成果情報 川崎病の冠動脈病変の発症に酸化リン脂質が関与する

令和2年3月9日成果情報

福岡市立こども病院
日本医療研究開発機構

背景

川崎病は急性熱性疾患で全身の血管の炎症、特に冠動脈炎を特徴とします。日本人小児の罹患率が世界一高く2018年の全国調査でも増加傾向を示しています。川崎病の病因は1967年の最初の報告以来50年以上を経た現在も未だ不明です。川崎病の疫学上の特徴として、季節性、流行や地域集積性があり、乳児期後期が患者数のピークで5歳未満が大半を占めることなどからは、病因として感染因子の関与が示唆されています。一方、ヒトからヒトへの感染がないことや、川崎病の発症に民族による違いがあることからは、非感染因子、遺伝因子の関与も推定されています。以上の事実より現在川崎病は何らかの感染因子を契機として過剰な免疫応答が出現し、遺伝因子を有する児に血管炎を起こすと考えられています。川崎病の発症との関連が指摘されている微生物として細菌、ウイルスなど多数が報告されてきましたが、再現性良く関連が認められるのはYersinia pseudotuberculosisY.p) エルシニア感染症のみです。

我々は細菌、ウイルスなどの感染病原体そのものでなく、細菌由来の病原体関連分子パターン※1の1つである自然免疫※2受容体※3の特異的結合物質(NOD1 リガンド※4FK565:図1)を投与することによって、川崎病類似の冠動脈炎を惹起させることを世界で初めて報告しました(2011年)。液体クロマトグラフィー質量分析法※5を用いてエルシニア関連川崎病患者の血清と分離菌を網羅的に検索し、エルシニアバイオフィルム※6と共通の病原体関連分子パターンと考えられる川崎病特異物質を患者血清中に同定しました(2014年)。

図1.NPD1リガンド(FK565)の化学構造

成果

今回の研究では、川崎病患者105例の血清のリピドミクス※7解析を行いました(図2)。最初のコホート(四つの季節の57人の川崎病患者の解析)では、数万分子中から病原体関連分子パターンあるいはそれに反応したダメージ関連分子パターン※8と考えられる28の川崎病関連物質を同定しました。

さらに4つの地域で34人の川崎病患者の解析(第2コホート)、および治療前から冠動脈拡張が見られた3つの流行集団の14例(2015年春6例、2016年春4例、2017年冬4例)の川崎病患者の解析(第3コホート)を行いました。そこでエルシニアバイオフィルム由来の分子と共通であった1つの分子、急性期の炎症マーカー(白血球数およびC反応性タンパク質)と相関している2分子を同定しました。それに加えてm/z 822.55およびm/z 834.59は、川崎病の急性期における冠動脈炎の発症と有意に関連していました。タンデムマス分析※9における断片化パターンは、酸化ホスファチジルコリン※10の断片化パターンと一致し、さらに詳細な分析で、ホスファチジルコリンの非選択的酸化であることが明らかになりました。また川崎病患者の血漿中のアポリポタンパク質B※11を含むLOX-1※12リガンドの濃度は、対照よりも有意に高値でした。

川崎病で冠動脈病変の発症病態に関与する分子は不明でしたが、今回の研究で冠動脈病変形成と有意の相関が見られた分子の構造解析により、動脈硬化とも関連する酸化リン脂質※13であることが明らかになりました。酸化リン脂質等によって活性化された炎症シグナルが、川崎病の冠動脈病変の形成に関与していることが示唆されます。

図2.川崎病患者の血清を用いリピドミクス解析

今後の展開と社会へのインパクト

川崎病の冠動脈病変の発症機序に、動脈硬化の炎症の機序と類似した酸化リン脂質、酸化LDL※14(ダメージ関連分子パターン) が関与していました。川崎病の急性期冠動脈病変の病態の解明は、新規治療法の開発にも有用です。この病態は川崎病急性期の自然免疫活性化、獲得免疫※15の抑制、血小板活性化など、従来十分説明ができなかった特徴を説明可能です。また酸化LDL受容体リガンドのELISA※16測定が、新しい川崎病急性期のバイオマーカーとなり川崎病の迅速診断に応用できる可能性があります。

