広報 インタビュー特集:医療研究開発の成果を社会に―小さな挑戦を突破口として大きな変革をもたらす―

(日経サイエンス2017年6月号 別冊特集より転載)

理事長インタビュー
小さな挑戦を突破口として大きな変革をもたらす

写真(末松誠AMED理事長)

日本医療研究開発機構 理事長 末松誠

Q AMEDが2015年に発足してから2年が経ちました。初代理事長として最も手応えを感じているのはどのような点ですか。

理事長を引き受けたときからぜひやろうと考えていたことがあります。それは、皆で情報を集め、皆で活用する「データ・シェアリング」のシステムをつくることです。私たちはまず難病・未診断疾患を対象にIRUD*という研究開発事業を立ち上げました。全国20以上の協力病院の連携で診断の難しい患者さんのゲノム解析をする事業は開始1年半あまりで急速に成果があがってきました。

*未診断疾患イニシアチブ(InitiativeonRareand Undiagnosed Diseases)国立研究開発法人

Q 少数の患者さんしかいない未診断疾患の研究開発に力を入れた理由は何ですか。

難病・未診断疾患はデータ・シェアリングの威力を最も端的に示しやすい分野だからです。こうした希少疾患は種類が多いのですが、それぞれの患者数は確かに多くありません。 認知されず、保険適用もなく、研究予算もつきません。患者さんは病院を転々とすることが多いのです。患者さんの遺伝子だけでなく、症状などの臨床情報を共有することにより、ほかの医療機関も同じ症例をもっていることがわかってはじめて診断が可能になります。データ・シェアリングなしには診断も治療もあり得ないのです。

国内で2300家系を登録し、ゲノム解析拠点で一括してエクソーム解析を行った結果、教科書に記載のない新疾患が10以上見つかりました。希少疾患の理解が、よくある疾患の理解につながることも少なくありません。

Q データ・シェアリングの重要性は研究者に理解されましたか。

研究者は論文で評価されますから、一般的に言うと論文発表前に他人とデータを共有することに積極的ではないのです。研究費も、これまでは論文数を根拠に支給される傾向が強く、その結果、膨大な数の論文が生産されても、新しい治療薬や診断法として実用化されたものは必ずしも多くありませんでした。

そこで、IRUDでは、診断がついた症例数や診断に至るスピードなどを評価基準に入れることを検討しています。診断をつけるにはデータ・シェアリングが必要となりますから、研究者の理解が進むと思いますし、なにより、患者さんに結果をお返しすることの重要性に気づいてほしいのです。研究者がマインドを変えるきっかけになればと願っています。

Q 評価基準に患者軸を加えるわけですね。

日本の医学研究の問題点の1つは、患者さんが臨床研究のパートナーだということが十分に理解されていないことです。外国の研究支援機関の多くは、医師が患者さんとどのようなコミュニケーションをし、それを研究のプロトコールにどう生かしたかを評価していますが、日本では行われてきませんでした。そこで、AMEDは2017年度からこの視点を入れていきます。具体的には、患者さんにアンケートをとったり、プロトコールを作成する委員会に患者団体から適切な人が参加し、意見を述べる機会をつくっていきたいと思います。

Q 今後AMEDで推進していきたいのはどんな点ですか。

1つは国際性を高めることです。2017年4月からAMEDのすべての応募課題はサマリーとキーワードを英語であげてもらうことにしました。また、感染症研究など海外と国際共同研究を行うものから、応募要項、審査、進捗管理をすべて英語で行う体制を整備し始めています。前述のIRUDでは症例を医療機関への受診から半年以内に登録し、英語での記載も行い、国際的に共有できるようにしていきます。

もう1つは研究費の効果的な運用です。この2年間で研究にとって不都合で非合理的な予算のしくみをかなり変えたと思っています。例をあげると、研究費は当該年度内に使い切らないといけなかったのを、必要な場合は年度を越えてもOKにしました。機器購入においても、共同利用や購入目的以外の利用をしてはいけないというルールを変え、1つの研究機関や大教室で同じ機器を複数購入するなどの無駄を省きます。新しいやり方を啓発するにはエネルギーが必要ですが、さらに進めていくつもりです。

また、医学研究を支える最先端技術の開発・運用の基盤を構築すべく、有能な人材を戦略的に外国に派遣して短期間で技術移転するために、理事長裁量で使える調整費を活用したいと考えています。

さらに、研究開発事業に原則10年間使えるお金をAMEDが支援し、25年後までに返済してもらうというしくみ(医療研究開発革新基盤創成事業:CiCLE)をつくり、2017年3月から公募を開始したところです。抗生剤開発、ワクチン製造、難病研究、人材育成など、長期的展望が必要な事業には利用価値が高いと思います。

Q AMEDの組織について工夫した点はありますか。

AMEDには多様な人材がさまざまな場所から集まっています。所管官庁はもちろん、大学やナショナルセンターなどの研究機関から医師・歯科医師、Ph.Dの資格をもつ研究者を1~2年の任期で派遣してもらっています。自分の研究を離れて他人の研究のマネージメントをするのはうれしいことではないかもしれませんが、提案した研究課題がどう審査され、評価されているかを学ぶ経験は、AMEDの任期を終えて研究者に戻ってから大変役に立つはずです。ここでの経験を生かしてほしいと思います。

Q 3年目以降に手がけたいのはどんなことですか。

いくつかの研究開発コミュニティーを組み合わせて、国民全体の健康増進や医療の発展にかかわるような医療研究開発を進めることです。特定の学会に研究費を支給するのではなく、複数の学会や組織が組み合わさって融合的な効果を発揮し、インパクトのある成果を出せるような研究開発を支援していきたいと考えています。

現在、医療の大きな問題である認知症やがんの克服には、まず患者さんの正確な情報を記録し蓄積すること、それを皆が利用できるようにすることが大事です。日本は医師が勤勉ですし、国民皆保険制度、母子保健、高齢者医療の充実などに支えられて、海外からも注目される高品質のデータが大量にあります。よいデータが揃い、人口が1億を超える国は日本だけです。認知症研究は経験知の大きいわが国が先導したいものです。

研究支援機関ができることはわずかかもしれませんが、ファンディングをテコにして、日本の医療研究開発を変革していきたいと思います。

最終更新日 平成29年9月12日