プレスリリース 肉や乳製品等に多く含まれるアミノ酸の一種(Met)の代謝物が線虫の寿命を延長する作用があることを発見―カロリー制限に代わる新たな健康法として期待―

プレスリリース

広島大学
日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

  • 代謝物S-アデノシルホモシステイン(SAH)(注:1)は、パン酵母と線虫C.エレガンスの寿命を延長する。
  • SAHは、細胞内メチオニン(Met)(注:2)量を減少させる(Met制限)。
  • SAHは、Met制限に関連した健康効果(オートファジー(注:3)の活性化など)をもたらす。
  • SAHの利用は、哺乳類の健康寿命の延伸につながる可能性がある新規介入方法である。

概要

アミノ酸の一種であるMetの代謝物であるSAHを餌として与えるだけで、酵母と線虫の寿命が延長することを明らかにしました。SAHを酵母に与えると、アミノ酸の中でMetのみが有意に減少することを発見しました。さらに、SAHはこれまでに報告されているMet制限による健康効果を誘導することを見出しました。SAHによる健康効果は、ヒトなどの哺乳類でも同じことが起きることが予想され、SAHの利用は老化予防・健康寿命の延伸に貢献する新しい介入方法と期待されます。

本研究は、広島大学大学院統合生命科学研究科の水沼正樹教授、益村晃司さん(博士課程後期2年生、日本学術振興会特別研究員DC1)、古原優希さん(博士課程前期1年生)、米国・ハーバード大学医学部・ジョスリン糖尿病センターのKeith Blackwell教授、小川貴史さん(日本学術振興会海外特別研究員・ハーバード大学/広島大学博士研究員)、酒類総合研究所の金井宗良主任研究員、慶應大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の大矢禎一教授との共同研究による成果で、2022年4月7日10時(イギリス時間)、老年医学・老年学の専門誌「Aging Cell」にオンライン掲載されました。

背景

超高齢社会を迎えた日本において、健康寿命の延伸の実現は重要課題の一つです。世界で最も理解が進んでいるカロリー制限は、モデル生物の長寿を促進し、加齢に伴う各疾患を予防する有効な介入方法の一つです。また、近年、アミノ酸の一種であるMetの制限もモデル生物の寿命を延長することが見出され、注目を浴びています。さらに、マウスを用いた研究からMetを制限すると腫瘍の増殖が抑えられるなど、医学・医療分野への応用も期待されています。しかし、Metは肉類・乳製品など様々な食品に多く含まれていることから、現実的には、低Met食を持続して摂取することは困難だと思われます。そこで、手軽にMet制限を模倣することができる介入法が求められていました。

研究成果の内容

これまでに、水沼教授の研究グループはMet代謝物SAHを単細胞の酵母に与えると寿命が延長することを見出していましたが(Ogawa et al., 米国科学アカデミー紀要PNAS, 2016)、その仕組みや多細胞生物でも同じ効果が得られるかなどは不明でした。

そこで、パン酵母に加え、寿命研究で数々のブレークスルーをもたらした多細胞生物の線虫C.エレガンスを用いて、SAHによる寿命延長メカニズムの解析を行いました。まず、SAHの代謝への影響を調べるため、メタボローム解析(注:4)を行ったところ、酵母の細胞内Met量が有意に減少することを発見しました(Met制限、図1)。さらに、SAHにより、Met制限で報告されている長寿効果であるTOR複合体1(ラパマイシンの標的因子)(注:5)の阻害とオートファジーの誘導が起こることを見出しました。また、線虫でもSAHによる寿命延長やMet制限の恩恵に加え、エネルギーセンサーのAMPK(注:6)の活性化を誘導するなど、健康寿命を延ばす効果の多くが得られることを明らかにしました(図2)。したがって、SAHはMet制限を誘導し、Met制限の利益をもたらす新規介入法として使用できることを提案します。

図1 SAHは細胞内のMetのみを優位に減少させる
何も加えていない野生酵母細胞のアミノ酸の値をそれぞれ1とし、SAHを添加した場合のアミノ酸の値と比較した。平均値±S.D.。ns:有意差なし; *p < 0.05; **p < 0.01; ***p < 0.001 (t検定)。M:メチオニン、V:バリン、L:ロイシン、K:リシン、I:イソロイシン、S:セリン、F:フェニルアラニン、H:ヒスチジン、E:グルタミン酸、Q:グルタミン、P:プロリン、G:グリシン、Y:チロシン、T:トレオニン、W:トリプトファン、N:アスパラギン、A:アラニン、D:アスパラギン酸、R:アルギニン。なお、この図は論文の図を一部改変した。
図2 SAHによる寿命延長のモデル
SAHの摂取により細胞内のMetが減少し、酵母や線虫のMet制限に関連する利益が誘導される。 SAH投与は、SAM合成を活性化し、その結果、Metが減少、TORC1の阻害、オートファジーとAMPKの活性化を介して寿命が延長する。赤線:増加、青線:減少を示す。矢印:活性化、止印:抑制を示す。

