成果情報 血流シグナル伝達の新しい仕組み―内皮細胞膜とミトコンドリアの連携プレイ―

成果情報

東京大学
日本医療研究開発機構

発表者

山本希美子(東京大学大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 血管が血液の流れ(血流)を感知して反応する仕組みに、内皮細胞膜とミトコンドリアが連携する新しい血流シグナル伝達経路があることが明らかになった。
  • 血管内皮細胞が血流刺激を細胞膜のコレステロールの減少反応と、それに依存したミトコンドリアの酸化的リン酸化の活性化を介してシグナル伝達する現象を発見した。
  • 血流刺激が循環系の恒常性の維持に果たす役割の理解だけでなく、血流依存性に起こる様々な血管病の病態の解明や新しい治療法の開発につながる。

発表概要

血管内面を覆う内皮細胞には血液の流れ(血流)を感知し、その情報を細胞内に伝達することで形態や機能の変化を伴う細胞応答を起こす特性が備わっています。この特性は血液循環系の働きを正常に保つうえで必須で、これが適切に働かなくなると、高血圧、血栓症、動脈瘤や動脈硬化症の発生につながります。しかし、内皮細胞がどの様に血流刺激(shear stress、注1)を感知・伝達するか、その仕組みは完全には解明されていません。今回、東大医学部の山本希美子准教授らは細胞膜とミトコンドリアが連携する新しい血流シグナル伝達経路を見出しました。内皮細胞にshear stressが加わると、即座に細胞膜のコレステロールが減少し、それに依存してミトコンドリアのATP(アデノシン3リン酸)の産生が増加することが示されました。産生されたATPは細胞外に放出され、細胞膜のATP受容体を刺激することで様々な細胞機能や遺伝子発現が変化します。こうした血流シグナル伝達経路の詳細が明らかになると、血流が増加するエクササイズの生体作用の理解だけでなく、血流依存性に起こる様々な血管病の病態の解明や新しい治療法の開発にも貢献が期待されます。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要のオンライン版で公開されました。

本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(研究代表:山本希美子)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費の支援を受けて行われました。

発表内容

血管内面を覆う内皮細胞には血液の流れ(血流)を感知し、その情報を細胞内に伝達することで形態や機能の変化を伴う細胞応答を起こす特性が備わっています。この特性は血液循環系の働きを正常に保つうえで必須で、これが適切に働かなくなると、高血圧、血栓症、動脈瘤や動脈硬化症の発生につながります。しかし、内皮細胞がどの様に血流刺激(shear stress)を感知・伝達するか、その仕組みはまだ解明されていません。

今回、東京大医学部の山本希美子准教授らは細胞膜とミトコンドリアが連携する新しい血流シグナル伝達経路を見出しました。流れ負荷装置内で培養ヒト肺動脈内皮細胞にshear stressを作用させたときの細胞膜のコレステロールの変化をバイオセンサーD4による蛍光イメージングとフローサイトメトリで測定しました(図1)。EGFP-D4とmCherry-D4により、それぞれ細胞膜外葉と内葉に分布するコレステロールを可視化したところ、shear stressにより両者のシグナルが明らかに減弱、即ちコレステロールが減少するのが観察されました(図2)。EGFP-D4で標識した細胞のフローサイトメトリではshear stress負荷直後から膜外葉のコレステロールがshear stressの強さ依存性に減少し始め、10分で最小(コントロールの60%)に達しました。Shear stressを止めると減少したコレステロールは増加し、反応が可逆性であることが示されました(図3)。細胞全体のコレステロールもshear stressで減少しましたが、その量は細胞膜の減少量よりも小さいこと、また、mCheery-D4画像の実時間観察で内葉に分布していたコレステロールがshear stressにより細胞内へ小胞の形で遊離する現象が観察されたことからshear stressにより細胞膜のコレステロールは細胞外と細胞内の両方向に移動したと考えられました。ついで、shear stressがミトコンドリアの酸化的リン酸化に及ぼす効果を見るため、ミトコンドリアのマトリックスにターゲットするATP(アデノシン3リン酸)バイオセンサー(mitATeam)によるFRET(蛍光共鳴エネルギ―移動)計測を行いました。その結果、shear stressが作用すると内皮細胞のミトコンドリアのATP産生が即座に増加することが示されました(図4A)。この反応はコレステロールを細胞外から添加することで、shear stressによる細胞膜のコレステロールの減少を起こらなくすると消失し(図4C)、また、βシクロデキストリンでコレステロールを細胞膜から引き抜くとミトコンドリアのATP産生が亢進しました(図4B、4D)。このことは細胞膜のコレステロールの減少自体がミトコンドリアの酸化的リン酸化を刺激する効果のあることを示しています。

