2018年度 研究事業成果集 特定地域で多発する認知症でさまざまな症状が出る脳内メカニズムを解明

脳内タウ病変を標的にした新たな治療戦略の創出に期待

量子科学技術研究開発機構の島田斉主幹研究員らは、三重大学の小久保康昌招聘教授ら、千葉大学の桑原聡教授らと共同で、紀伊半島南部に多発する認知症(筋萎縮性側索硬化症/パーキンソン認知症複合)において、脳内に蓄積するタウタンパク質がもの忘れを含むさまざまな症状の原因となり得ることを明らかにしました。

取り組み

わが国では、人口高齢化などを背景として、アルツハイマー病などの認知症をはじめ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)やパーキンソン病(PD)などの神経難病の患者数が右肩上がりに増加しています。認知症や神経難病ではもの忘れなどの認知機能障害のみならず、運動機能障害など多様な症状がしばしば出現しますが、原因がよく分からないために治療が十分に確立しておらず、病状の悪化や介護負担の増大を招いています。

一方、紀伊半島南部には、ALSに似た進行性の筋萎縮症を伴う運動機能障害、PDに似た運動機能障害、意欲低下が目立つ認知機能障害の3症状を特徴とする認知症が全国平均の10~100倍程度多発しており、紀伊ALS/パーキンソン認知症複合(紀伊ALS/PDC)と呼ばれています。紀伊ALS/PDCでは患者ごとに目立つ症状が異なりますが、近年は当地区の高齢化や生活習慣の変化に伴って、ALS様症状の激減とPDCの増加が確認されています。これは疾病の原因として、遺伝素因に何らかの環境要因が働いている可能性を示していますが、いまだ原因は確定しておらず研究が進められています。

その1つにタウというタンパク質の蓄積に関する研究があり、これまで主に紀伊ALS/PDC患者の死後脳を用いて、脳内の病理変化としてタウ蓄積が確認されていました。さまざまな認知症や神経難病でも確認されているタウ蓄積と、紀伊ALS/PDCの認知機能障害や運動機能障害との関連を明らかにすることは、紀伊ALS/PDCだけでなく認知症や神経難病の原因解明や治療・予防の開発にも役立つと期待されています。

研究グループは、量子科学技術研究開発機構が開発したPET検査により生体脳でタウを可視化する技術を用いて、さまざまな症状を呈する紀伊ALS/PDC患者を対象に、タウ蓄積が多い部位と臨床症状との関連を明らかにする研究を行いました。

PET:
陽電子断層撮影法(Positron Emission Tomography)の略称。身体の中の生体分子の動きを生きたままの状態で外から見ることができる画像検査技術の一種。

成果

本研究では、紀伊ALS/PDC患者6名、健常高齢者13名を対象に、量子科学技術研究開発機構で開発した生体でタウを可視化するPET 薬剤である11C-PBB3を用いてタウ蓄積が多い部位を調べました。その結果、紀伊ALS/PDC患者では全例で、広範な脳領域にタウ蓄積が多いことが明らかになりました(図1)。

さらに脳の各領域におけるタウ蓄積と、認知機能障害ならびに運動障害の重症度との関連を調べた結果、前頭葉、側頭葉、頭頂葉のタウ蓄積が多いほど認知機能障害が重度となり、前頭葉のタウ蓄積が多いほど認知機能障害に関連する精神症状が重度となっていました(図2)。

一方、ALSに似た運動機能障害を認める症例では、体の運動に関わる神経細胞の線維が通っている錐体路に、タウが多く蓄積していました(図3)。これは紀伊ALS/PDCにおいて、タウが蓄積する脳領域の機能が障害されて、蓄積量に応じて重度の認知機能障害ならびに運動機能障害が出現していることを示唆する結果と考えられます。

図1 代表的な紀伊ALS/PDC患者におけるタウ蓄積
図2 脳内タウ蓄積と臨床症状との関連
図3 ALS様の運動機能障害を認める症例での錐体路のタウ蓄積

展望

紀伊ALS/PDC患者における脳内タウ蓄積が、認知機能障害ならびに運動機能障害と関連していることが示されたことにより、紀伊ALS/PDCにおける神経障害の脳内メカニズムの解明が進むと期待されます。

また現在は、さまざまな認知症や神経難病の認知機能障害や運動機能障害のおのおのに対して対症療法を行うことを余儀なくされており、治療の標的が異なるために治療が複雑で困難なものとなりがちですが、脳内タウ病変を標的とした新たな治療戦略により、紀伊ALS/PDCのみならず脳内タウ蓄積が見られる認知症や神経難病の認知機能障害と運動機能障害の両方の治療や予防の実現につながることも期待されます。

最終更新日 令和2年6月23日