今後の展開

SAHの健康効果は、マウスやヒトなど高等生物でも保存されていることが予想されます。そこで、まずマウスでSAHの健康への効果を検証する予定です。私たちの発見は、ヒトにおいても、SAHによってMetの減少を促進することで、低Met食の恩恵を受けられるという魅力的な可能性を秘めています。SAHの摂取により寿命が延長するということは、生活習慣病など老化に伴い生じる疾患の予防にもつながるため、健康寿命の延伸が期待できます。SAHは酵母の中でも清酒酵母に特に含まれているため、酒粕にも含まれる可能性もあります。ヒトで手軽に健康効果を得るためには、高濃度のSAHを含む酵母を育種し、その酵母を利用した酒粕や、酵母を錠剤として摂取する方法も考えられます。SAHのような内因性代謝物の利用は、薬物などよりも安全性が高いと考えられており、加齢性疾患の予防に最も現実的な方法の一つである可能性が示唆されています。今後、寿命制御の基本メカニズムの理解を深め、科学的エビデンスに基づいたヒトの健康長寿に資する創薬などに向けた基盤の確立へと展開することが期待されます。

研究費

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域における研究開発課題「S-アデノシルメチオニン(SAM)代謝が関与する寿命延長メカニズムの解明(研究開発者:水沼正樹)(JP21gm6110029)」、日本学術振興会・文部科学省科研費基盤研究(B)(16H04898)、挑戦的研究(萌芽)(19K22285)、日本学術振興会国際的な活躍が期待できる研究者の育成事業、大隅基礎科学創成財団、武田科学振興財団、および広島大学の支援を受け実施したものです。

論文情報

論文タイトル
S-adenosyl-L-homocysteine extends lifespan through methionine restriction effects
著者
小川貴史1,2,3,†, 益村晃司1,†, 古原優希1, 金井宗良4, 曽我朋義5, 大矢禎一6, T. Keith Blackwell3, 水沼正樹1,2,*
所属
  1. 広島大学大学院統合生命科学研究科
  2. 広島大学健康長寿研究拠点(HiHA)
  3. ハーバード大学医学部・ジョスリン糖尿病センター
  4. 酒類総合研究所
  5. 慶應大学先端生命科学研究所
  6. 東京大学大学院新領域創成科学研究科
†. 同等貢献
*. 責任著者
掲載誌
Aging Cell
DOI
10.1111/acel.13604

用語解説

(注:1)S-アデノシルホモシステイン(SAH)
メチオニン代謝系において、生体内でメチオニンとATPからメチル基供与体となるS-アデノシルメチオニン(SAM)を合成します。SAMのメチル基を供与後、S-アデノシルホモシステイン(SAH)が生成されます。SAHはSAMのメチル基反応の競合阻害効果が知られています。
(注:2)メチオニン制限(Met制限)
低メチオニン食を食餌として与えたモデル生物(酵母、線虫、ハエ、ラット、マウス)の寿命を延長することが知られています。また、動物試験では酸化ストレス抵抗性の亢進、腫瘍の増殖を抑制することも報告されています。
(注:3)オートファジー
栄養飢餓に応答して不要となったタンパク質などを分解し、必要ならば分解で得たアミノ酸を再利用するシステム。長寿にはオートファジーの誘導が重要な役割を果たしている場合が多く報告されています。
(注:4)メタボローム解析
生体内に含まれる代謝物について、その種類や濃度を網羅的に分析する手法。
(注:5)TOR複合体1(TORC1)
真核生物に広く保存されたセリン・スレオニンキナーゼ複合体。TOR(Target of rapamycin)1は、タンパク質の合成、代謝、老化、発がんなどに関与しています。TOR複合体1の機能を低下させるとモデル生物の寿命が延長します。
(注:6)AMPK
AMPK(AMP依存性プロテインキナーゼ)はセリン・スレオニンキナーゼでATPの低下とAMPあるいはADPの増加によって活性化されます。活性化AMPKは異化反応を促進し、モデル生物の寿命を延長させることも知られています。

お問い合わせ先

本研究に関すること

広島大学大学院統合生命科学研究科生物工学プログラム健康長寿学研究室
教授 水沼正樹
TEL:082-424-7765 FAX:082-424-7765
E-mail:mmizu49120”AT”hiroshima-u.ac.jp

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課
TEL:03-6870-2224 FAX:03-6870-2246
E-mail:kenkyuk-ask”AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年4月8日

最終更新日 令和4年4月8日