2019年度 研究事業成果集 心筋細胞の新たな再生法の発見

非ステロイド性抗炎症薬ジクロフェナクが心筋誘導を促進

筑波大学 家田真樹教授、ワシントン大学 村岡直人研究員らの研究グループは、新生児期及び成体期のマウス線維芽細胞から心筋細胞への直接誘導を促進する化合物として、日常臨床で汎用されている非ステロイド性抗炎症薬ジクロフェナクが効果的であることを発見しました。また、老化した繊線維芽細胞で生じる炎症と線維化が心筋誘導を阻害することと、ジクロフェナクによる抗炎症・抗繊線化作用によって心筋誘導が促進することを明らかにしました。

非ステロイド性抗炎症薬:ステロイド構造以外の抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用を有する薬の総称。プロスタノイドを生成するシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害することが共通の作用機序としてあげられる。

取り組み

心筋細胞は再生能力が限られていることから、心筋梗塞等で障害を受けると心臓は線維化し、ポンプ機能が低下します。心臓の機能が高度に低下した患者では、心臓移植以外に根本的治療はありません。しかし、我が国ではドナー不足の問題があるため、細胞移植を用いた心臓再生医療に注目が集まっています。iPS細胞を始めとした幹細胞は、その高い増殖能力と様々な細胞に分化できる多分化能から、心筋再生の細胞源として期待されています。ただしその使用には、分化誘導効率、腫瘍形成の可能性、移植細胞の生着などの課題が残されています。

これまでに家田教授らは、新しい心臓再生法として心臓に存在する心筋以外の心臓線維芽細胞に心筋誘導遺伝子を導入することで、マウス生体内において心筋細胞を直接作製できることなどを報告してきました。しかしこれまでの方法では、胎児期線維芽細胞から心筋誘導を効率よく作成することはできても、臨床で治療対象となる新生児や成体期の線維芽細胞から心筋細胞を効率よく誘導する方法は確立されていませんでした。また加齢や老化が心筋誘導を阻害するメカニズムは不明でした。

成果

本研究では、線維芽細胞が心筋細胞に転換すると赤色の蛍光タンパクを発現するトランスジェニックマウスの新生児期線維芽細胞を用いて、心筋誘導を促進する化合物をスクリーニングするシステムを構築し、化合物ライブラリーからマウス新生児期および成体期線維芽細胞で心筋誘導を促進する化合物を網羅的に探索しました。その結果、日常臨床で汎用されているジクロフェナクがこれらの細胞で心筋誘導を顕著に改善することを発見しました。

さらに、加齢老化に伴って線維芽細胞ではシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)、プロスタグランジンE2(PGE2)/プロスタグランジンE受容体4(EP4)、インターロイキン-1β(IL-1β)/インターロイキン1受容体タイプ1(IL-1R1)の炎症と線維化が活性化しており、ジクロフェナクはこの経路を抑制することで心筋誘導を改善することを見出しました(図1、2)。

図1 線維芽細胞から誘導された心筋細胞
(左)心筋誘導遺伝子のみ導入、(右)心筋誘導遺伝子導入及びジクロフェナク添加
ジクロフェナクを加えることで、心筋細胞(心筋の構造タンパク質αアクチニンを赤色、細胞核を青色で染色)の誘導が促進し、細胞内部には心筋に特徴的な横紋筋構造(強拡大像)も明瞭に観察される。スケールバーは100μm
図2 ジクロフェナクによる新生児期・成体期線維芽細胞からの心筋誘導促進
(左)胎児期線維芽細胞、(中)新生児期・成体期線維芽細胞、(右)ジクロフェナク添加後
胎児期から新生児期・成体期へと加齢老化が進むにつれて、線維芽細胞でのCOX-2の発現が上昇し、最終的に炎症および線維化が進行することで、心筋誘導が抑制される。一方、ジクロフェナク添加後はCOX-2の阻害により、炎症と線維化が抑制され、心筋誘導が改善する。

展望

重症な小児及び成人心疾患に対して、心筋再生療法の確立が急務となっています。本研究成果により、新生児期・成体期の線維芽細胞から安全・簡便・効率的な心筋細胞の直接作製法を確立したことで、心臓再生医療の実現、さらには疾患モデル作成や薬剤開発の促進が期待されます。また、ジクロフェナクの抗炎症及び抗線維化作用により心筋誘導を促進するという仕組みは、他の細胞種作製でも共通する可能性があることから、今後、再生医療全体に貢献することが期待されます。

最終更新日 令和3年8月13日