にDNAの部分配列を高密度に配置し、固定した解析ツール(DNAマイクロアレイ)を用いて、目的の細胞に由来する数万から数十万種類の遺伝子発現を同時に測定する解析手法。
注11)多変量解析
複数の変数からなるデータを統計的に扱う手法。本研究で行われるような生存率解析においては、患者生存率に関連し得る複数の候補因子がある場合に、因子同士が関連している影響を排除し、直接的に生存率に寄与する因子を抽出する目的で行われる統計学的解析手法のことを指す。

研究資金

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業、日本学術振興会科学研究費助成事業の支援を受けて行いました。

掲載論文

題名
A single-cell atlas of non-haematopoietic cells in human lymph nodes and lymphoma reveals a landscape of stromal remodelling
(ヒトのリンパ節および悪性リンパ腫における非血液細胞の単一細胞アトラスによって、悪性リンパ腫における非血液細胞成分のリモデリングの全容が明らかに)
著者名
安部佳亮1 ,坂田(柳元)麻実子2,3,4*, 藤澤学2, 三好寛明5, 末原泰人3, 服部圭一朗3, 日下部学2,3, 坂本竜弘2,3, 錦井秀和2,3, Tran B. Nguyen2, 大和田洋平6, 榎本剛史6, 上田文7, 坂東裕子8, 吉田近思9, 田畑里佳子10, 寺尾俊紀10, 中山雅博11, 大島孝一5, 臼杵憲祐12, 小田竜也6, 末永孝生10, 千葉滋2,3*
所属
  1. 国立大学法人筑波大学人間総合科学研究科 疾患制御医学専攻 血液内科研究室
  2. 国立大学法人筑波大学医学医療系 血液内科
  3. 国立大学法人筑波大学附属病院 血液内科
  4. 国立大学法人筑波大学トランスボーダー医学研究センター 先端血液腫瘍学
  5. 学校法人久留米大学医学部 病理学講座
  6. 国立大学法人筑波大学医学医療系 消化器外科
  7. 国立大学法人筑波大学附属病院 乳腺甲状腺内分泌外科
  8. 国立大学法人筑波大学医学医療系 乳腺甲状腺内分泌外科
  9. 独立行政法人国立病院機構水戸医療センター 血液内科
  10. 医療法人鉄蕉会亀田総合病院 血液・腫瘍内科
  11. 国立大学法人筑波大学医学医療系 耳鼻咽喉科・頭頸部外科
  12. NTT東日本関東病院 血液内科
*共同責任著者
掲載誌
Nature Cell Biology
掲載日
2022年3月24日
DOI
10.1038/s41556-022-00866-3

お問い合わせ先

研究に関すること

坂田(柳元) 麻実子(さかた やなぎもと まみこ)
国立大学法人筑波大学 医学医療系血液内科/トランスボーダー医学研究センター 先端血液腫瘍学 教授
TEL:029-853-3127
E-mail:sakatama”AT”md.tsukuba.ac.jp
筑波大学血液内科

取材・報道に関すること

国立大学法人筑波大学広報室
TEL:029-853-2040
E-mail:kohositu”AT”un.tsukuba.ac.jp

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 革新的がん医療実用化研究事業
TEL:03-6870-2286
E-mail:cancer”AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年3月25日

最終更新日 令和4年3月25日