成果情報 霊長類の大脳皮質で運動課題中の多細胞活動を2光子カルシウムイメージングで長期間・同時計測することに成功

成果情報

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

発表者

松崎 政紀(東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻 教授)

発表のポイント

  • 霊長類コモン・マーモセットのための手で道具を操作する運動課題用装置と新規の訓練方法を開発し、マーモセットが手を使ってうまく運動課題を習得できる事を実証しました。
  • 2光子カルシウムイメージングで運動課題中の多くの脳神経細胞の活動を長期間・同時計測することに成功しました。
  • 運動課題中のマーモセットで2光子カルシウムイメージングによる神経活動の計測が可能になったことで、霊長類脳における認知・行動に係わる神経細胞の活動やその空間分布を1細胞レベルで解析する事ができるようになります。

発表概要

東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻生理学講座細胞分子生理学分野の松崎 政紀教授、蝦名 鉄平助教、正水 芳人助教、川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科の彦坂 和雄教授、自治医科大学分子病態治療研究センター遺伝子治療研究部の水上 浩明教授、自然科学研究機構生理学研究所生体システム研究部門の南部 篤教授、実験動物中央研究所マーモセット研究部の佐々木 えりか部長、理化学研究所脳神経科学研究センター高次脳機能分子解析チームの山森 哲雄チームリーダーらの研究チームは、霊長類コモン・マーモセットのための手を使って道具を操作する運動課題用装置と課題の訓練方法を開発し、2光子顕微鏡という脳の比較的深い層まで生きたまま“見る”ことができる顕微鏡で運動中のマーモセット大脳皮質から運動に関連した神経細胞の活動を計測する事に成功しました。

マーモセットはヒトと似た生体機能を持っており、遺伝子改変動物を含む疾患モデルの開発が積極的に進められています。今回の開発によって、認知や行動などヒトの高次脳機能の神経ネットワーク基盤の理解が大きく進展すると考えられます。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)『革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト』(平成27年度より文部科学省から移管)の研究開発課題「脳科学研究に有用性の高い遺伝子改変マーモセットラインの創出と普及」として行われました。本研究の成果は5月14日にNature Communications誌に掲載されました。

発表内容

ヒトは道具を作る動物(Homo faber)と言われるように、手を巧みに用いて道具を作ることによって文明を発展させてきました。新世界ザルであるコモン・マーモセット(注1)は手を用いた細かい動きが出来る動物です。そのためマウスでは研究することができない、ヒトの手による複雑な運動を脳がどのように制御しているのか、という疑問に答える実験を行うことが出来ます。 2014年に日本で開始された「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(略称:革新脳プロジェクト、ホームページ)」はマーモセットをモデル動物として、霊長類の高度に発達した脳の神経ネットワークの全容を細胞レベルで理解することを目標としています。同プロジェクトは、米国のBRAIN Initiative、EUのThe Human Brain Projectなどとともに、現在世界的に推進されている脳機能の統合的理解を目指す試みの中の一つに位置づけられます。本研究では、霊長類の神経ネットワークを細胞レベルで理解するという目標に向けて、手を使って道具を操作しているマーモセットの大脳皮質において多細胞の神経活動を長期間にわたって計測し、解析するための技術開発を目指しました。

脳の神経活動を大規模に、細胞1個1個を区別しながら計測する方法として、細胞の活動に伴って蛍光が強くなる蛍光カルシウムセンサータンパク質(注2)を神経細胞に発現させ、2光子顕微鏡(注3)で観察する方法(2光子カルシウムイメージング法)があります。この方法は、細胞の詳細な位置関係の情報を得ることができ、しかも同じ細胞群から繰り返し記録できるという利点があります。最近では、脳内の数百~数千の神経細胞の活動を同時に計測する事も可能となっており、マウスなど、小型動物の知覚・認知・運動に関連する神経活動の解明に大きく貢献してきました。研究グループはこれまでの研究で、2光子カルシウムイメージング法によって麻酔下のマーモセットの大脳皮質で数百個の神経細胞の活動を同時に計測し、さらに同一の神経細胞を100日以上観測する事に世界で初めて成功しています。本研究ではこの技術をさらに発展させ、手を使って道具を操作する運動課題中の神経細胞の細胞体、軸索、樹状突起(注4)の活動を2光子カルシウムイメージング法によって計測する事に挑戦しました。