これまで山本希美子准教授らは、ミトコンドリアのATP産生の増加が、内皮細胞からのATP放出につながり、それが細胞膜のATP受容体(P2XやP2Y)を活性化して細胞内Ca2+濃度の上昇を惹起すること、さらに、そのことが、例えば、強力な血管拡張物質である一酸化窒素の産生を増加させることで全身の血圧や血管の血流依存性のリモデリングが適正に調節されることにつながることを明らかにしてきました。他方、細胞膜のコレステロールの減少は細胞膜の流動性を増すとともに、特異的な相互作用を介して多くのイオンチャネルや受容体を活性化する効果も生まれます。最近、内皮細胞の血流センサーとしても機能するヒトの機械感受性イオンチャネルPiezo1の働きが膜コレステロールによって修飾されることが報告されました。今回、shear stressで細胞膜のコレステロール動態が変化すること、それに依存してミトコンドリアの酸化的リン酸化が活性化される現象が起こることが見出されたことは、血流シグナル伝達経路の解明に新しい視点を与えることになります。また、本来、生体のエネルギーとなるATPの産生工場として働くトコンドリアが血流シグナル伝達にも重要な役割は果たすことが示されました。

今後は、細胞膜のコレステロールの動態とミトコンドリアの酸化的リン酸化の間を結びつける未知の機構の更なる解明が必要と思われます。こうした内皮細胞の血流感知メカニズムの詳細が明らかになると、血流を介した循環系の恒常性の維持の仕組みの解明や血流が増加するエクササイズの生体作用の理解につながるだけでなく、血流依存性に起こる様々な血管病の病態の解明や、それらに対する新しい治療法の開発にも貢献すると思われます。

図1 本研究で用いたコレステロールバイオセンサー
EGFP-D4とmCherry-D4はそれぞれ、細胞膜の外葉と内葉に分布するコレステロールを標識する。培養ヒト血管内皮細胞にshear stressを作用させたときの細胞膜コレステロールの変化を共焦点レーザー顕微鏡によるライブイメージングと、フローサイトメトリによる定量分析を行なった。
図2 Shear stressが細胞膜のコレステロールを減少させる
培養ヒト肺動脈内皮細胞にshear stressを15分作用させると、外葉(EGFP-D4)、内葉(mCherry-D4)共に、細胞膜のコレステロールが減少することが観察された。Shear stressの作用により、EGFP-D4は細胞内には観察されず、一方、mCherry-D4は細胞内小胞の形で遊離する現象が観察されたことから、shear stressにより細胞膜のコレステロールは細胞外と細胞内の両方向に移動したと考えられる。
図3 Shear stressによる細胞膜コレステロールの減少は可逆的である
培養ヒト肺動脈内皮細胞にshear stressを作用させると、細胞膜のコレステロールが減少し(Right after)、shear stressを止めると5分以内に、細胞膜にコレステロールが戻る様子(Recovery)が観察された。
図4 Shear stressによる細胞膜コレステロールの減少がミトコンドリアでのATP産生に影響を及ぼす
A.ATPバイオセンサー(mitATeam)を培養ヒト肺動脈内皮細胞のミトコンドリアに局在させ、shear stressを作用すると、内皮細胞のミトコンドリアのATP産生が即座に増加した。
B.βシクロデキストリン(MβCD)でコレステロールを細胞膜から引き抜くと、ミトコンドリアのATP産生が亢進した。
C、D.コレステロールを細胞外から添加することで、細胞膜のコレステロールの減少を起こらなくすると、shear stressとMβCDによるミトコンドリアのATP産生は消失した。これらのことは細胞膜のコレステロールの減少自体がミトコンドリアの酸化的リン酸化を刺激する効果のあることを示す。

発表雑誌

雑誌名
「米国科学アカデミー紀要、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(オンライン版の場合:2020年12月15日) 印刷版は未定
論文タイトル
Shear stress activates mitochondrial oxidative phosphorylation by reducing plasma membrane cholesterol in vascular endothelial cells
著者
Kimiko Yamamoto*, Yoshitsugu Nogimori, Hiromi Imamura, and Joji Ando*(*Corresponding author)
DOI番号
10.1073/pnas.2014029117
アブストラクトURL
https://www.pnas.org/content/early/2020/12/09/2014029117

用語解説

(注1)Shear stress
血流が内皮細胞を擦る摩擦力に相当する力学的刺激で、剪断応力と呼ばれます。血流速度や血液の粘性が増加するとshear stressも大きくなります。Shear stressの大きさの変化を血管が感知して、血圧が調節されます。

お問い合わせ先

東京大学大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 システム生理学分野
准教授 山本希美子(やまもときみこ)
TEL:03-5841-3564 FAX:03-3818-4859
E-mail:kyamamoto“AT”m.u-tokyo.ac.jp

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掲載日 令和3年1月19日

最終更新日 令和3年1月19日