2018年度 研究事業成果集 筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対するiPS細胞創薬に基づく医師主導治験を開始

ALS患者に対する本邦初のiPS細胞による創薬へ

慶應義塾大学の中原仁教授(現・埼玉医科大学国際医療センター神経内科・脳卒中科教授)、同大学病院診療科副部長の高橋愼一准教授(現・慶應義塾大学医学部生理学教室特任教授)らは、慶應義塾大学の岡野栄之教授らとともに、疾患特異的なiPS細胞を用いた創薬技術を応用して新たに見いだした筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬の候補、ロピニロール塩酸塩(本治験薬)の安全性・有効性を評価するための第I/IIa相の医師主導治験を開始しました。

取り組み

ALSは難治性神経疾患の一つであり、脊髄運動ニューロンの障害による筋萎縮と筋力の低下を特徴とする進行性の疾患です。歩行困難、言語障害、嚥下障害および呼吸障害などの症状があり、本人の意識や知覚が正常であるにもかかわらず、生活やコミュニケーションの自由が阻害されるため、生活の質(QOL)は著しく低下します。また、経過には個人差があるものの、発症から死亡ないしは呼吸器装着までの期間は20~48カ月であると報告されています(日本神経学会:筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013)。

ALSの病態としては、ALS発症後に生じる脊髄における細胞プロセス、すなわち神経突起の短縮、ミトコンドリア機能障害、異常タンパク質凝集、酸化ストレスの亢進、神経興奮毒性、神経炎症、アポトーシス(神経細胞死)の亢進といった病態が推測されています。また、ALSの実験モデルとして家族性ALSの原因となる遺伝子を導入した変異マウスなどが多く用いられてきましたが、実際のヒト脊髄における病態を十分に再現し得たモデルはいまだ存在しません。

そこで、慶應義塾大学医学部生理学教室(岡野栄之教授)では、2016年にヒトiPS細胞を用いたヒト脊髄運動ニューロンの作製および革新的な治療薬探索の実験手法を開発しました。これを用いて、健常者由来および家族性/孤発性ALS患者由来の血液細胞から作ったiPS細胞を分化誘導して脊髄運動ニューロンを作製し、すでに薬として使用されている1,232種類の化合物(既存薬)の中からALS病態の改善を狙ったドラッグスクリーニングを実施し(図1)、ドラッグ・リポジショニングとしての医師主導治験につなげました。

ドラッグ・リポジショニング:
ある疾患の治療薬としてすでに承認されている医薬品について、新しい薬効を見いだし別の疾患の治療薬として開発すること。
図1 iPS細胞を用いた創薬

成果

中枢神経系移行性や安全性情報などを考慮した上で、ロピニロール塩酸塩を最適なALS治療候補薬として同定しました。ロピニロール塩酸塩は、英国グラクソ・スミスクライン社でドパミンの構造を元に創製・開発されたドパミン受容体作動薬です。パーキンソン病に対する治療薬として、1996年に英国において承認されたのをはじめ、現在、日本を含む多くの国で承認されています。

今回、ALS患者のiPS細胞由来運動ニューロンモデルに対してロピニロール塩酸塩を作用させたところ、ミトコンドリア機能障害、異常タンパク質凝集、酸化ストレスの亢進、神経突起の短縮、アポトーシスの増加、といったALS病態が改善し(図2)、さらにはALSの原因である運動ニューロンの神経細胞死を抑制することが分かり、慶應義塾大学病院神経内科(単施設)において医師主導治験を開始するに至りました。

図2 ALSに対するロピニロール塩酸塩の期待される作用

展望

本治験は、ALS患者に対する当該薬剤の安全性と有効性を確認する目的で実施され、今後、有効な治療法に乏しかったALS患者への適応が期待されます。また、本治験はALS患者に対して世界初のiPS細胞を用いた創薬の成功事例になる可能性を秘めています。

さらに、治験に参加されたALS患者からi PS細胞を作製し、試験管内でのALS病態や薬剤の効果の評価を実施することで、iPS細胞による創薬の検証を進めていきます。

最終更新日 令和2年6月23日