はじめに、マーモセットのための手を使って道具を動かす運動課題(図1)の開発を行いました。しかし、これまでにマーモセットではこのような運動課題の成功例がなく、その訓練は難しいと考えられていました。この問題を解決するために、本研究ではマーモセットに特化した訓練装置を開発し、運動技能の習得に伴って徐々に訓練を難しくする新規の訓練方法を作成しました。この方法を使ってマーモセットを数ヵ月訓練すると、マーモセットがコントローラーを手で操作して、画面上のカーソルを特定の位置に移動させる事ができるようになりました(1方向/2方向到達運動課題、図1)。さらに、このカーソル移動を妨害するようにコントローラーの動きに垂直の力を加え続けると、この力を打ち消すようにカーソル軌道を修正できる事を示しました(図2、運動適応課題)。

次に、マーモセット大脳皮質の運動野(注5)で神経細胞に蛍光カルシウムセンサータンパク質を発現させました。このマーモセットが運動している時に2光子カルシウムイメージング法を行うことで、カーソル移動に関連する神経活動を検出する事に成功しました。2方向到達運動課題では同じ神経細胞集団を12日間にわたって観察し、ある神経細胞がこの期間を通してある特定の位置へカーソルを移動させる時にのみ活動する事を示しました(図3)。また、運動適応課題では、運動の妨害によってカーソルの軌道が変化すると、それに合わせて個々の神経細胞の活動が変化する事を示しました(図4)。さらに、神経軸索や樹状突起の活動を運動中にイメージングし、到達運動に関連した活動を検出する事にも成功しました(図5)。

マーモセットはヒトと共通性を持った高度に発達した脳を持っています。また、ヒトと類似した生理学的、解剖学的な特徴や薬物代謝を持っています。日本は、次世代まで導入遺伝子が受け継がれる遺伝子改変マーモセットの作製に世界で初めて成功しており、さまざまな精神・神経疾患モデルの作製が進められています。本研究で開発した技術によって、様々な疾患モデルマーモセットで多数の神経細胞の活動を同時に計測する事が可能になり、どうやって手と道具を使って日々の問題を解決しているのかというヒト特有の高次脳機能の理解が大きく進展すると考えられます。また、この計測技術を、精神・神経疾患モデルマーモセットにおける神経ネットワーク変容の理解に役立てる事で、新たな治療方法の開発につながると期待できます。

発表雑誌

誌名:
「Nature Communications」2018年5月14日
論文タイトル:
Two-photon imaging of neuronal activity in motor cortex of marmosets during upper-limb movement tasks
著者:
Teppei Ebina#, Yoshito Masamizu#, Yasuhiro R. Tanaka, Akiya Watakabe, Reiko Hirakawa, Yuka Hirayama, Riichiro Hira, Shin-Ichiro Terada, Daisuke Koketsu, Kazuo Hikosaka, Hiroaki Mizukami, Atsushi Nambu, Erika Sasaki, Tetsuo Yamamori, and Masanori Matsuzaki*
(#は同等貢献、*は責任著者)
DOI番号:
10.1038/s41467-018-04286-6.

用語解説

(注1)コモン・マーモセット
広鼻猿類に属するサルで、南米に生息する事から新世界ザルとも呼ばれる。小型で繁殖力が高く、飼育が容易なため、近年、霊長類のモデル動物としての関心が高まっている。
(注2)蛍光カルシウムセンサータンパク質
カルシウムイオンと結合すると、特定の励起光によって蛍光を発するタンパク質
(注3)2光子顕微鏡
励起光として長波長の近赤外光を用いるため、生体内での散乱の影響を受けにくく、生体深部にある蛍光分子を励起する事ができる顕微鏡
(注4)軸索、樹状突起
共に神経細胞の細胞体から伸びているケーブル状の構造をしており、軸索は他の神経細胞に情報を出力する機能を、樹状突起は逆に情報を受け取る機能を持っている。
(注5)大脳皮質運動野
大脳皮質は機能によって多数の領域に分化しており、運動野は運動の計画や実行に関わっていると考えられている。

