2018年度 研究事業成果集 心臓病患者の未来を守る迷走神経刺激カテーテルの開発と実用化

心筋梗塞急性期の迷走神経刺激により遠隔期の心不全を予防

心筋梗塞の急性期に迷走神経を電気刺激すると多面的な心臓保護効果を介し、虚血(組織に対する血液供給が不十分になること)による心筋のダメージを低減することができる。九州大学の朔啓太特任講師らは、この効果を患者救済の手段とするために急性期における迷走神経刺激に特化したカテーテル装置を開発しました。AMED先端計測事業にて要素技術および機器開発が行われ、2019年よりAMED医工連携事業にて実用化に向けた取り組みが推進される予定です。

取り組み

カテーテルによる早期再灌流療法(閉鎖した血管を再び開通させる治療法)の発展に伴って心筋梗塞の急性期死亡率は1960年代と比較して4分の1にまで低下しましたが、患者の約30%がその後、心不全に移行し、不良な転帰をたどります(5年生存率:50%以下)。心不全の発症は急性期にできた心筋壊死量に依存することから、再灌流療法と併用して心筋壊死量を減少させる新規治療法の開発が望まれています。

迷走神経は第10脳神経であり、主に生体活動のアクセルである交感神経の作用に拮抗して働きます。迷走神経の電気刺激が慢性心不全や心筋梗塞に有効であることは1980年代より報告されていましたが、心筋梗塞の急性期に安定して迷走神経を刺激できるデバイスは存在しませんでした。迷走神経は、上大静脈と気管に挟まれる形でほぼ直線的に走行しています。朔特任講師らはこの解剖学的な位置関係に注目し、動物実験において、既存の電気刺激カテーテルを上大静脈に留置することで迷走神経心臓枝の刺激を可能にしました(図1~3)。さらに、心筋梗塞モデル動物を用い、心筋梗塞の急性期に同カテーテルで刺激を行うと、顕著な心筋壊死の抑制と心不全の抑制が得られることを明らかにしました。本取り組みは、心筋梗塞の急性期治療に使用でき、安定的な迷走神経刺激が可能となるカテーテル装置を開発し実用化することです。

図1 装置概要
図2 刺激カテーテル先端
図3 カテーテル留意像

成果

AMED先端計測事業において、2016年度下半期より、臨床応用を目的としたカテーテルデバイスの開発が開始されました。朔特任講師らおよび株式会社ニューロシューティカルズの開発チームは、留置性、刺激安定性および刺激部位選択性などを考慮し、カテーテルを多電極配置のバスケット構造にしました(図2)。また、より有効な電気刺激を行うため、生体機械制御技術を駆使した最適刺激アルゴリズムと同アルゴリズムを搭載した刺激装置開発が行われ、2018年度からはニューロシューティカルズ社において量産試作が可能な体制を整え、品質マネジメントシステム(QMS)に基づいた臨床用プロトタイプ機の作製が開始されています。薬事戦略においては、2018年度に伴走コンサルタントやPMDA開発前相談などが実施され、承認までの薬事戦略が絞り込まれました。先端計測事業においては、要素技術タイプから機器開発タイプへ のアップグレードが行われ、同事業終了後、引き続いて医工連携事業に採択となり、臨床試験を含めた実用化への取り組みを推進 していくこととなりました。

展望

自律神経を刺激し、疾患治療を行うニューロモデュレーションの開発研究は、ポテンシャルの高い次世代医療として高い注目を集めている分野です。本開発は、国産医療機器産業の活性化にも大きく寄与できると考えられます。

迷走神経刺激カテーテル装置による新しい治療法の実現は、既存の医療では達成できていない心筋梗塞における重要課題の解決策となり得ます。また、迷走神経刺激治療は、慢性心不全や致死性不整脈などの他の重篤な循環器疾患や神経疾患、炎症性疾患への効果が基礎研究において証明されています。本開発の推進は、1疾患の治療法開発にとどまらず、さまざまな疾患への応用展開が期待されます。

* 迷走神経刺激カテーテル装置:
刺激カテーテルと刺激装置からなり、簡便な操作で留置でき、上大静脈に並走する迷走神経を安定的に長時間刺激することができる。2019年より薬事承認を目指した取り組みをAMED医工連携事業のもとで実施する。

最終更新日 令和2年6月23日