成果情報 心臓移植を要する拡張型心筋症の新規原因遺伝子を発見―心筋症の精密医療への臨床応用に期待―
成果情報
大阪大学
日本医療研究開発機構
研究成果のポイント
- 心臓移植を要する拡張型心筋症の新規原因遺伝子としてBAG5を同定
- BAG5遺伝子変異による疾患発症の病態メカニズムを解明
- ゲノム解析を用いた心筋症に対する精密医療※1への臨床応用に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科の伯井秀行 大学院生、坂田泰史 教授、朝野仁裕 特任准教授(常勤)、木岡秀隆 助教(循環器内科学)らの研究グループは、完全浸透※2で心臓移植を要する拡張型心筋症の新規原因遺伝子BAG5を複数家系において同定し、その遺伝子変異による心不全※3発症の病態メカニズムを明らかにしました。
拡張型心筋症は重篤な心不全を発症することがある指定難病であり、国内における心臓移植の主因を占めていますが、未だ発症原因の多くが解明されていません。
今回、本研究グループは、全エクソーム解析※4を用いた遺伝解析を行い、拡張型心筋症の新規原因遺伝子BAG5の病原性変異を同定しました。さらに、その遺伝子変異による心不全発症の病態メカニズムを探索し、コシャペロン※5であるBAG5によるJMC(Junctional Membrane Complex)※6タンパク質群の品質管理機構の重要性を明らかにしました。JMCは電気的な興奮から筋収縮を引き起こす興奮収縮連関※7に重要ですが、BAG5遺伝子変異により機能が喪失するとJMCタンパク質群の品質管理機構が障害され、心不全を引き起こすことがわかりました。最後に、実験動物モデルにおいて、遺伝子治療によってBAG5変異による心不全を改善させることに成功しました。今回の発見が今後、ゲノム解析を用いた心筋症に対する精密医療への臨床応用につながると期待されます(図1)。
本研究成果は、米国科学誌 「Science Translational Medicine」 に、2022年1月20日(木)午前4時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
拡張型心筋症は、左心室の拡張と収縮能の低下を特徴とする心筋疾患です。一部の症例では重症心不全を発症し、薬物治療などで症状が改善しない場合は心臓移植が行われることもあります。発症原因として遺伝素因が関わることが知られていましたが、その多くは充分にわかっておらず、現代の医療において根治的な治療法は存在しません。
本研究の成果
研究グループでは、心臓移植を行った拡張型心筋症患者およびその家系検体を用いてエクソーム解析を行い、BAG5遺伝子上のホモ接合型変異を複数同定しました(図2)。
本変異を有する拡張型心筋症患者さん達は完全浸透で心臓移植を要する重症心不全を発症しました。これまでにBAG5は、分子シャペロンであるHSC70の機能を活性化する、コシャペロンとしての機能が知られています。今回同定したBAG5遺伝子変異が、HSC70との結合能を欠損させる、機能喪失型変異であることを明らかにしました。次に、BAG5が心筋細胞内のJMCに局在することを示し、心臓におけるBAG5/HSC70シャペロン複合体の基質タンパク質として、興奮収縮連関に重要なJMCタンパク質群を同定しました。さらにBAG5機能喪失型変異によりJMCタンパク質群に対する品質管理機構が障害され、心筋細胞の横行小管構造の破綻 と カルシウムハンドリングの異常を示すことを明らかにしました(図3)。
最後に、作成したBAG5遺伝子変異マウスは心拡大や生存率の低下を示し、心筋特異的アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いたBAG5遺伝子の補充によって、これらの表現型を改善できることを明らかにしました(図4)。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、拡張型心筋症の新規原因遺伝子が同定され、JMCタンパク質群の品質管理障害という病態メカニズムが心不全発症につながるという新たな疾患概念が提唱されました。また、BAG5遺伝子の機能喪失型変異を対象とした遺伝解析を行うことは、疾患の早期診断に対しても有用であると考えられます。今後さらなる研究により、重症心不全を引き起こす心筋症の新たな治療法が開発されることが望まれるとともに、ゲノム情報を用いた心筋症に対する精密医療への臨床応用が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2022年1月19日(水)14時(米国東部時間)〔2022年1月20日(木)4時(日本時間)〕に米国科学誌「Science Translational Medicine」(オンライン)に掲載されました。
- タイトル
- “Loss-of-function mutations in the co-chaperone protein BAG5 cause dilated cardiomyopathy requiring heart transplantation”
- 著者名
- 伯井秀行1, 木岡秀隆1*, 宮下洋平1, 西村俊亮1, 松岡研2, 加藤久和2, 塚本蔵2, 藏本勇希1, 多久和綾子1, 高橋佑典3, 齋藤茂芳4,5, 太田邦雄6, 浅沼博司7, 富海英8, 四宮春輝1, 山田憲明1, 大谷朋仁1, 澤芳樹9, 北風政史8, 髙島成二2, 坂田泰史1, 朝野仁裕1*(*共同責任著者)
- 所属
-
- 大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学
- 大阪大学大学院医学系研究科 医化学
- 国立循環器病研究センター 分子薬理部
- 大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 生体物理工学講座
- 国立循環器病研究センター 先端医療技術開発部
- 金沢大学医薬保健研究域医学系 小児科学
- 明治国際医療大学 内科学
- 国立循環器病研究センター 臨床研究開発部
- 大阪大学大学院医学系研究科 心臓血管外科学
- DOI
- 10.1126/scitranslmed.abf3274
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の一環として行われました。
用語説明
- ※1 精密医療
- 画一的な治療ではなく、患者個人レベルでの最適な治療を行う医療。
- ※2 完全浸透
- 同じ遺伝子型を持つ集団が、対応した同一の表現型を全員が示すこと。
- ※3 心不全
- 心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気。
- ※4 全エクソーム解析
- タンパク質が翻訳されるエクソン領域を、次世代シークエンサーを用いて網羅的に解析する手法。
- ※5 コシャペロン
- 基質タンパク質のフォールディングにおいて、HSC70などの分子シャペロンと協調的に働くタンパク質群。
- ※6 JMC (Junctional Membrane Complex)
- 細胞膜の嵌入構造である横行小管と、筋小胞体によって形成される膜接合部。カルシウム誘発性カルシウム放出と呼ばれる、活動電位の細胞内への伝達と筋小胞体内に貯蔵されたカルシウムイオンの速やかな放出の過程において重要な役割を果たす。
- ※7 興奮収縮連関
- 筋細胞膜の電気的な興奮から筋収縮が発生するまでの一連の生理的な過程。
本件に関する問い合わせ先
研究に関すること
朝野 仁裕(あさの よしひろ)
大阪大学 大学院医学系研究科 循環器内科学 特任准教授(常勤)
TEL:06-6879-3472 FAX:06-6879-3473
E-mail:asano"AT"cardiology.med.osaka-u.ac.jp
木岡 秀隆(きおか ひでたか)
大阪大学 大学院医学系研究科 循環器内科学 助教
TEL:06-6879-3640 FAX:06-6879-3639
E-mail:kioka"AT"cardiology.med.osaka-u.ac.jp
報道に関すること
大阪大学大学院医学系研究科 広報室TEL:06-6879-3388 FAX:06-6879-3399
E-mail:medpr"AT"office.med.osaka-u.ac.jp
AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構
再生・細胞医療・遺伝子治療事業部 遺伝子治療研究開発課
難治性疾患実用化研究事業 担当
E-mail:nambyo-r"AT"amed.go.jp
※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。
関連リンク
掲載日 令和4年3月16日
最終更新日 令和4年3月16日