成果情報 SARS-CoV-2デルタ株に特徴的なP681R変異は ウイルスの病原性を増大させる

成果情報

東京大学医科学研究所
宮崎大学
広島大学
国立感染症研究所
東京都健康安全研究センター
京都大学
東海大学
熊本大学
北海道大学
日本医療研究開発機構

発表のポイント

  • 昨年末にインドで出現した新型コロナウイルス「デルタ株(B.1.617.2系統)」(注1)は、全世界に伝播し、パンデミックの主たる原因変異株となっている。
  • ハムスターを用いた感染実験(注2)の結果、デルタ株は、従来株よりも高い病原性を示すことを明らかにした。
  • デルタ株のスパイクタンパク質(注3)の細胞融合活性(注4)は、従来株や他の変異株に比べて顕著に高く、その活性は、スパイクタンパク質のP681R変異(注5)によって担われていることを明らかにした。
  • P681R変異を持つ新型コロナウイルスを人工合成し、ハムスターを用いた感染実験を実施した結果、P681R変異の挿入によって、病原性が高まることを明らかにした。

発表概要

東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」(注6)は、新型コロナウイルスの「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」(注7)のひとつである「デルタ株(B.1.617.2系統)」が、従来株に比べて病原性が高いことを明らかにしました。また、デルタ株のスパイクタンパク質の細胞融合活性は、従来株や他の変異株に比べて顕著に高く、その活性は、スパイクタンパク質のP681R変異によって担われていることを明らかにしました。そして、P681R変異を持つ新型コロナウイルスを人工合成し、ハムスターを用いた感染実験を実施した結果、P681R変異の挿入によって、病原性が高まることを明らかにしました。

本研究成果は2021年11月25日(英国時間午後4時、日本時間26日午前1時)、英国科学雑誌「Nature」オンライン版に公開されました。

発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2021年10月時点で全世界において2億人以上が感染し、450万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていません。

昨冬以降、新型コロナウイルスが、その流行の過程において高度に多様化し、さまざまな新たな特性を獲得していることが明らかとなっています。昨年末にインドで出現した新型コロナウイルス「デルタ株(B.1.617.2系統)」は、今春にインドにおいて、1日の感染者数が30万人を超える大規模なアウトブレイクを発生させ、全世界に伝播しました。2021年10月時点で、デルタ株は、日本を含めた世界の多数の国々におけるパンデミックの主たる原因変異株となっています。

本研究では、デルタ株のウイルス学的特徴を明らかにするために、まず、培養細胞を用いた感染実験を行いました。その結果、デルタ株は、従来株や他の「懸念される変異株」よりも、細胞融合活性が高く、デルタ株に感染した細胞は、巨大な合胞体(注8)を形成することを明らかにしました(図A)。次に、ハムスターを用いた感染実験の結果、デルタ株は、従来株と比べ、ウイルスの増殖効率はほぼ同程度であるものの、肺組織において炎症を示すII型肺胞上皮細胞が増えるなど、従来株よりも高い病原性を示すことを明らかにしました(図B)。

次に、研究チームは、デルタ株のスパイクタンパク質に特徴的な変異のひとつである、P681Rという変異に着目しました。まず、P681R変異を挿入したスパイクタンパク質は、従来株のスパイクタンパク質よりも、高い細胞融合活性を示すことを明らかにしました。これは、P681R変異が、デルタ株の高い細胞融合活性の要因となっていることを示唆します。次に、従来株にP681R変異を挿入した新型コロナウイルスを人工合成し、培養細胞を用いた感染実験を行いました。その結果、デルタ株と同様に、P681R変異を有する変異ウイルスは、従来株に比べて、より大きな合胞体を形成しました(図C)。そして、このP681R変異を有する変異ウイルスをハムスターに感染させた結果、従来株に比べ、顕著な肺機能の低下と、肺における炎症応答の増悪という、高い病原性を示すことを明らかにしました。

