2018年度 研究事業成果集 ヒトiPS細胞から臨床レベルの血小板の大量調製に成功

生体内の血液乱流の模倣が巨核球から血小板の生成を促進

京都大学の江藤浩之教授を中心とする共同研究グループは、ヒトiPS細胞から輸血用の血小板を大量に調製する技術を開発しました。骨髄や血管内において発生する物理的な乱流が血小板生成の鍵であることを突き止め、乱流を発生する培養装置を開発しました。この装置を用いてiPS細胞由来の巨核球(血小板の前駆細胞)から止血が正常に行われる血小板を大量(1千億個以上)に調製することが可能になりました。

取り組み

輸血は最も身近な移植療法ですが、輸血用血液は献血に依存しており、将来的には工業的な大量生産が期待されています。輸血用血液の一つである血小板は、活性化により凝固して出血を止める働きがあります。江藤教授らは血小板の大量生産を目指し、 iPS細胞から自己複製が可能な巨核球を誘導することに成功しています。次のステップとして、巨核球から正常に働く血小板を大量(1千億個以上)に生成する課題がありました。

成果

生体内では、巨核球から血小板の生成は骨髄や血管内で行われています。江藤教授らは、マウスの骨髄中で血小板が生成される瞬< 間の巨核球の様子や血流を観測し、血流中で乱流が発生するときに血小板が生成され、乱流が発生していないときには血小板が生成されないことを発見し、血液乱流の発生が血小板生成の鍵であることを突き止めました(図1)。

そこで、乱流を発生することができる縦型培養装置を開発し、巨核球から血小板を効率よく生成する培養条件を検討しました。0.3L と2.4Lの培養装置を用いて、乱流エネルギー*1、渦度*2、せん断応力、せん断歪速度*3の物理パラメーターを調べると、乱流エネルギーとせん断応力が血小板生成に相関することが分かりました(図2)。

次に8Lの培養装置を用いて、最適化された乱流エネルギーとせん断応力で血小板生成を行うと、約1千億個の血小板が得られ、異なるドナー由来の3つの巨核球細胞株で再現性が確認されました。培養装置で作製した血小板を試験管内で活性化すると、凝集が確認されました。また、作製した血小板を動物モデル(マウス、ウサギ)に輸血すると、献血由来の血小板と同様に生体内を循環して止血が正常に行われることを確認しました。

さらに、乱流によって巨核球から血小板が生成されるメカニズムを細胞レベルで調べました。その結果、巨核球からIGFBP2、MIF、 NRDCという可溶性因子が放出され、血小板生成を促進していことが分かりました。

*1乱流エネルギー:
動きが不規則に絶えず変動している乱れた状態の流れを乱流という。乱流エネルギーとは流れの乱れの強さを表す。
*2渦度:
流れの回転をベクトル量で示したもの。
*3せん断応力・せん断歪速度:
流体の平行方向をはさみ切るような作用をせん断という。せん断応力は、せん断の物理量を力で示したもの,せん断歪速度は、単位時間当たりの流体が変形する割合を表す。
図1 血小板生成の仕組み
図2 培養装置の物理パラメーター検討

展望

培養装置の開発や物理パラメーターの同定、血小板生成のメカニズムの一部解明は、今後、大規模な血小板生産のための培養装置の開発、そして工業レベルでの血小板生産に役立ちます(図3)。本研究成果の臨床応用として、「血小板輸血不応症を合併した再生不良性貧血」の患者さんを対象とするiPS細胞由来血小板の自己輸血に関する臨床研究が、2018年9月、厚生科学審議会再生医療等評価部会にて了承されました。

図3 血小板製造のプロセス

最終更新日 令和2年6月23日