エジプト4地域のミイラに動脈硬化像が見られたことから、食事、タバコ、運動など生活習慣以外の外的因子、すなわち感染などの重要性が再認識されました(Thompson RC, et al. Lancet 2013)。成人も含めて考えると冠動脈瘤の最大の原因は、川崎病でなく動脈硬化であり、今回の研究は急性期川崎病の診断のみならず慢性期川崎病における動脈硬化発症の予防、小児期から始まる動脈硬化の原因解明、予防法の開発などにつながる可能性があります。

図3.酸化リン脂質と参加LDL
図4.動脈硬化は小児期に始まる

用語説明

※1 病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns: PAMPs)
病原体に存在するが哺乳動物には存在しない分子パターンのことで、特定のパターン認識受容体と結合します。
※2 自然免疫
自然免疫は、病原体に対する最初の防御にあたり、マクロファ-ジ、樹状細胞、好中球などの貪食細胞、NK細胞や補体などが中心的な役割を担います。自然免疫は、感染や発がんを未然に防ぐうえで重要な働きをしています。
※3 自然免疫受容体
主な自然免疫系のレセプターはパターン認識受容体で大きく3つのグループに分けられます。Toll-like receptors(TLRs)は細胞表面やエンドソーム内に発現し、病原体由来成分の認識に、RIG-I-like receptors(RLRs)は,細胞質内でのウイルス由来RNAの認識に、NOD-like receptors(NLRs)は、病原体の細胞壁由来成分や異物(尿酸結晶、アルミニウムゲル等)の認識に関わっています。NOD1はNLRの1つです。
※4 リガンド
特定の受容体(レセプター)に特異的に結合する物質のことです。
※5 質量分析法(mass spectrometry: MS)
分析したい試料に高電圧などのエネルギーを与えることでイオン化させ、質量電荷比(質量を電荷数で割った値)に応じて分離・検出する方法です。
※6 バイオフィルム
固相表面に形成した集合体で、複数の微生物とそれらの産物で構成されていて、相互に影響を及ぼしあい、薬剤に対して抵抗性を示すなどの特性を有します。
※7 リピドミクス
生体内の脂肪酸、中性脂肪、リン脂質などの脂肪成分を網羅的に分析し、バイオマーカーの探索や脂質代謝、薬の作用の機序解明を行う技術です。高分解能に優れた質量分析装置(LC-MS)で広範囲の脂質成分を測定します。
※8 ダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns: DAMPs)
組織損傷の兆候はダメージを受けた細胞や細胞外基質から放出される成分(DAMPs)という形で、パターン認識受容体によって察知されます。
※9 タンデムマス分析
MS/MS法は、特定のイオンが1台目のMSで選択されるため、目的の物質に由来するイオン情報を得ることができます。MS/MSの前に液体クロマトグラフィー(LC)を結合し、LCで試料を分離した後にMS/MSに導入し分析する装置を使用することで、混合試料などもそのまま構造解析が行えるようになりました。
※10 ホスファチジルコリン
ホスファチジルコリン(phosphatidylcholine, PC)とは、グリセロリン脂質の親水部としてコリンがリン酸エステル結合しており、疎水部としてグリセロール骨格に2つの脂肪酸がエステル結合した構造をしているリン脂質の総称です。脂肪酸の組み合わせが多数あります。
※11 アポリポタンパク質B
アポリポ蛋白Bは主にLDLに含まれ、小腸における脂質の吸収と肝からの脂質の分泌と全身の臓器への脂質の供給に重要な働きを持っています。
用語10 ホスファチジルコリンの説明画像
※12 LOX-1
LOX-1(Lectin-like oxidized LDL receptor-1)は血管の内皮細胞等に存在する受容体タンパク質です。酸化LDLを認識して取り込み、動脈硬化の促進因子として働きます。
※13 リン脂質
リン脂質は、構造中にリン酸エステル部位をもつ脂質の総称です。両親媒性を持ち、脂質二重層を形成して糖脂質やコレステロールと共に細胞膜の主要な構成成分となるほか、生体内でのシグナル伝達にも関わります。
※14 酸化LDL
LDL(低比重リポたんぱく質)は生体の酸化反応により酸化リン脂質などを生成します。これらの酸化生成物を包含する巨大な集合体が酸化LDLです。この酸化LDLは、LDL受容体に結合せず、LOX-1など酸化LDL受容体に結合します。この酸化LDLは細胞に強い毒性を示します。
用語14 酸化LDLの説明画像
※ LDL
低比重リポたんぱく質(低密度リポたんぱく質)。血清リポたんぱくの主要分画の一つで、肝臓で作られたコレステロールを血液を使って運ぶ働きをします。LDL受容体に回収されます。
用語14 LDLの説明画像
※15 獲得免疫
樹状細胞は、病原体そのものやその破片の情報をヘルパーT細胞とキラーT細胞に伝えます。ヘルパーT細胞はB細胞に抗体をつくるように指令を出し、キラーT細胞は、感染した細胞を見つけ出して殺します。
※16 ELISA
ELISA法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay;エライザ)は、試料溶液中に含まれる目的の抗原あるいは抗体を、特異抗体あるいは抗原で捕捉するとともに、酵素反応を利用して検出・定量する方法です。