本研究により、デルタ株は、従来株よりも高い病原性を示すこと、そしてその高い病原性が、P681Rというたったひとつのアミノ酸変異によって再現されることを明らかにしました。しかしながら、デルタ株が従来株よりもより効率的に伝播する理由はまだ明らかとなっておりません。デルタ株の特徴をより詳細に解明するためには、さらなる研究が不可欠です。現在、「G2P-Japan」では、出現が続くさまざまな変異株の中和抗体への感受性や病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

図 本研究の概要
(A、C) 新型コロナウイルス感染による合胞体形成。VeroE6/TMPRSS2細胞(新型コロナウイルスが効率良く感染する細胞株)に、ウイルスを感染させ、感染後72時間における合胞体の大きさを定量した。その結果、デルタ株に感染した細胞は、従来株や他の変異株(アルファ株、ベータ株)に感染した細胞に比べてより大きな合胞体を形成した(A)。また、P681R変異を挿入することにより、合胞体が大きくなることも明らかにした(C)。
(B) デルタ株の高い病原性の一例。従来株あるいはデルタ株をハムスターに感染させ、感染後5日目の肺組織におけるII型肺胞上皮細胞(図中赤枠の細胞。炎症応答に伴って増加することから、肺炎の程度の指標となる)が占める割合を定量した。その結果、デルタ株に感染したハムスターの肺では、従来株に比べ、II型肺胞上皮細胞の割合が統計的に有意に大きかった(*, P < 0.05. Student's t test)。

本研究への支援

本研究は、佐藤 佳准教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413、20fk0108451)、科学技術振興機構 CREST(JPMJCR20H4)などの支援の下で実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Nature」2021年11月25日(オンライン版)
論文タイトル
Enhanced fusogenicity and pathogenicity of SARS-CoV-2 Delta P681R mutation
著者
齊藤暁#、入江崇#、鈴木理滋#、前村忠#、Hesham Nasser#、瓜生慧也#、小杉優介#、白川康太郎、貞升健志、木村出海、伊東潤平、呉佳齊、岩附研子、伊藤睦美、山吉誠也、Samantha Loeber、津田真寿美、Lei Wang、大園誠也、バトラー田中英里佳、田中友理、清水凌、清水健太、吉松組子、川端涼子、坂口剛正、徳永研三、吉田勲、浅倉弘幸、長島真美、数馬安浩、野村亮介、堀澤欣史、吉村和久、高折晃史、今井正樹、The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium、田中伸哉*、中川草*、池田輝政*、福原崇介*、河岡義裕*、佐藤佳*
(#Equal contribution; *Corresponding author)
DOI
10.1038/s41586-021-04266-9
URL
https://www.nature.com/articles/s41586-021-04266-9

用語解説

(注1)デルタ株(B.1.617.2系統)
新型コロナウイルスの流行拡大のなかで出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。2021年10月時点で、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。
(注2)ハムスターを用いた感染実験
ハムスターが、COVID-19の感染動物モデルとして有用であることが示されている。
(注3)スパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。
(注4)細胞融合活性
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を介して、細胞どうしが融合する活性。
(注5)P681R変異
デルタ株のスパイクタンパク質に特徴的な変異。スパイクタンパク質の681番目のプロリン残基(P)がアルギニン(R)に置換した変異。Furinという細胞性プロテアーゼによって認識・切断される部位の近傍に位置している。
(注6)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(注7)懸念される変異株(VOC:variant of concern)
新型コロナウイルスの流行拡大のなかで出現した、公衆衛生上の重要性に関わる変化を有する変異株のこと。現在まで、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2系統)が、「懸念される変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。多数の国々で流行拡大していることが確認された株が分類される。
(注8)合胞体
新型コロナウイルスに感染した細胞が、スパイクタンパク質を細胞表面に発現し、周囲の細胞と融合することによって形成される大きな細胞塊のこと。

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准教授 佐藤 佳(さとう けい)
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FAX:03-6409-2213
E-mail:keisato“AT”g.ecc.u-tokyo.ac.jp

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創薬事業部 創薬企画・評価課
新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業
電話番号:03-6870-2226
E-mail:shinkou-saikou“AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年1月17日

最終更新日 令和4年1月17日