成果情報 iPS細胞から作った軟骨様髄核により椎間板を再生―椎間板変性に伴う腰痛疾患を治療しうる新技術―

成果情報

大阪大学
京都大学
日本医療研究開発機構

概要

妻木範行教授(大阪大学大学院 医学系研究科/京都大学iPS細胞研究所 臨床応用研究部門)らの研究グループは、ヒトiPS細胞から作った軟骨様髄核組織※1を、脊椎の髄核※2を摘出した動物モデルに移植することにより椎間板※3変性を防げることを明らかにしました。

椎間板にある髄核の変性や消失は、腰痛に代表される腰椎疾患の原因となります。傷んだ髄核は自然には治らないため、再生治療が期待されていますが、移植して髄核の代わりをする、即ち置換するような組織はありませんでした。

今回、研究グループは、髄核と軟骨の遺伝子発現を、単一細胞レベルで網羅的に調べることにより、髄核の中の軟骨様髄核組織の性質を明らかにしました。そして、さらに遺伝子プロファイル解析を進め、ヒトiPS細胞を軟骨へと分化誘導して作製した組織が軟骨様髄核組織に相当することを明らかにしました。このヒトiPS細胞に由来する軟骨様髄核組織を、動物モデルに移植すると、椎間板の変性を防ぐことができました(図)。移植組織は生着し、正常椎間板に近い力学特性を示したことから、髄核を置換する役割を果たしたことを示唆します。

図 ラット椎間板変性モデルにヒトiPS細胞由来髄核様組織(hiPS-Cart)を移植後6ヶ月の
組織像。
  1. 正常(Sham手術群)の椎間板。髄核とその上下の帯状の成長軟骨板が赤く染まっている。
  2. 髄核切除群。髄核は消失し、椎間板は変性・破壊され、上下の成長軟骨板が破綻している。
  3. 髄核切除後にhiPS髄核を移植した群。椎間板の構造は保たれ、帯状の成長軟骨板も保たれている。
  4. Cの連続切片を、ヒトVimentinを特異的に認識する抗体で免疫染色したもの。ヒト細胞の存在が示されている、即ちhiPS髄核は生存し、生着していることがわかる。

これらの実験結果は、椎間板変性を原因とする腰椎疾患に対してiPS細胞由来軟骨様髄核組織を移植することにより、椎間板変性に起因する脊椎運動機能の回復と痛みの軽減をもたらす再生治療の開発に貢献することが期待されます。

研究の背景

髄核は椎間板の中心部分を構成する組織で、脊椎にクッション性と可動性を与えます。髄核の変性・消失は腰痛の原因になり、変性した髄核は治りません。細胞移植による再生治療法の開発が期待されていますが、髄核を置換するような組織を再生することはできませんでした。

研究の内容

研究グループでは、ヒトと同じ霊長類であるサルの髄核と軟骨の遺伝子発現を、シングルセルRNAシーケンスの方法を使って単一細胞レベルで網羅的に調べました。その結果、髄核は軟骨様組織と脊索様組織で構成されることが、転写発現レベルで明らかになりました。そして、ヒトiPS細胞から軟骨様髄核に相当する組織(hiPS-Cart)を作り出し、椎間板変性をおこすラット動物モデルにおいて、髄核が失われた部分に移植しました。移植したヒトhiPS-Cartは少なくとも6ヶ月の長期にわたって生着し、椎間板の変性を防ぐことが明らかになりました。力学試験により、移植組織は正常椎間板に近い力学特性を持つことがわかりました。さらに、移植後にもシングルセルRNAシーケンス解析を行うことにより、hiPS-Cartは椎間板に移植された後に、椎間板の低酸素環境に順応した細胞分化をすることがわかりました。

これまでの移植物とは異なり、hiPS-Cartは細胞外マトリックスを含むため、細胞の生存と分化が可能になったと考えます。その結果、hiPS-Cartは生着して髄核の機能を果たし、髄核を置換する組織を再生しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

日本では約1300万人が腰痛を患い、その20-40%は椎間板変性が腰痛の原因と考えられています。椎間板変性は、多くの場合において髄核の変性・消失から始まると考えられています。

本研究成果により、変性・消失した髄核部分にhiPS-Cartを移植することで椎間板変性を防ぎ、腰痛を根治的に治癒する再生治療方法を開発することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年3月30日(水)に米国科学誌「Biomaterials」(オンライン)に掲載されました。

タイトル
“Human iPS cell-derived cartilaginous tissue spatially and functionally replaces nucleus pulposus”
著者名
釜谷崇志、萩澤宏樹、鎗光清道、森岡美帆、小屋松冴子、杉本道彦、小玉城、山根順子、石黒博之、七野成之、阿部訓也、藤渕航、藤江裕道、海渡貴司、妻木範行
DOI
10.1016/j.biomaterials.2022.121491

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)・再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患・組織別実用化研究拠点(拠点B)「iPS細胞由来軟骨細胞を用いた軟骨疾患再生治療法の開発拠点」、および科学研究費助成事業研究の一環として行われました。

用語説明

※1 軟骨様髄核組織
髄核は形態的に軟骨に似た軟骨様髄核細胞と脊索に似た脊索様髄核細胞で構成される。発生過程において髄核細胞は脊索に由来し、軟骨様髄核細胞は脊索様髄核細胞が分化したものとされている。10才頃までに脊索様髄核細胞は消失し、以降、髄核は軟骨様髄核細胞のみで構成される。
※2 髄核
椎間板は、中心部の髄核とそれを取り囲む線維輪で構成される。髄核は髄核細胞と髄核細胞が作る細胞外マトリックスからなる。髄核の細胞外マトリックスの粘弾性・流体特性が、脊椎にクッション性と多方向への可動性をもたらす。また、細胞外マトリックスは、髄核細胞に適切な環境を提供することにより髄核細胞の分化に貢献している。
※3 椎間板
脊椎(いわゆる「せぼね」)は椎体(骨)と椎間板が交互に積み重なる構造を持つ。椎間板は軸方向の荷重を緩衝するクッションの役割を果たすとともに、脊柱に可動性を与えている。

本件に関するお問い合わせ先

研究に関すること

妻木 範行(つまき のりゆき)
大阪大学 大学院医学系研究科 組織生化学 教授 
TEL: 06-6879-3321  
E-mail:ntsumaki”AT”tsu.med.osaka-u.ac.jp

報道に関すること

大阪大学 大学院医学系研究科 広報室
TEL: 06-6879-3387 FAX: 06-6879-3399
E-mail: medpr”AT”office.med.osaka-u.ac.jp

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再生・細胞医療・遺伝子治療事業部 再生医療研究開発課
TEL:03-6870-2220
E-mail:saisei”AT”amed.go.jp

※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。

掲載日 令和4年5月13日

最終更新日 令和4年5月13日