2018年度 研究事業成果集 皮膚の若さの維持と老化のメカニズムを解明

幹細胞競合による皮膚の質(若さ)と恒常性の維持を発見

東京医科歯科大学の西村栄美教授らの研究グループは、皮膚が老化していく仕組みが「細胞競合」という近隣の細胞同士の競 り合いを介した自然選択によることを突き止めました。今後さらに詳細な分子機構の解明や他の臓器との比較ならびに関係 性の解明から、臓器老化のメカニズムの解明における新たな展開や創薬など健康長寿に向けた研究の展開が期待されます。

取り組み

組織・臓器の老化においては、日々発生する内因性ならびに外因性の損傷やストレスがその誘因となることが知られています。外界との境界面において表皮は紫外線などのストレスや損傷を受けながらも、直ちに老化細胞を蓄積させることはなく、何十年という長きにわたりその若さを維持し続けます。こうした組織や臓器の恒常性を維持する機構として幹細胞システムが知られています。

研究グループは、毛を生やす役割を担う毛包におけるステムセルエイジング(幹細胞老化)の先駆的な研究から、加齢に伴ってストレスを受けた幹細胞がその運命を変化させ皮膚表面からダイナミックに排除されていること、これによって毛包が小さくなり結果として毛が細くなり失われていくことを明らかにしていました。しかし、生命の維持において重要な役割を果たす表皮において、日々発生する損傷やストレスに対してどのような仕組みで幹細胞の疲弊を防いでいるのか不明でした。

近年、ショウジョウバエの発生において注目されてきた「細胞競合」という現象は、近接する適応度の高い細胞が適応度の低い細胞を排除する現象として知られていました。しかし、表皮を含め生涯にわたる組織の恒常性の維持と老化における細胞競合の生理的な関与や役割については、まだ明らかにされていませんでした。

本研究は、表皮では細胞競合という現象によって幹細胞の自然選択が起こり長きにわたって恒常性が維持されており、これが破綻すると老化が顕著となることを発見しました。

成果

本研究では、マウス皮膚の幹細胞の動態と運命を生体内で長期にわたって解析したところ、表皮において隣接する幹細胞同士が普段から互いに競り合っており、細胞競合を引き起こしていることが明らかになりました。週齢ごとに細胞が少しずつ入れ替わっていくこと、多くの表皮幹細胞が失われると同時に、近隣で水平に分裂して拡大するクローンが残ること(図1)、そして最終的にはこれらの幹細胞も疲弊し互いに競合しなくなり、損傷やストレスに弱い萎縮性の皮膚となることが示されました。

表皮幹細胞と基底膜をつなぐ構造の構成因子である17型コラーゲン(COL17A1)が幹細胞競合において重要な役割を果たしており、その発現量がストレスに反応して低下した細胞は、縦方向の分裂(非対称分裂)を反復し、これによって、基底膜との係留が減弱し、周辺の高レベルのCOL17A1を発現する細胞との間で競り合い、敗者細胞(Loser)として排除していること、最終的には広範囲でその発現が低下し細胞間での競合が起こりにくくなることが明らかにされました(図2)。

表皮幹細胞においてコラーゲン(COL17A1)を恒常的に発現させた高週齢マウスを解析すると、老化を抑制する効果に加えて、隣接する間葉系細胞や色素細胞においても若さを維持する効果が得られました。さらにコラーゲン(COL17A1)の発現を誘導する低分子化合物によって皮膚の再生の促進効果が得られたことから、潰瘍治療薬などの医薬品開発へとつながることが期待されます。

本成果は、AMED「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」の一環として行われました。

図1 表皮幹細胞の動態:クローン拡大と消失
図2 幹細胞競合を介した皮膚の老化の仕組み

展望

今後、他の上皮系臓器においてもにおいても同様に幹細胞競合が臓器の恒常性と老化を制御している可能性が考えられ、その制御によって扁平上皮系組織からなる臓器の抗老化戦略や加齢関連疾患の予防や治療へとつながること、さらに健康長寿へとつながることが期待されます。

最終更新日 令和2年6月23日