添付資料

図1.上肢到達運動課題
図1.上肢到達運動課題
(上段)ディスプレイ上のカーソル(白い四角)の位置はコントローラーの位置と対応している。マーモセットはコントローラーを2次元に操作する事でカーソル位置を保持領域からターゲット領域へと移動させる課題の訓練を行う。到達運動課題では、はじめに、保持領域(灰色の四角)が画面に描画され(保持期間)、マーモセットはカーソルを保持領域内に一定時間留めておく必要がある。その後、1方向到達運動課題では、保持領域の下側に、2方向運動課題では上下どちらかにターゲット領域が提示されるので、提示されたターゲットへ向けてカーソルを移動させる(到達運動期間)。(下段)1方向運動課題の訓練1日目ではマニピュランダムの操作に慣れていないため、カーソルの軌道が乱れているが、繰り返し訓練を行うことで操作に習熟し、軌道が直線に近くなる。2方向到達運動課題では1方向到達運動課題で提示されていないターゲット2への軌道が乱れているが、こちらも訓練によって改善する事がわかる。
図2.運動適応課題
1方向到達運動課題中にコントローラーに到達運動(Y)方向とは垂直のX方向へ力を加えると、初めは軌道が大きくX方向へ乱れるが(妨害中、最初の10試行)、徐々にこの力を打ち消すように軌道が修正される(妨害中、最後の10試行)。軌道が修正された後で妨害をやめると、数回の試行の間、力を加えていないにもかかわらずそれまでとは逆向き(‐X方向)の軌道があらわれる(妨害をやめた後、最初の10試行)。
図3.2方向到達運動課題中の2光子イメージング
図3.2方向到達運動課題中の2光子イメージング
(左)運動課題中のマーモセット大脳皮質から2光子イメージングで取得した画像。白く見える部分が蛍光カルシウムセンサータンパク質の蛍光シグナル。上段はイメージング実験1日目、下段は10日目の画像。(中)黄色い矢印でマークした神経細胞周辺の拡大図。周辺も含め、同一の細胞集団が観察できている。(右)マーモセットがコントローラーを動かしている時のマークした神経細胞の活動を示した。各試行で到達運動を行っている時の蛍光シグナルの変化を灰色で、全ての試行を平均したデータを黒色の線で示した。この神経細胞はイメージング1日目と10日目の両方でターゲット1への到達運動を行っている時に強く活動している。
図4.運動適応課題中の神経細胞活動
図4.運動適応課題中の神経細胞活動
運動適応課題中にマーモセットがコントローラーを動かしている時の神経細胞の活動を示した。神経細胞1は力を加えている時のみに活動し、細胞2は力を加えた後で活動が大きくなり、その影響が妨害をやめた後でも残っている事がわかる。
図5.神経細胞の樹状突起から記録した運動関連の活動
図5.神経細胞の樹状突起から記録した運動関連の活動
(左)運動中に神経細胞の樹状突起から記録した蛍光シグナル。(右)左図の1~3で示した樹状突起の領域で記録された蛍光シグナルの時間変化とそのときのカーソルのY座標。樹状突起1と2はカーソルのY座標が増える向きに動くときに強く活動しており、樹状突起3は1、2と別のタイミングで活動している。

問い合わせ先

研究内容について

国立大学法人東京大学 大学院医学系研究科
機能生物学専攻 生理学講座 細胞分子生理学分野
教授 松崎 政紀(まつざき まさのり)
TEL:03-5841-3471
FAX:03-5841-3471
E-mail:mzakim"AT"m.u-tokyo.ac.jp

AMED事業について

日本医療研究開発機構 戦略推進部 脳と心の研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞ビル
TEL:03-6870-2222
FAX:03-6870-2244
E-mail:brain-pm"AT"amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス"AT"の部分を@に変えてください。

掲載日 平成30年5月15日

最終更新日 平成30年5月15日