特記事項

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業の「川崎病特異物質(PAMPs)に焦点を当てた川崎病の新規診断法の確立」(研究開発代表者:原 寿郎)の一環として下記の研究者との共同研究として実施されました。

本研究成果は、「Cardiovascular Research」に2019年 11月29日(金)にオンライン掲載されました。

その他の研究費
JSPS 科研費 [JP15H04877, JP15K15393, JP16K10069&15H05897]
日本川崎病研究センター研究助成補助金、JB川崎病奨励研究費、
公益財団法人川野小児医学奨学財団研究助成金

論文情報

論文タイトル
Lipidomics links oxidized phosphatidylcholines and coronary arteritis in Kawasaki disease
著者名
Yasutaka Nakashima1, Yasunari Sakai1*, Yumi Mizuno2, Kenji Furuno2, Keiichi Hirono3, Shinichi Takatsuki4, Hiroyuki Suzuki5, Yoshihiro Onouchi6, Tohru Kobayashi7, Kazuhiro Tanabe8, Kenji Hamase9, Tomofumi Miyamoto10, Ryohei Aoyagi11,12, Makoto Arita11,12, Kenichiro Yamamura1, Tamami Tanaka1, Hisanori Nishio1, Hidetoshi Takada13, Shouichi Ohga1, Toshiro Hara2*
ジャーナル名
Cardiovascular Research, cvz305, https://doi.org/10.1093/cvr/cvz305
所属
  1. 九州大学大学院医学研究院成長発達医学 中島康貴医師、酒井康成准教授、西尾壽乘診療講師、山村健一郎講師、田中珠美研究員、大賀正一教授
  2. 福岡市立こども病院 水野由美川崎病センター長、古野憲司川崎病副センター長
  3. 富山大学・付属病院 周産母子センター 廣野恵一特命講師
  4. 東邦大学医療センター大森病院小児科 高月晋一講師
  5. 和歌山県立医科大学小児科 鈴木啓之教授
  6. 千葉大学・大学院医学研究院 尾内善広准教授
  7. 国立研究開発法人国立成育医療研究センター企画運営部 小林 徹部長
  8. SIメディエンス メディカルソリューション推進部 田辺和弘
  9. 九州大学大学院薬学研究院創薬育薬産学官連携分野 浜瀬健司教授
  10. 九州大学大学院薬学研究院天然物化学分野 宮本智文准教授 
  11. 慶應義塾大学薬学研究科代謝生理化学講座 青柳良平助教、有田 誠教授
  12. 理化学研究所 生命医科学研究センターメタボローム研究チーム 青柳良平、有田 誠チームリーダー
  13. 筑波大学医学医療系小児科学 高田英俊教授
  14. 福岡市立こども病院 原 寿郎院長

本件に関するお問い合わせ先

研究に関すること

原 寿郎(ハラ トシロウ)
福岡市立こども病院院長
TEL:092-682-7000 (代表) FAX:092-682-7300

AMED事業に関すること

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戦略推進部 難病研究課
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1  
TEL:03-6870-2223 FAX:03-6870-2243
E-mail:nambyo-i”AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

最終更新日 令和2年3月9日